第58話 シュンは帰省する
「任務ご苦労」
ここはNAGSS所長室。チェスターが、二人に労いの言葉をかけた。
あの後、キリシアと一緒にフネイルに乗ってきたシュンとハルは、夜中の校庭に帰還した。仮にもキリシアは指名手配犯である。それにフネイルを他の人に見られるのも、何かとまずい。人目につかない為の配慮だろう。
流石に疲労困憊で、寮に戻るや否や爆睡。目覚めると既に二日経っていた。
で、久々の登校となったのが今だ。
「ほんと、あんたらのいい加減な作戦で、本気で死にかけたんだからね!」
ハルは怒り心頭らしく、立ち上がって拳を振り上げ、ドン! とチェスターの机を叩き付けた。すると、傍らにあったコップが倒れ、水がこぼれる。顔も真っ赤で、下手するとそのコップを所長目がけて投げつけそうな勢いだ。
「すまない。だが想定外の事象は常に起こる。君達が星の子供達となって宇宙に飛び出す暁には、一つ一つの小さな行動に大きな責任を伴う。これも、訓練の一環だ」
チェスター所長は努めて冷静だが、シュンも内心、何だかなと思った。
「慰労はこれで終わりだ。申し訳ないが、あれから三日経ち、事態は更に深刻になった。フォーチュン市の壊滅は全世界を揺るがし、前例がないほどの大パニックを起こしている。暴動がおさまらない地域では、不満を外に向ける為に、本格的な侵略戦争の気配もある。旧ポランドやウクライ地域の自治区で、戦車やロボット戦士の不穏な移動を確認済みだ。NAG本部は、てんてこ舞いだよ。こちらから通信しても、返事が遅れるのはしょっちゅうだ」
「じーさんばーさんの仕事が増えて、良いんじゃない?」
ハルはまだ不機嫌だ。相変わらず、所長は顔色一つ変えない。
「そして聞いているだろうが、シュン君の故郷ミェバが、震災と洪水の被害を受けている。通信も覚束ない。カノニカルのメンバー達が辛うじて生存信号を送って来たが、要領を得ない。あのクリーチャーが暴れているとの目撃報告もあるものの、その後何の音沙汰もない。とんぼ返りで済まないが、帰省がてら、一度行ってもらえないか」
「僕の家族はどうなってるんですか?」
シュンは真っ先に、それが知りたかった。
「無事らしい。ただあの地域、タカ取地区と言ったかな、あそこが一番甚大な被害と聞く。季節外れの大雨で、タイリュー山内の地底湖ダムが再び決壊し、洪水になった。そして重要だが、M.O.W.も生きている。周期的な発信電波をこちらで受信済みだ。フォーチュン市のM.O.W.が消えた今、再度これを憑代にするだろう。君達の任務は、二つ」
「何ですか?」
「一つは被害地域の情報収集だ。本来NAG軍の任務だが、自治区である手前、NAGの正規軍は公に手配出来ない。彼らも自衛の軍隊や災害設備はあるが、破壊されて役に立たないとの情報もある。まだ発生から三日しか経過しておらず、とにかく正確な情報が欲しい」
「分かりました」
「もう一つは当然、M.O.W.だ。状態の確認を頼む。フォーチュン市の経緯を学習しただろうから、『ジン』のハッキング装置はもう使えない。だが、やはり君達で再起動させるしかないと考えている」
「え、それって……」
シュンは嫌な予感がした。
「タイリュー山に行って確認して欲しい。すまんが方法は君達に任せる」
「丸投げ? あの中にまた入るの?」
ハルがいぶかしげに聞いた。
「状況次第だが。兎に角あれを、以前の状態にリセットしてくれ」
「そんなの、本当に出来るの?」
ハルはあくまで懐疑的だった。シュンも同感だ。
「やるしかないのだ。それ以外の選択肢はない」
話は終わり、二人は所長室を出て出発の準備に向かった。
* * * * *
「ほんと、人使い荒いわね!」
ミェバに向かう軍用自動車の中、ふて腐れながらハルが呟く。二人とも、NAG軍が災害活動用時に着用するグレーの迷彩入り活動服を着ている。ただ現地で問題が起きないよう無印だ。リュックも大き目で、防水加工されていた。
シュンにとって、この一年半は初めての体験ばかりであった。
大きな変化があり過ぎて、言葉が幾らあっても足りない。
ただ良くも悪くも、ここで沢山学び成長したとは思う。
緊張で喋れないのも、以前よりは減った。
父さん母さんやカエデはこんな自分を見て、どう思うだろうか?
