第59話 惨状
パーキングエリアで下り、監視カメラをかいくぐって山中へと入ると、情報通り小道が続いている。周囲に注意しながら歩いて行く。途中崩れている箇所もあり、やはり相当の被害だ。
「酷い……」
数時間かけ庁舎前までやって来た二人は、一年半前に見た時と一変した風景に立ちすくんだ。
無傷の建物を見つける方が難しい。幾つかは横倒しに倒れて道を塞いでいる。道路も陥没や隆起が激しく、自治軍のジープが忙しそうに走り回っていた。
商店街の一画はガス爆発や火災が起きたのか真っ黒にすすけ、未だ焦げた匂いが残っている。街の人達は瓦礫を片付け、復興する為必死に頑張っていた。
「うわあ……」
ハルの住んでいたマンションも、無惨な姿を晒し、ハルは言葉を失う。最上階は地面に落ち、他の階の窓もかなり割れている。そして近くにある馴染みの文講堂も、殆どの瓦が落ちてシャッターは固く閉ざされていた。
「みんな大丈夫かな……」
ハルはやや驚いた風で、しみじみと言った。
「暗黒の一週間のときは、大丈夫だったの?」
思わず、シュンは聞いた。
「僕の家はイェドにあったから、大変だったみたいだけど、憶えていないんだ」
「そうなんだ。私は郊外だったから、何かが光った以外、あまり記憶がないの」
「僕の家はどうなんだろう」
実際、シュンは一刻も早く家に帰りたかったが、何時もの場所にフクロコウモリはない。道路の破損状況から、徒歩でしか行けない。それにイチイチで確認すべきこともある。
二人は、先を急いだ。
サバイバルキット等を入れたリュックを背負って歩く二人は、小ぎれいな服装も相まって嫌でも目立つ。道すがら後片付けで忙しい住民からも、じろじろと見られた。井口達の家もあったが、申し訳なくて遠目から見るに留めた。
二人はオキミ神社石段の前に来た。だが険しい石段は、途中が崩れかけている。裏口から入るのも時間がかかるので、気をつけながら石段を上り境内に入った。そこにあったのは、倒壊して屋根だけが残る本殿だった。
「復興は厳しいね……」
初めてホントのハルを見た時を思い出し、神妙になるシュンだった。が、
ミャ〜〜
二人を慰めるかのように、奥から猫の鳴き声がした。
「ミャオム?」
瞬時にハルは駆け寄ると、猫を一匹捕まえて戻って来た。多少汚れやつれていたが、それは正に写メで見せてくれた猫だった。
「ミャオム〜♡ 良かった〜」
ハルはミャオムに頬をすり寄せた。
猫もハルを覚えているようで、昔と違い嫌がってはいない。
「そろそろどう?」
ひとしきり猫を味わい満足げなハルに、シュンが呼びかけた。
「そうね、ありがと。じゃあミャオム、またね!」
二人は、目的地のイチイチへと向かった。
イチイチに辿り着くと、本川ミサエが校庭で、シートの上に本を並べていた。
制服が違うから、もう卒業はしているようだ。
「おい、本川?」
「お〜ニー坊、久しぶり! 櫻菜さんも一緒かい」
「お久しぶりです」
「何で此処に? 高校生じゃないの?」
「勿論、高校生だよ。ただこの地震で図書室の棚が崩れて管理コンピューターがクラッシュしたから、蔵書目録を全て記憶するボクが、かり出されたのさ」
流石、元学年二番。そう言えば如月がいなくなって、一番になったのか。
「学校の中に入れる?」
「ああ、用務員さんがいるよ。こうなっちゃったから、暫く休校だけどね」
それなら用件は済ませられる。二人とも校舎の中に入って行った。
「久しぶりだな。元気か」
「はい」
「ええ、おかげさまで」
「君はNAGSSの生徒だったのだな、失礼した」
四畳一間の狭い用務員室には、ケイゾーがいた。靴を脱いで上がり、古ぼけたちゃぶ台の前に敷かれた座布団の上に、二人とも正座する。畳の感触が、久しぶりだった。地下に通じるエレベーターも、そのままだ。
「状況はいかがですか」
「そうだな。地震と洪水の二重災害に見舞われたが、自治軍の働きで何とかなっている。各自治区からの特別援助もあるから、今のところNAGの援助は必要ない。他人の手を借りないのが、独立自治区であるミェバの信念だからな」
「被害は」
「確認中ではあるが、死者四百十五名、負傷者約一万人。夜中に突然堤防が決壊したから、洪水の被害が甚大だ。家屋も五千軒ほど全壊、あるいは半壊だ」
「報告ありがとうございます、上にその旨伝えておきます」
「うむ。M.O.W.が気になるか?」
ケイゾーは、二人が来た目的に気付いていた。
「そうですね」 シュンは隠さずに答えた。
「あの一帯が一番被害が甚大で、正直、我々もまだ立ち入れていない。人命救助が最優先だからな。市民のこともあるから大っぴらな援助は出来ないが、宜しく頼む」
「分かりました」
