第65話 第十三次宇宙飛行士隊
「サイトー、呼んでくれてありがとう。
しかし朝なのに、もう蒸し暑いね〜 ニッポンはこれが嫌だね。
皆が来る前に、学校を一通り見てまわったんだ。久しぶりだけど、全く変わってなくて、懐かしかったな。因みに、そこの壁にある写真は、当時の学校の様子。講堂も昔のままだし、幾つかの建物も、見覚えあるわ。
あの当時はNAGも発足したばかりで、名前も《国際宇宙学校》だった。
資本も管轄も、宇宙開発機構に加盟する十カ国負担。ただ成績優秀なら、加盟国外の子でも入れたの。あの当時は宣伝に力を入れていたから、競争率一万倍の超難関だった。今もそう?」
「IQが平均レベルの僕でも入れたよ」
ワグパが笑って言った。
「大丈夫、IQと宇宙でのサバイバル能力に、相関性は無いと証明されているわ。安心して」
キリシアの言葉にワグパは喜び、皆を笑わせていた。
「あの頃は、数字ばかりに目がいって、人間の本質的な能力開発は幼稚だった。複雑な生命体である私達自身の完全理解でさえ、数千年の年月をかけても未到達なのよ。
少し個人的な話を追加すると、私は東欧出身で、裕福とは言えなかった家で育ちました。
父は、古い昔の共産党幹部の流れを汲む家系だった。けれど、何の生活の足しにもならなかった。それ以前は、何処かの貴族とか戦争の英雄だったと聞いたけれど、噓か本当かは分からない。何度も大乱があったあの地域では、詳しい家系なんて誰も知らないし、ほぼ無意味ね。
現実は、私も含めた五人兄弟を食べさせる為に、両親はその日暮らし同然だった。あの時代、まだ資本主義とランク制度のハイブリッドで、色々と大変だったのよ。空腹は当たり前、明日をも知れぬ日々だったわ。
私は二番目だった。六歳の頃には、姉と共に親代わりをしていた。
村の図書館で子守りしながら本を読むのが、唯一の楽しみだった。
幸い記憶力は人並み以上で、一回読めば大抵憶えられたの。
この点は、親に感謝ね。
小学校卒業する少し前に、村役場から呼び出しがあって、ある試験を受けてみろと言われたわ。提案と言うより、村としての命令だった。
それが運命の始まり。 後は歯車が噛み合ったように、どんどん進んだ。
試験場は、もう今は無いあの国の首都。電車で一日かけて行ったのが、懐かしいわ。沢山の子供達がいたけれど、自分が一番だと、何となく分かっていた。用意された宿舎に泊まり、三日間かけて解いた筆記試験や実技は、どれも簡単過ぎて面白く無かったもの。
そして辿り着いたのが、ここって訳。
そこから三年間は、宇宙飛行士としての訓練をみっちりやらされた。キツかった時もあるけれど、充実感の方が大きかったかな。サイトーはじめ、友人達は皆良くしてくれたし、何より本気で頭脳と体力を使い切るのは、心地よかった。
ただ一つだけ残念なのは、当時の仲間で今も会えるのが、サイトーぐらいってこと。君達はどうなるのか、私には分からない。でも卒業生の一人として、充実した生活が送れることを願います」
一旦話を止めて、キリシアは3Dホログラム装置を立ち上げた。
「サイトーにも文句言ったけど、これホントに動くかな? 百五十年以上前のデータをクリスタルディスクに落とすの、大変だったのよ。互換性あるフォーマットに変換するだけで、スミソニアにこっそりお邪魔したし。よし、大丈夫、動いた!」
文句を言いつつも笑顔なキリシアの操作で、講堂の中央に七人の3D写真が、映し出された。そのうち五人はシュンにも見覚えがある。キリシアとサイトー先生、イザベラ、ミーハ、そしてノア。
一目で分かるくらい、誰も変わっていない。
「こうやってみると、やっぱり若いわね。サイトーも、まだ十六歳? 私も肌がすべすべだ! 緊張してる顔付が、初々しいな」
キリシアは懐かしそうな顔で、微笑している。
「これが、第十三回目の航行に乗り込んだ面々。ご存知の通り最初で最後の帰還者。本当に苦楽を共にした、人生で一番の仲間達。気心知れた仲だしお互いの能力も分かっていたから、航行中、人間的な問題は起きなかった」
「他の人達は、どこの出身ですか?」
カトリーヌが聞いた。
「そうね、あまり個人的な話に立ち入らなかったけど、何となくは知ってるわ。サイトーは、言わなくても分かるわね。シュンやハルと一緒、ニッポン民族の系統。色んな秘密も知っているけど、彼を怒らせるのは趣旨に反するので黙秘します(笑)」
皆もサイトー先生も、キリシアにつられて笑った。
「ミーハは、フォーチュン市を作ったビリオネア科学者の、クローン人間だった。でもそんな事は関係なく、気さくで優しく、良い奴だった。ノアのサポート役に適任と言えた。
イザベラは、ルマリから英国へ亡命した医者のお嬢さんだった。とても利発で、良い子だった。住んでいた境遇が少し似ていたから、一番仲良くしてたわ。
アルナップは、イドネシア出身。敬虔なイスラム教徒で、物静かな子だった。ただ寛容で、他人の宗教観に立ち入ることはなかった。時々仲間内でヒートアップした時も、彼だけは、常に冷静な判断を心がけていたわね。
マクシミリアは、オースタラリアから来た。流刑に処された貴族の末裔と言っていたけど、野生児で活発な子だった。サバイバル能力は、ピカ一だったかも。
そしてノア。彼も出身はニッポンだけど、遺伝的な変異で銀髪だった。ただそれは見かけを特徴づけただけで、それ以上の意味は無かった」
ノアの顔が、拡大される。
「彼が実質的なリーダーで、この航行の成功の立役者だった。クルー全員の知能レベルが変わらなくても、決断や行動力の差は否めない。だから七人の中で一番は誰かと問われたら、全員が彼と答えたわ」
続いてディスプレイは、打ち上がるロケットの様子を示した。
「これはチュニザにある宇宙センターから発射した、私達が乗り込んだ最初のロケット。小さいでしょ?当然この船で太陽系から出るなんて無理。まず月に行くの。何でか分かる?」
「打ち上げの燃料節約ですか?」
コウが答えた。
「そう。宇宙船は巨大だから、マスドライバーを使い月基地まで運ばれ、組み立てられたの。その後の世界はかなり混乱したようけど、まだこの基地は維持されてるわよね、サイトー?」
「ああ」
「そして月の宇宙空間でまた一年間、本格的なトレーニングを受けた後、いよいよ出発。これは私達と同型の船、第十一部隊の様子。見ての通り大きいわ。全長5500m、総重量21t。ほら、見てて。一〇〇kmもあるカタパルト式のレールガンを使って最大出力で発射よ」
3Dモニターは、ロケットが物凄い勢いで射出される様を映し出した。
音声がないため、古典映画のような印象を受ける。
いよいよ、宇宙の大海原への旅が始まった。
やっぱり月に打ち上げ設備を作らないと恒星間飛行なんて無理な気もしますが、どうなんでしょう。未来に聞いてみたいです。




