第57話 消滅
振り返ると、キャサリンだった。
「お前のせいで、母さんが!」
更に数発撃ち放ったが、ミーハも、イメージブラスターを手裏剣のごとく投げつけて反撃した。それはキャサリンに命中し、彼女は「きゃあぁ!」と悲鳴を上げて、倒れ込む。
イザベラはミーハに駆け寄ったが、彼は苦しそうに藻掻き苦しみ、血を吐いている。助からないことは、明白であった。
「こんな筈じゃ……」
ハルも予定外の状況に、混乱しているようだ。
「グホオ、油断しちまったな。いてえ。俺もここまでか…… お前ら、早く逃げろ。この街は今から吹っ飛ぶ。俺の脳波が消えると、自動的にがメルトダウンする仕組みなんだ」
「何だって! 何でそんな事を……」
「もちろん、こうならないように、俺のクローンも確保したさ。でもな、脳波パターンが一致したのは、死んじまったあいつだけだった。これもまた運命さ。まあ結局、圧倒的破壊が無ければ、進化もねえんだ。宇宙の法則だ」
全てを言い尽くしたミーハは倒れ、血を吐くと、ピクリとも動かなくなった。彼を抱き抱えるイザベラは、悲しみに打ちひしがれていた。
* * * * *
途端に、周りが赤くなった。見ると、M.O.W.の中が振動し発熱し始めている。ミーハの言った通り、メルトダウンが始まったらしい。
「まずいわ、確かに逃げなきゃ」
ハルがシュンの手を取り、エレベーターの入口へ向かおうとした。
「けれど、キャサリン達は?」
一瞬の間を置き、シュンは苦しむキャサリンに駆け寄った。彼女も、致命傷のようだ。もう顔色が真っ白で、助かりそうにない。
「さようなら。私は足手まといになるから、行って。今更生き続けても意味が無いし」
既に決意は固そうだった。イザベラも、逃げる様子はない。
「これからは、貴方達の時代よ。任せるわ。ハルさん、お元気で」
何も言えず、ハルとシュンはエレベーターに乗り込んだ。
幸い、まだ動くようで、上昇し始めた。
「大丈夫かな」
不安でいるなか、突如下層から爆発音がし、火龍のような凄まじい勢いで火柱が吹き上がった。エレベーターは焔に巻かれ、勢いで屋根を突抜けロケットみたいに、上空に打ち出された。
「凄い……」
ロケットと化したエレベーターに乗る二人の眼下には、さっきまでの街が一瞬にして破滅した、哀しい光景が広がっていた。キノコ雲が、立ち上っている。
「エネルギー源が爆発したのね。これじゃ住民は助からないわ」
「僕たちはどうなっちゃうの?」
「分からない。降下したときが、最後かも……」
ハルも、クロホウを着た。幸いエレベーター室は一面ガラス張りだが、頑丈に密閉されている。でもずっと飛翔は、できない。脱出しようにも、パラシュートも無く、生存の術を持ち合わせていなかった。
やがて上昇し尽くしたエレベーター室は、重力の法則に従い降下し始める。二人は降下面の方に這いつくばり、せめて、落下時のショックを和らげる姿勢を取った。
「いよいよね」
「……うん」
ハルも覚悟を決めたようだ。結局、ミッションは失敗した。逆に、来なかった方がマシだった。自分の無能を悔やむと共に、今までの出来事が走馬灯のように、シュンの頭の中を駆け巡る。
(もうミェバに行けないのか……)
ここで死ぬにしても、もう故郷に帰れないのが辛く、涙が出て来そうになる。
目をつむり、最後のときを迎える覚悟をしたその時、何か柔らかい感触がエレベーター室を包み、降下が止まった。
(何だ?)
