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第53話 櫻菜ハルは猫が好き

「んじゃレッツゴー!」


 半信半疑の二人を乗せ、トレーラーは猛牛のような勢いで駆け出した。予想してはいたが、オフロードは激しく揺れ、錐揉み降下から逃れたばかりの二人には酷だ。


 無言で振動に耐える二人を脇目に、やっと任務の第一段階を完了したキャサリンは、気分良く鼻歌まじりで運転している。


 時おりシュンは気晴らしに外を眺めたが、その景色は新鮮だった。赤茶けた砂漠や、点在する家々、牛馬がのんびりする牧場の広さは今まで見たことが無い。何もかもスケールが違って巨人達の街のようだ。無茶苦茶大きいと感じたこのトレーラーも、普通の大きさなんだとシュンは理解した。


 やがて日も落ち始めた頃、フォーチュン市に到着。高い壁が取り囲んでいる。キャサリンの説明が嘘のように、三人が乗るトレーラーはあっけなくゲートを通過した。内側も、道路がそのまま続いている。市街地へはまだ先だった。


 ようやく入った市街地は、さっきまでの砂漠地帯とは対照的に、深い緑で覆われている。ところどころ湖があるから、そこから水を引いているのだろう。とても綺麗で清潔な街並だけれど、人工的過ぎる観もあり、ミェバやイェドとも違った印象だ。


 到着したのは、プール付きの広い家だった。ミェバの高級住宅街にある邸宅より四倍ぐらい広いが、この辺はどこも似た広さのようだ。


「ここが泊まる家、今から家主に挨拶よ」


 やっと目的地に来て、ヨロヨロしている二人も這いつくばるようにトレーラーを下り、キャサリンの後ろについて行く。揺れない大地を歩けるのが、今の二人にとって何よりの幸せだ。


 久しぶりに嗅ぐ森の匂いは、シュンの心持ちを軽くさせた。ハルの方は猫でも探しているのか、辺りをキョロキョロと見廻している。その代わりに足元をリスの親子が走り去った。


 キャサリンがドアをノックすると、いかつい年寄りの男が出て来た。齢は六十代といったところか。他人を寄せ付けない鋭い眼光で、余所者の二人をじっと見ている。服装は質素ながらも整えられていた。


「こんばんは、ハウザー伯父さん。この子達が、例の」

「ああ、そうか。まずは入れ」


 無愛想なまま、中に三人を招き入れリビングのテーブルへと通したハウザーは、キッチンに行き飲み物と大きなハンバーガーを三人に持って来た。


 二人は久しくまともに食事を摂っていなかった事実を思い出し、我に返って貪るように食べ始めた。キャサリンはそんな二人を見守るかのように、和やかな笑みを浮かべている。


「で、これからどうするかなんだけど、伯父さんはM.O.W.の場所を知ってる?」

「まあ、慌てるな。とりあえず今日は飲んでおけ。

 この街で最初に植えられた葡萄畑から出来た、三十年物のワインだ」


 無表情な様子からは読めないけれど、悪い相手ではなさそうだ。不器用なだけらしい。シュン達は、今後この二人を頼って計画立案も含め、早急に対処しなければならない。


 本来は気が焦るはずだが、シュンとハルは暢気にハンバーガーのおかわりを要求する。ホームステイの延長みたいな雰囲気だ。ハウザーは嫌がるでもなく、今度はステーキを焼いてくれ、これも一心不乱に食べ尽す二人だった。


