第73話 最初の攻撃
「難しく聞こえますが、つまり、父は皆さんや地球を気に入ってるんです」
ヤンシャが口を挟んだ。
「私達は、理性で最適解のままに動きます。ですが、感情が問題とも思いません。」
「じゃあ今している行動も、最適解なの?」
「それが……ある面では、そうです。ただ私達の計算でも、私達の介入で人間が最終進化を遂げる可能性は、50%なのです。どちらが良いのか、私達でも分かりません」
「そうなのだ。私達にも、理性で行動出来ない時が、あるのだよ」
パーシャはそう言って軽く笑った。
「君達と一緒に行きたいが寄る所もあるし、私達の雲はそこまで早く跳べないのが残念だ。後で気流を幾つか使って追いつくから、とにかく持ちこたえてくれ」
「では、ハル、シュン。ご武運を」
彼等はそう言うと再び下部のハッチを開けてもらい、空へと戻って行った。
「どうなんだろう?」
「彼らも、迷ってるのね」
「この件、報告する?」
「別に。しなくて良いんじゃない?」
素子体の味方は心強いが、パーシャがどうするつもりなのか、良く分からない。彼等に迷惑がかかるのも悪いので、司令部への報告は止めた。
オオトビイカは少しずつ南下し、イラ・イラ上空から紅海へと入った。アラビカ半島はくっきりしていて、所々で燃え上がる油田の煙が見える。ヤンシャ達の雲は、歩みが遅く、気付いたら視界から消えていた。レーダーにも映らないし、何処に居るのか、見つけるのはまさに雲を掴むような話だ。
『間もなく、目的物から100kmの地点に到着します』
ナビの自動音声と共に、正面のパノラマ映像がモニターに映し出された。窓ガラスにも、黄土色の不吉な雲の塊が、空一面に広がっている。既に目視できる距離だ。
『目的物を確認、高度13,000mに、最大半径約1,000kmで凡そ50,000㎢に渡り分布。7時の方向に向かって、速度20kmの速さで移動中です』
「大きい……」
ハルが息を飲んだ。その空一面に果てしなく広がる雲は、圧倒的な迫力を有していた。やる気を削がせるその姿は、人間ごときが太刀打ち出来るレベルではない。予想以上に巨大な化け物を目の当たりにして、絶望的な気持ちになる二人だった。
台風中継時の現場映像を思い出す。
上陸直前の暴風雨が吹き荒れる中で、悪戦苦闘しながら喋るレポーター達を、バカだなと思っていた。だが今からシュン達が突入する先は、それよりも遥かに馬鹿げた自殺行為だろう。
『地中海11時の方向、飛行隊および空母打撃群を発見、接近中』
ナビは続いて、新たな客を紹介する。レーダーには大型空母五隻、戦闘機と戦略爆撃機の機影が二個師団分、映し出されていた。
『交信要求あり。モニターを切り替えます』
ナビの音声と同時に画面が切り替わり、先ほどのブラウン少将が現れる。
「ご苦労。現在作戦展開中だ。囲むには数十機必要でな。思った以上に育って、躾けるのが大変だ」
作成したHypoelementに余程の自信があるのか、二人と違い余裕があった。
「それで、だ。わざわざイェドから君達にご足労願ったのは、単なる観客としてではない。役目があるのだ。NAG機関に所属する以上、我が軍の指揮下として扱って良いかな?」
「承知しました」
「宜しい。他でもない、君達二人が操るイメージブラスターが、起爆装置として必要なのだ。ドミノ倒しの最初の一つのようにね。キャンドルファイアーかな。君達の機体の両翼にそれがある。この銃をこちらの指示通りに、ぶっ放して欲しい。セッティングはこちらから遠隔操作する。君達はモニターの指示通りに動いてくれれば良い」
「承知しました」
「いい返事だ。成功の暁には、チュニザ基地で祝勝会だ。君達の席も用意しておくよ」
ブラウン少将はそう言い残すと、モニターは切断された。二人は左下のボタンをオンにする。程なくして、モニターには新たな通信受信とダウンロードの様子がモニターされた。終了しファイルが展開後、新たな操作モードへと変更になった。
『NAG第八航空機団からの遠隔操作パッケージを展開しました。以後、この機体は機団の管轄下となります。まずレーザーの出力充填モードへと入ります。操縦者は各々配置に付いて下さい』
モニターの音声の後に、左右の蓋が開くと、折り畳まれていた銃が外に展開し、機体の倍以上ある銃が両脇に設置された。同時に内部にある二人が座る席の上部から照準機が下りて来た。二人は準備に入るため、お互いの席に座り、照準モードを視野にあわせる。
爆撃機や戦闘機が雲の周辺を飛び回り、等間隔で展開する様がモニターに映し出された。中にある雲は大人しくゆっくりと回転しつつも、確実に南下している。
『エネルギー充填レベル、20%。操縦者はシンクロヘルメットを着用して下さい』
指示通りに、天井から釣り下ろされたヘルメットを被る。
バイザーから見える風景は、さっきよりもリアルな、酸性雲と周りを取り囲む機体の様子だった。やがて爆撃機と機体から、赤みがかったスモークが噴出した。恐らくHypo-elementなのだろう。
『発射準備、10秒前』
『9、8、』
『7、6‥』
緊張に、トリガーを持つ指が震えた。
『5』
『4』
『3』
『2』
『1』
『ゼロ、発射!!』
二人のタイミングは完璧で、相乗効果で広がったレーザーは機団目がけて撃ち放たれた。青色のレーザーは赤い霧と反応すると、その霧は金色となって雲の周りを取り囲む。そしてレーザーの光は、反射して無数の矢へと変換され、幾重にも中央部へ突き刺さっていく。空に光が舞うその光景は、見とれるほど美しかった。
「上手くいったのかな?」
シュンは、半信半疑だった。
「多分ね」
ハルは、あまり興味がなさそうだ。
後は雲の中で何が起きているのか、判別できない。時折雷のような閃光が何度か起きる。何らかの反応が、生じているのは確実らしい。やがて、雲が少しずつ縮む様子が見て取れた。まるで弱ったクジラのように、全体の活動がゆっくりになっている。彼らの予測通りのようだ。
「ノア君はどうなるんだろう」
「さあ」
素子体と同化した人間が、どのような運命を辿るのか、誰も知らない。
シュンは少し感傷的になりながら、雲の最後のあがきを見つめていた。




