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第7話 雲は寝心地良い

 雲の世界での戯れも大分経ち、ふと思い出したように、シュンがハルに聞いた。


「ねえ、何で僕たち、こんな所にいるの?」


 ハルは、不思議な顔をして、シュンを見つめた。

 綺麗な瞳で、吸い込まれそうだ。


「あ、知らないんだ? これ、MR(ミックスドリアリティ)だよ」

MR(ミックスドリアリティ)?」

「うん。私たち本体は学校に居て、脳波で操ってるの」


 仕組みは知ってる。確かに、ゲーセンでやる時少し催眠状態になるようなMR(ミックスドリアリティ)筐体はあった。さっきの感覚も、似たようなものと言われたらそうかも知れない。


 だがここまで実感を伴うMR(ミックスドリアリティ)は、初めてだ。


 信じられない部分もあるが、そう思わないと今の状況も説明できない。このままでは精神的に不安定になりそうなので、シュンは納得するように自分に言い聞かせた。


 ただそうだとしても、重大な疑問は残る。


「じゃあこれ、どうやって帰るの?」

「良い質問ね! けど、私も分かんない!! どっかの山に下りる?」

「いや、もう海に出てるよ」

「げぇ!!」


 シュンの言う通り、雲は急速な流れに乗って既に太平洋に差し掛かっていた。風が強い。今から雲が反転して戻れる確率は、太陽が西から昇るぐらいに無理そうだ。


 加えて日差しも強く、まともに目が開けられない。

 雲同士の距離も離れていき、飛び移るのも難しくなってきた。


「ま、まあ何とかなるわよ」


 ハルは先ほどより少し自信無さげになりながらも、口だけはしっかりしている。


「どっかで風向き変わるっしょ。偏西風か偏東風か偏南風か、上手い具合に吹いてくるわ!」


 可愛い顔は引きつっていたけれど、あくまで強気を押し通すハルだった。


「こうやって見るとホントに大きな島なんだね。昔なんて言ったか知ってる?」

「ニッポンでしょ」


 シュンも学校で習っている。


 昔は1つの国だったが中心が無くなり、やがてミェバのような独立自治区が乱立した。AIが政治を司るにつれ、多くが世界政府-通称NAG(NAtions Government)-へと合流した。他の地域も似た経緯を辿り、今や国と呼べるのはアメリ連合国や合衆国など少数だ。


 独立自治はしても、鉱物やエネルギー資源など、単独で賄えない物資もある。だから各自治区の輸出入に対する調停役が必要で、NAGのAI『ジン』が担っている。


 もともとNAGは世界危機の際に有志が設立した団体で、最初は数カ国で始まった。その公正さと未来予想の正確さで支持を集め、やがて世界を1つにまとめあげ、今や世界の大部分が加盟している。


 正式なニッポン消滅は、AN(After NAG)暦五年。


 そしてイェドはその昔、トーキョーと呼ばれていた。

 いつから変わったのかは、諸説入り乱れて、良く知らない。


 すでにAI『ムツ』に全権を委ねた人々にとって、呼称など些事だった。


 十年前の暗黒の一週間(ブラック・ウィーク)で中心部がえぐれているが、マンハットンが海に沈みロスが人口を維持出来ず崩壊した現代では、未だロンドを含め世界の中心地の一つだ。


「さよなら、ニッポン」


 シュンは妙な感傷に浸っていた。


 ミェバには海が無い。だから実際に目にする太平洋はシュンにとって新鮮だった。ハルも目を輝かせている。曰く「イェドの海なんか危なくて汚くて、誰も近寄らない」らしい。


「あー、見てみて! トビイカが跳ねてる!!」


 ハルが指差す先には、何十匹ものトビイカの群れが軽やかに飛び跳ねていた。テレビで観るより距離は遠いが、実際に見ると感動はひとしおだ。


 期待に反し、風はいっそう強くなった。雲は一時も同じ形を留めず、伸縮自在にちぎれたりくっ付いたりを繰り返している。


 海から照り返す光と夕陽が照りつける光で、焼サンマみたいな気分になる。だがMR(ミックスドリアリティ)と思えば気にならなくなった。


 海の表情も、雲に負けず劣らず豊かで、観飽きない。

 遠洋でも波が白く輝き、海の色合いは、場所によって違う。

 真っ青で透き通った海もあれば、深いエメラルドの海もある。

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