「はあー、食った食った」

「満腹だあ」


 あっという間に二人のお腹は大きくなり、食べ終えた後は、動くのもだるそうだ。


「シャワーとベッドルームは二階にある。別々の部屋を用意したから、そのまま使うが良い」

「ホント?至れり尽くせりね!ありがとう!」


 乗り物酔いとは別の酔いに飲み込まれたハルは、完全にリラックスしていた。シュンも疲労が頂点に達しているので、とにかく寝たい。直ぐに二階へ上がり、熟睡した。


 一方、キャサリンとハウザーは、その後も飲み続けていた。



 翌朝、二人とも朝食の匂いと小鳥のさえずりで目が覚めた。本当に良い環境だ。ハルは窓を開けて、気分良く歌を歌っている。


 昨日までの砂漠とは別世界で、散歩がてらショッピングにでも行きたくなる。階下に降りると、リビングには既に朝食が準備されていた。テレビはニュースが映されていた。


「おはよう、眠れた?」

「ええ、おかげさまで」

「自前のネットテレビもあるけれど、基本的には連合国のチャンネルが使えるの。アニメやドラマ専用のチャンネルもあるから、見たければどうぞ」

「ありがとう、おかまいなく」


 四人揃って朝食にする。ハウザーも独り身らしい。ただ壁掛けには、若い頃のハウザーと綺麗な女性が並んだ写真がある。シュンには心無しかその女性がキャサリンと似ている感じがした。


「それで、これからだけど」

 朝食も一頻り終わり、キャサリンが話を始めた。

「まずは観光がてら、少し街を散歩しましょ」

 キャサリンの誘いに、二人は異論もなく、部屋に戻って外出の用意をした。


 まだ朝だからか、それほど暑くはない。木陰の中をのんびり歩いて行く。しばらくすると、「ここが街の中心部だ」とハウザーが説明した。近くには湖がある。

 

 そこには小さな広場と取り囲む綺麗な建物があった。色調は白い壁にオレンジ色の屋根で統一され、歩道にはヤシの木が植えられている。最先端の街とは思えないほど見ためは田舎っぽく、高層タワーも何も無い。


 なぜ中心地なのか不思議だったが、広場の真ん中には奇妙なモニュメントがある。逆さピラミッドだ。しかも台座に突き刺さる頂点には、大きな眼が一つ見開いていた。


「昔はここが金融街だった。基軸通貨だったドルとの決別を意味して、作られたんだ」


 それが中心地の所以かと、納得した。ただそれよりも、気になる点があった。


「人が少ないんだけど?」


 ハルの指摘通り、店員や道ゆくのはロボット達が殆どだ。 


「ここの住民は全てランクAかSだからな。衣食住に不自由ないし、外に出る必要もないのだ」


 ハウザーの説明に驚き、シュンは「みんな普通に見えます」と思わず言ってしまった。


「何でも手に入ると、物欲は無くなるのだよ」


 特段表情も変えず、ハウザーは言った。


「他の家では家事を殆どロボットがこなすが、動かないと衰えるだけだからな」


 手料理は、ハウザーのポリシーだったらしい。


「対岸にあるのが、フォーチュン市初期に建てられた建物だ」


 そう言ってハウザーが指差したのは、湖の反対側に見える森に隠れた大きな洋館だった。ハウザーの家よりも更に広く、一つ一つが小さな城のようで、幾つか並んでいる。


「ロード・ミーハがいるのは、あのどれかだろう。残念ながら近づく事はできない」


 一行はそのまま街の中心部を散策した。たまに会う人たちはシュン達ニッポン人を珍しそうに見るが、それほど問題ではなさそうだ。どの人も和やかで生活の不安とは無縁な様子だ。

 

 だが好事魔多し。


 四人の最後尾にいたハルがふと後ろを振り返ると、キラッと光る生き物がサッと狭い路地に入って行った。瞬間でしかなかったが、目ざといハルにはそれが何か分かった。


(♡)


 マスクを被った顔に、雪靴を履いているような白い足。まぎれもない、スノーシューだ。初めて見る品種のそれは、ハルを誘惑するかのように、ちらっと見やりながら路地へ入った。


 その様子はハルの心をぶち破るのに十分であった。NAGSSの近くにも、ハルが個人的に見つけた猫ポイントがあるが、最近は行ってない。長旅の疲弊とモフモフを忘れかけたハルにとって、あの猫は救いの神に思えた。


「ちょ、ちょっとくらい……」


 言い訳のように独り言を言うと、ハルは吸い込まれるように、路地裏へと歩いて行く。他の三人は、誰もハルの失踪に気付かなかった。

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