第64話 キリシアが講義する
その後の沙槝場ノアの行方は、ようとして知れなかった。
巨大化して上空に昇った後、レーダーが反応したのは雲の形跡だけだった。
どうも巨大化状態から素子体としてバラバラになったらしい。
マイクロレベルの粒子だ。そうなると、追跡は不可能である。
相変わらず天変地異は世界各地で起こっているが、打つ手は無かった。
再び、元の学校生活に戻る。シュンも成長し、本格的な宇宙訓練も体験した。
疑似宇宙空間体験は、一週間経っても残像が残り、時おり不安に襲われた。
無重力空間での行動訓練や、加速時のG耐性テストなども行った。
どの訓練も、他の生徒に比べて未熟である。
星の子供達が通る道とはいえ、あの空間で正常な神経を保つ自信は、未だ無い。
訓練の残像も和らぎ、あと少しで夏期休暇になる、うだるような暑さのある日。
授業も終え、いつものように講堂に集まる。
サイトー先生は、心なしか機嫌が良さそうだ。
「急で悪いけど明日は特別講義をするよ。全員朝8時、ここに集合」と最後に言った。
非常に珍しい、というか特別講義なんて初めてであった。
シュンは何だろうと思いながらも下校し、眠りについた。
翌日の朝、講堂には定刻通り全員が揃う。
「ようし、集まったか。じゃあ今日は特別講義だ。先生、どうぞ」
サイトー先生に促され登壇したその女性は、紛れもなくキリシアだった。
化粧っ気はないが綺麗な肌とシンプルにまとめた金髪、Tシャツにジーンズ姿。
相変わらず若々しいその見かけは、大学生でも十分に通用する。
「キリシア・アーデナント。NAGSSの卒業生だ」
「サイトーの同期でしょ、水臭い」
「まあ、そうとも言うね」
キリシアは相変わらず砕けた物言いだ。
同期のよしみか、サイトー先生も、普段より気楽に見える。
「初めまして! そうじゃない子も居るけど!」
そう言ってキリシアはハルにウインクしたが、ハルは複雑な顔で返した。
コウ達も、彼女の顔を憶えていたようで、軽く会釈をする。
一方シュンは、驚きで硬直していた。
「シュン! 元気?」
とびきり親しい友達相手みたいに話しかけるキリシアに、「え、ええ」と言うのが、精一杯であった。
そもそも国際手配中なのに、こんな堂々と講義をするのが信じられない。
だが現に、キリシアは目の前に居る。所長あたりが裏で手を回したのだろう。
警察とNAGSSのどちらが強いかと言われると、納得するシュンであった。
「さて、知っての通り、再び星の子供達計画が始まる」
サイトー先生が話をし始めた。
「今更だが僕も、ここにいるキリシアも、惑星間飛行に唯一成功した部隊の一員だ。計十五回の星間航行を実施した中で、生還したグループは十三回目の僕達だけだ。この成功は実質的リーダーだったノアと、惑星に存在した素子体なしではあり得なかった。その点で単にラッキーだったとも言えるし、惑星に辿り着いた時点での必然とも言える」
サイトー先生は黙祷するかのように沈黙した。まるで犠牲者となった星の子供達の為を思っているかのようだ。
「少し感傷的になった。すまない。やはり他の十四の船団と九八名のクルーが今も宇宙の塵となり彷徨う事実を思うと、誇らしくはない。偉業に犠牲者はつきものだけれど、僕達人類はずっと贖罪を抱えているんだ。僕らが旅立ってから、およそ一五〇年以上が過ぎた。出発当時は数百年継続していた社会制度も、今はあっけなく消え去っている。未来は誰も分からないし、何の保証もない」
生徒たちは皆、真剣にサイトー先生の声に耳を傾けている。
「ただ星の子供達計画が再開される今、当時の状況を正確に伝えるのは、僕たちの責務だ。ここに居る君達は、星の子供達に一番近い位置にいる。それは誇らしい名誉かも知れないが、過去の失敗を繰り返し、君達を死なす訳にはいかない。でもそれは、僕だけじゃ役不足だ。理由はシンプル。僕は、惑星に降り立っていないんだ」
「けれどもあなたは、立派に役目を果たしたわ」
キリシアのフォローに、サイトー先生は苦笑いした。
「ありがとう、キリシア。まあ、地球より強い重力の惑星に降りるのは決死の覚悟だよ。状況が分からない惑星に降りた後、再び重力に打ち勝ち宇宙へ戻る保証はない。方法が確立されてなかった当時、重力の下僕になるのは片道切符も同然だ。だから君達三人には、最大限の敬意を払うよ」
「どういたしまして、サイトー」
「もちろん当時の科学者達も着陸を推定して研究し、訓練も実施されていた。でも百年近くかけた旅の後だから、全て想定通りとはいかなかったんだ。素子体が無かったら果たして三人が戻って来れたのか、今もって結論は出ない。居住可能な惑星であれば文明生物がいる筈だから助けを借りようとか、SF小説の読み過ぎみたいな笑える意見も、あの時は真剣に論じられていんだよ」
それを聞くと、本当に綱渡りだったのだと分かる。改めてこのプロジェクトの壮大さを感じるシュンであった。
「惑星の衛星軌道に乗ってから、どうするか沢山の議論がかわされた。誰も説得出来る材料を持ち合わせていないから、小田原評定だったね。まず一ヶ月ほど惑星上空から惑星を観察して、色々と計測データを得た。その時点で判明したのは、『文明生活を営む生命体は死滅し現存せず』という事実だ。そして激論の末、ノア、ミーハと彼女、キリシア。この三人が着陸する事に決まった。フォルトナ船内での責任者は僕だったから、受け取るデータは一通り目を通している。だから殆どの内情も、知ってはいるよ。だけど全てを直接見て感じてきた彼女こそ、語るにふさわしい。それで今回、講義を頼んだ訳だ。連絡したら直ぐに来てくれたよ」
そう言って、サイトーは笑った。
「ごめん、相変わらずサイトーはまじめで前置き長いね。じゃあ、そろそろ良いかな」
サイトーが苦笑する中、キリシアは話し始めた。