「良い目になったな」
ケイゾーは、シュンを見て言った。
「ありがとうございます、それでは」
二人は出された日本茶を飲み終えると、退室した。
「とりあえず、僕の家に行こう」
「え〜 ユキちゃんちが良いな〜 あんたんちじゃ、リラックス出来ないもん!」
「確かに家もあっちの方が大きいか。じゃあ聞いてみるよ」
シュン達は、タカ取地区がある北へ向かう道を目指した。
崖崩れが一箇所あったが、何とか通れるようだ。
丘を下りて行くと、腐った異臭があちこちからする。
この辺りは地震被害よりも、洪水による被害の方が遥かに甚大だ。
人々は泥にまみれた家財道具を洗ったり、乾かしたりしていた。
道路にもまだ泥が残っている。
流されて、土台だけの家もある。大きな木の上には、沢山のガラクタが引っかかっていた。だが誰も取り外す余裕は無い。一部ぬかるむ足元に注意しつつ、シュンの家へと急いだ。
泥まみれながらも見慣れた道を進むと、久しぶりの我が家がそこにはあった。
幸いに家の原形は留めていたが、洪水の跡は、シュンの背よりも高い位置に確認出来た。二階部分は大丈夫だったようで、シュンの部屋は浸水を免れたようだ。だが一階にある父の作業場やリビングは全滅で、まだ片付けきれていない。
「おう、シュン、久しぶり!」
一年以上も会ってないとは思えない気楽さで、父はシュンに声をかけて来た。
「サキ、カエデ〜 シュンが帰って来たぞ〜」
家の奥の方に行き、父は二人を呼んでいた。
いそいそと、母と妹がやってくる。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「あらまあ、久しぶり!そちらの方は?」
「中学生時代の同級生だった、櫻菜ハルです。今はシュン君と同じ学校に通っています」
猫被り状態になって、丁寧な挨拶をするハルだった。
「ああ、そうだったのか。いやあの時は急に学校から呼び出しがあったんだ。てっきり、タバコか喧嘩でもして退学かと、早合点してすっ飛んでいったのさ。すると優秀な成績だから全寮制の学校に編入するって、一方的に言われたんだ。それに、もう出発したと」
シュンの父は、苦笑いしていた。
「俺の息子だから優秀じゃないのは知ってるし、これでも何かあると思ってゴネたんだぞ。でも取りつく島も無く、もう決まったの一点張り。連絡も取れないと言われたしな。まあお前なら大丈夫かと思って、我慢してたんだ。どうだ、新しい学校は?」
「ハルさんにも世話になって、うまくやれてるよ」
「シュン君は、とても優秀なんです。今回もこんな事態になって、特別休暇をもらい二人で行くようにと言われたんです」
予想外に世間慣れしたハルの応対に、内心感心するシュンだった。
「そうかそうか。とりあえず家は何とかなるさ。お父さんが設計した建物は、どれも無事だった。だから評判が良くてな、今も依頼が沢山来てるんだ」
「それより一体、何が起きたの?」
「夜中、突然大きな地震が起きたんだ。それに続いて轟音が起きて何事かと思ったら、河川の氾濫だとスピーカーで警報が鳴ってな。取りあえず二階に避難したら、あっという間に一階は水浸し。数日続いた大雨も止んだ満月の夜で、流れが止まると湖面に浮かぶ家みたいで幻想的だったよ。ただまあ、泣きっ面に蜂というか、弱り目に祟り目だな」
こんな辛い状況に関わらず、努めて明るく振る舞う父に、シュンは元気を貰った。父は今日中にやると決めたらしい片付けを始め、また家と近くにある集積所を往復し始めた。
シュン達は、とりあえず二階に上った。
「意外に綺麗ね」
初めて部屋に連れて来た女の子の感想としては悪くない。
何を言われるかと恐れていたシュンは、ほっとした。
部屋は本棚が倒れて壊れている以外は、ほぼ昔と変わらない。シュンの気持ちを知ってか知らずか、やっとよそ行き用のおすまし態度を捨て去り、ハルは弾みをつけてベッドにダイブし、トランポリンのように二、三度はねた。
『オ久シブリデス』
長い付き合いの人形もいた。そう言えば、こいつと離れていたのを忘れていた。
『以前ヨリモ各パラメーターが大幅に上がりましたね。パートナーとして、嬉しい限りデス。おや? 隣にいるのが櫻菜ハルさんですか。ほほう……いや、仲良くして下さい』
変な気を使い方をする。
『それヨリモ…… 《ヤツ》が来まシタ』
「やつ? 誰?」
『覚えてないのですが……確かにそのようですね。とにかく、《ヤツ》には気をつけて下さい』
気になる事を言うが、今は良く分からない。
「ちょっと休んだら、ユキちゃんちに行こっか?」
シュンが提案する。ハルはそれに直接答えず、窓を開けて、ベランダに出た。




