第75話 反素子体
「遅れて済まない。実は我々が家宝として持っていたあの雲水晶には、反素子体を含むのだ」
「反素子体?」
「Anti-elementと言う。我々を創ったカルツ等が、開発と同時に合成したのだよ。恐らく彼らは、素子体の暴走を予測していたのだ。何にでもブレーキは必要だからな」
「じゃあノアを止められるの?」
「理論上は。だがここまで巨大化していると、かなりのエネルギーが必要になる。我々も途中雲水晶を増幅させて来たが、まだ足りない。済まないが、君達のエネルギーを、分けてもらえないだろうか?」
「はい」
「もちろん」
「ありがとう。私達の不手際だから気が引けるが、君達の星のことでもあるからな」
パーシャとヤンシャを乗せた雲は、シュン達を載せた機体を護るように前方へ移動した。ノアは鬱陶しいハエを追い払うかのように、パーシャ達を吹飛ばそうとする。だがパーシャが張り巡らす虹色のシールドが、彼の攻撃を遮った。
以前も見た結晶の輝きが、シュン達からも確認出来る。
モニターが再び繋がり、パーシャが二人に伝えた。
「あの結晶目がけて、二人のレーザーを撃ち込むのだ。直ぐに!」
「了解!」
再び二人はレーザー発射の準備に取りかかり、照準をあわせた。脳波を利用する発射の為、度重なる使用は確実にシュンとハルへ負担を強いている。だが今の状況では、そんな弱音を吐く訳にはいかなかった。とにかくあの化け物を倒さないと、人類はここで滅亡だ。二人は気力を振り絞った。
「照準確認!」
「こちらも準備完了!」
「発射!!」
今までの光より数倍の強度で放たれたレーザーは、ヤンシャとパーシャが持つ結晶を透過し、さらに数百倍の輝きとなってノアに襲いかかった。
グォオオーーーーー!!!
ノアがうめき声をあげる。苦しそうだ。
「いけそう?」
「いい感じかも!」
二人が感じたように、さっきの軽い後頭部の損傷よりも、遥かにダメージを与えている。ノアを形作る雲は、全て溶けそうな勢いであった。これなら、十分効果がありそうだ。
「え、ヤンシャ?」
ハルが驚きの声を上げたので、シュンも前方をみた。
あの結晶は、レーザー増幅強度に耐えられなかったのか、破砕していた。そしてそれに伴い、ヤンシャとパーシャも静かに消えかかっていた。
「ヤンシャ、パーシャ、どうしたの?」
「あの結晶は、私達の命。最初から、こうするつもりだったの」
「さらばじゃ、若者よ。未来を頼む」
「ヤンシャ!」
ハルの叫びも空しく、二人の雲は消え去った。
結晶の破片かキラキラした小さな輝きが、空へと吸い込まれて行く。
* * * * *
ガガーーン!
急に機体が横転し、二人はひっくり返る。かなり崩壊したが、ノアの攻撃は未だ続いていた。最後のあがきか。これで終わりとは、いかないようだ。
「イタた……」
幸い、シュンは腕を強く打っただけで済んだ。多少の打ち身はあるけれど、大怪我はしていない。オートバランサーで再び水平に保たれた後に立ち上がったが、気がつくと側にいたハルがいなかった。
「うーーん……」
?!
不安なシュンの予感が的中したかのように、向こうのシートでうめき声が聞こえる。シュンは慌てて駆けつけると、ハルは頭から血を流していた。急いで救急処置道具を取り出し止血する。しばらくすると、ハルは何とか意識を取り戻した。
「失敗しちゃったね、めんごめんご」
痛々しい笑顔だった。
「ハル? ハル!」
無理した作り笑いは長続きせず、直ぐに意識を失うハルに、シュンは泣きそうになった。頭を負傷しているから、下手に揺らすと危険だ。とりあえずハルだけ脱出ポッドに乗せて固定した。
ゴゴゴゴゴォオオオオーーーー!!
感傷に浸る間もなく、ノアは容赦なく二次攻撃を繰り出してくる。再び機体はひっくり返りそうになるが、シュンは何とか体勢を立て直した。
もう武器は、シュンが持つイメージブラスターしか残っていない。シュンの力も尽きそうで、あと一発が限界だろう。
『残りは君達だけだ。我が数万年の生の為に、生贄になってくれ』
さっきまでノアであった存在は、醜く崩れながらも、まだ生きながらえている。幾重もの触手が伸び、シュン達の機体をプリズムで焼き切ろうとしていた。
「うぉーーーー!!」
シュンは覚悟を決め操縦桿を握り、正面へと突進した。
ハルがいない今、もう自分しか頼るものはない。
父さん、母さん、カエデ……
ユキ、井口、関本、本川……
イチイチやNAGSSのみんな……
シュンは皆の顔を思い出しながら、ノアへ突っ込んでいった。
迷いは、もうなかった。
意外な行動に戸惑ったのか、幾つかの触手がからまって、オオトビイカへ狙いを定められない。その間隙を突き、シュンは中心部に狙いを定め、ありったけの思念を込めて撃ち放った。
ウギャォオオーーー!!
今までのどの攻撃より鋭く大きな青い閃光が、ノアに襲いかかる。
最後になるであろう悪魔の断末魔の叫び声が、地中海一帯に響き渡った。