そういえば、挨拶も出来ず、拉致同然に連れて来られたのだった。
だから余計に、家や親がどうなってるのか気になった。
「私はたった二ヶ月だけど、あんたは故郷だしね。帰れて嬉しい?」
「まあね」
「ユキちゃんに会いたいんでしょ?」
その目には、いつもの悪戯好きなハルだった。
「ち、違うよ……」
顔を赤くしながら、否定するシュンである。
「ふーん。ま、いいわ」
時折窓の外を眺めるハルの姿は、少し元気がない。
急に変わったハルの表情に、思わず見惚れる。
「そう言えばあの時、イザベラさんと喋ったんだけど……」
珍しく、ハルが話題を変えた。
「何を?」
「聞いたの。星の子供達になって、どうだったかって」
「ふーん。どうだったの?」
「『つまらなかった』って」
「へぇ」
シュンには意外だった。非常に優秀な子供達だけ選ばれたから、名誉とばかり思っていた。誰もが望んで行ったのだろうと思っていた。実情は違ったようだ。
「彼女、小さい頃から何でも出来たんだって。だから、不可能に挑戦したかったらしいの。その目標が人類初の星間飛行って、まあアリだと思わない?」
「確かに」
「でも達成しちゃって、”何か気が抜けた”って言ってた」
「そうなんだ」
シュンにはその気持ちが、今いち理解できなかった。何でも出来るどころか、何も成し遂げていないシュンだから、理解できなくて当然かも知れない。ただ彼女がその気持ちだったなら、あそこで命を終わらせようとしたのは何となく分かる。
「『見るべき程の事は全て見つ』とか言ってたけど、そんなもんかなあ……」
ハルは独り言のように呟いた。
シュンもどう返して良いか分からず、しばらく車中は静寂が流れた。
「帰る場所があるのは、羨ましい」
ボソッと、またハルが呟く。
今日のハルは、ちょっと変だ。いつもと違う話ばかりする。
「NAGSSは面白いけど、故郷じゃないしね」
「ミェバを故郷にすれば?」
「たった二ヶ月で?」
「好きって言ってたじゃん?」
シュンに言われて昔を思い出したのか、ハルは微笑した。
「そう言えば、そんなこと言ったわ。あ〜あの猫ちゃん達、どうなってるかしら?」
急にハルは、深刻な顔付になった。
「そうよ、気付かなかった! ミャオム達の居場所が無くなっちゃう!」
先ほどの様子と反対に俄然やる気が出たハルを見て、シュンも元気を貰った。どんな理由でも、元気の無いハルはハルじゃない。シュンがイジられても、何時もの調子の方がずっと助かる。
だが所長から受け取った資料を確認すると、シュンは再び不安になった。イチイチの中心部は半分ほど倒壊し、橋も何箇所か崩壊したらしい。具体的な写真も数点載っていた。
『高速道路の情報です。ヨーヤICより北は通行止めです。再開の目処は立っていません。ヨーヤIC周囲三十キロ圏内以北は、道路情報が使用不能です』
「分かったわ。そこで下りる」
車の自動音声にハルが応え、下車する事に決めた。
後は、徒歩の指示を受けていた。NAG軍車で乗り入れるには要請が必要だが、現在はない。しかも今回は隠密行動なので、NAGSSのパスは使用不可。記録も残せない。
「そう言えば、あの時ミェバは二番て言ってたけど、一番好きな街ってどこ?」
ふと思い出し話のネタ程度の感覚で、シュンは何気なく聞いた。
ハルはキョトンとした後、予想外に深く思い悩む顔をした。
「イェドから少し離れるんだけどね。育った場所の近く。ただ、もう行けないかも」
事情が分からず重苦しい空気に変わってしまい、シュンは何とか場の雰囲気を戻そうと努めた。
「あ、ほら、ハク山が見えるよ。あそこ、冬にはスキー客で賑わうんだ」
ちょっと感傷的になったハルは「へえ」と言うだけで、特段何の反応も示さなかった。




