第70話 海の民
その後も続いた余震と嵐で、イェドはライフラインに壊滅的な打撃を受けた。
崖崩れや洪水が街を襲い、復旧作業は思うように進まない。
繰り返される余震で、遂に年老いた講堂は半壊、立ち入り禁止となってしまった。ミェバも未だ復興半ばだろうが、都市の規模が違う。電車や交通機関は完全に麻痺状態だ。
サイトー先生の言った通り、復旧作業や救護活動に追われる日々が続く。NAGSSの生徒達は学んだサバイバル術や工学手法を応用し、日々復旧にいそしんだ。
嵐が止んだ数日後、NAGSSの生徒は自主的に軍と共同でボランティア活動をし始める。ある日シュンは、ワグパとワインハムと一緒に海岸地域で物資を運ぶ部隊に集合した。
「今日はお前たちが手伝いか。俺はテッド曹長だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
そう言ってシュン達に握手を求めてきたテッド曹長は、三十代前半で精悍な顔立ちをしていた。
三人も指示に従い、救援物資をトラックに詰め込み始める。食料品や生活品など様々だ。兵士達も連日の作業で疲弊気味らしく、早さより正確さを主眼に行動している。だがテッド曹長は弱音と無縁な態度で、時折冗談を言いながら場を和ませ周りを鼓舞していた。
「今日はポイントD5に行く。お前らも一緒に来い」
曹長から指示を受け、三人はトラックの幌付き荷台に乗り込む。総勢十数人ほどだ。奥に物資を積み、荷台出口に近い二人の兵士はライフル銃を持ち、周囲を常に観察していた。揺れは酷いがキャサリンのトレーラーよりも乗り心地はましだ。潮の香りが強くなる。
「地元を思い出すな。時々こうやって、家から街まで買い出しに行ってたんだ」
ワグパは気楽に話していた。ワインハムは酔っているのか言葉少なだ。
「うわ!」
ドン!!
急に浮浪者らしき男がトラック前に飛び込んできた。どうも、跳ねられたらしい。運転兵士は、急ブレーキをかけ停止した。
「大丈夫か?」
監視役の一人が荷台から外に出て、浮浪者達を確認しにいった。
するとそれが合図のように、何処にいたのか辺りからワラワラと浮浪者達が現れトラックに群がって来た。まるでゾンビのようで、感情少なく言葉もぼそぼそだ。だがかなりの数に取り囲まれ動けない。
ダン,ダーーーン
もう一人の見張り役が、天に向けてライフルを発砲した。威嚇射撃だ。途端に彼等は恐怖に怯え、のそのそと再びバラックへ戻って行く。兵士達を倒すほどの力も気概も無いらしい。安全を確認し、再びトラックは出発した。
「海の民達だ」
吐き捨てるように一人の兵士が呟いた。
「湧いて来るようにいるんだ。ったく迷惑な話だ」
他の兵士も同意する。
「お前らは、初めて見るか?」
三人は兵士に尋ねられ、「ええ」と答えた。
「ランク外になっちまうとな、正規で物品が手に入らない。だからああするしかないんだ。あいつらにやっても問題ないんだが、何せあんな略奪のような真似をするからな。正規の人達に物資が行き渡らなくなるし、こちらも出しづれえのさ」
トラックは凸凹道を通り、ようやく到着する。直ぐ先はコンクリートの崖で、海だった。小学校の跡地らしく、校庭に炊き出しの列が並ぶ。日差しが厳しく、木陰で涼む人も多い。
「物資を届けにきたぞ!」
テッド曹長の言葉に避難民達は顔をほころばせ、何人かがこちらへ行儀良く整列した。
「こちらに並んでくださーい」
先導係として三人は列を誘導した。皆の落ち着いた態度は、海の民達と比べて全く違う。住宅も失い厳しい状況であるが、物資を受け取るときは束の間の平和だ。だがそんな時でも、反転する事態がある。
?
シュンは、海で何かが光るのを見た。すると、
ダダダダダダダッ!!!
ドカーーーンン!!
「うぉ!」
「襲撃だ!」
突如、海から何隻ものボートがこちらに迫って来た。爆音や銃撃音がし、何人かの兵士が被弾して倒れ込む。
わー!
キャー!!
避難民は散り散りばらばらになり、体育館や校舎へ逃げ込んだ。
海の民達による襲撃だ。数えるとボートは十隻ぐらいある。
幸い防弾着のおかげで致命傷に至らなかったらしく、被弾した兵士達は起き上がるとライフルを構え反撃に出た。
ダーーン、ダダーン!
ダダダッ!!
ドカーーーン
何発もの銃が発射され、海の民が幾人かバタバタと倒れる。だが彼等は怯まず手榴弾を投げ込み、校庭で爆発音が響く。瞬く間に壮絶な戦闘が始まった。
「お前らは、校内で避難民の保護に勤めろ。うわッ!」
テッド曹長も右足を撃たれ、倒れた。向こうもかなり武器があるらしく、止む気配はない。三人は皆と一緒に体育館に避難した。幸いテッド曹長は蒲伏前進で移動し、反撃を伺っている。
「どうする?」
「どうするって……ここにいるしか無いだろう」
シュンも闘いたいが、避難民に危害が加わらない為にも、今はここで待機する方が良い。体育館では全面が避難所となり、家族単位で区切られているが生活は大変そうだ。エアコンが効かないのか上部の窓は全開だ。それにも関わらず蒸し暑くムッとする。
みな銃声や爆発音に怯え、子供達の泣き声もした。
シュン達は、不測の事態に備え入口を見張る。
ドドーーン!!
一際大きな爆発音が腹に響くと、銃撃の音は止み、晴れた空から水しぶきが降って来た。
「見てご覧よ」
ワインハムに言われて外を見ると、ボートを全て爆破され、投降する海の民達の姿があった。
「終わったのかな?」
「どうやらそうらしい」
「お前ら、こっちに来て良いぞ」
右足に包帯を巻かれて立つテッド曹長が声をかけて来たので、三人とも外に出た。目に映った風景は、拘束された海の民達だった。血気盛んなのか、まだ暴れる輩もいる。それとは別に、海水につかった校庭の後片付けも始まっていた。
「どうするんですか?」
「戦争中なら捕虜か処刑だが、災害時だからな、送り返すだけだ。武器が尽きれば諦めるだろう」
しばらくすると警察車両が来て、彼等を乗せて何処かへと去った。
大方終わり、持って来た物資の配給を再開した。
「これをどうぞ」
再び持って来た備品を、避難民に渡し始める。
「ありがとうございます」
みなは口々にお礼を言う。少しでも和らげばと願う。
「戻るぞ」
一通り作業も終わり、テッド曹長の言葉で皆トラックに乗り込み、基地へ戻った。
寮に帰ると、ハルや他の生徒達も既にボランティア活動を終えていた。
「どう?」
ハルに様子を聞く。
「やる事多くて、休憩も殆ど取れなかったよ。疲れたなんて言ってられないけどね。シュン達は?」
「海の民に襲われて、こっちも大変だったよ」
「そうなんだ。やっぱりあるんだね」
皆それぞれの様子を話し合う。
この生活が何時まで続くのか、誰も分からなかった。