死を覚悟していたシュンが、恐る恐る目を開けると、そこにはキリシアがいた。
「やあ、久しぶり! シュン君元気?」
自分達とキリシアが立つ下にいるのは、この前トキュ湾で乗ったフネイルだ。キリシアの手も借りて何とかエレベーターの扉をこじ開け、やっと脱出に成功した。
目の前は青空が広がり、下にはさっきの惨事を知らないアメリ大陸が牧歌的に広がっている。フォーチューンの黒煙は、もう既に遠くなった。
「ありがとうございます」
シュンは感謝の言葉を述べた。
「君はハルだね?」
そういえばキリシアとハルは、初対面だった。
「ええ、そうよ」
「はじめまして、キリシアよ。君の事も聞いているよ、NAGSSでも久々のノアレベルだって。シュン君とはこの前会ったんだけど、君ともデートしよっか?」
キリシアの意地悪な笑顔に、ハルはムッとふくれっ面をした。
「もしかしてあんた、シュンの誘拐犯?」
「そうだと答えたら?」
ハルは今にもつかみ掛かりそうになったが、シュンが間に入って、何とか取り押さえた。ハルの運動神経が良いとはいえ、大人と子供だから、キリシアの方に断然余裕がある。
「何で此処にいるんですか?」
シュンは、話題を変えようとした。ハルは不機嫌なままだが、少しずつ落ち着いている。
「フォーチュンでM.O.W.の起動反応があったからね、ミーハに会おうと思って。彼は?」
「死にました。キャサリンの銃に撃たれて」
シュンは愁傷に伝えると、キリシアは、「そっか」と、数秒無言になった。
「まあ君達だから言うけど、キャサリンもハウザーも、私達ノイエの一員だったんだ。二重スパイって奴。色々事情もあってね。もう今更だけど。あの爆発だと、M.O.W.もろともフォーチュンは消滅だね」
「あ、はい」
「ミーハが簡単に撃たれる筈も無いんだけど、それも運命かな」
「あの人とノアが、M.O.W.を作ったんですか?」
「そうだよ」
「この星はどうなるんですか?人間は?」
シュンは、思わず聞いた。
「ミーハが何を喋ったのか知らないけれど、M.O.W.が動いても壊れても、変われば変わるし、変わらなきゃ変わらない。地球を出発した頃、世界がこうなってるなんて、私達は思いもしなかった。あの頃、NAGSSは国家間プロジェクトだった。太陽系の外に出れば、地球は地球人として一つにまとまるって、真剣に議論していた。でも帰って来たら、進歩は殆どなし。むしろ悪化と言えるくらいだった。人間の業は変えられないよ。ノアやミーハは、それも歯痒かったんだね。だけど、M.O.W.が出来ることも限られている。ある意味、全てが運命かも知れない」
いつの間にか、太平洋に出た。三人の間をすり抜ける風が、心地よかった。
「キリシアさん、」
「ん?」
ハルが突然質問をして来たので、キリシアは不思議そうな顔をした。もう怒ってなさそうだ。
「イザベラさんは、ミーハさんを好きだったの?」
予期せぬ質問なのか、キリシアは暫く考え事をしている風であった。やがて顔を上げると、「ちょっと違うな」と、答えた。
「自分達は宇宙に出る前、中脳腹側被蓋野を不活化したんだ。だから恋愛感情自体、存在しない」
「そうなんですか?」
予想に反したキリシアの返答に、二人とも驚いた。そんな話、NAGSSで聞いていない。
「うん。宇宙飛行における問題の一つは、感情だ。感情の不合理な行動は、全員を危機に晒す。特に恋愛、嫉妬が一番怖い。君達も、経験があるんじゃないかな? 好き嫌いで判断されたら、まとまるものもまとまらない。じゃあ無くそう、て理屈さ」
「そんな事できるの?」
ハルもビックリしている。
「まあね。実際旅の途中で、そんな揉め事はなかったよ。だから彼女の感情は恋愛というより、地球に降り立ったときに起こした事故への、贖罪だろう。ミーハがああなったのは自分の責任だと、強く責めていたから」
そう言いながら遠くを見つめるキリシアは、少し悲しげだった。ハルはキリシアの話を聞くと、夕陽を顔に受けながら、太陽の落ちる先をじっと見ていた。
「そう言えば、シュン君て、ミェバの生まれ?」
唐突に、キリシアがシュンに尋ねた。
「え、はい」
「今ね、大変だよ。M.O.W.にいたクリーチャー達が地上に出て来て、街を襲ってる」
「ホントですか? 早く行って下さい!」
予想外の話に驚くシュンの声が、太平洋に空しく響いた。




