第51話 キャサリンは2人を待つ
「今日は来るかな〜?」
ここはテキスス砂漠のど真ん中。照りつける太陽の下、赤い大地にたたずむオフロード仕様の超大型トレーラーの上で、キャサリンは双眼鏡で地平線の彼方に踊るトルネードを観ていた。
一週間前、NAG専用回線から連絡が入った。何でも、『イェドからトルネードを使って潜行者あり。大至急合流すべし』、だと。
他にも色々書いてあったが、お偉いさんは此処に来たことないんだろう。言うのは簡単だ。作戦立案の大半は机上の空論になって失敗するのが、良く分かる。
このだだっ広い砂漠では、イェドのスコールと同じくらい、トルネードは日常茶飯事。沢山の物が勢い良く上空へ巻き上がるから、落ちて来る無惨なガラクタなんて、数えきれない。
そこから一つを見つけ出せとは、無茶苦茶な話だ。
まあ無理な依頼には慣れている。NAGの依頼は臨時入手許可証のランクを高くできるから、やった方が得だ。
通知を受けて以来、キャサリンは家からトレーラーで何百キロも飛ばして砂漠地帯に向かい、そこで日々を過ごしている。起床すると直ぐにユニコンからトルネード情報番組を立ち上げ、ずっと付けっ放しにしている。朝起きた時も、日中ハンバーガーを頬張っている時も、夜手入れをした銃を傍らに置いて寝るときも。
テキススでも辺りを破壊し尽くす程の大型トルネードは、そう滅多にない。注意報を確認して目星を付けて探し始めて一週間、今までは外ればかりだ。
このトレーラーは車の底にあるドリルで8mほど地面に穴をあけ車体を固定できる。だからトルネードにも吹飛ばされない。食糧や装備も十分あるし、幼い頃からこの辺りに住むキャサリンは、地理にも詳しい。
完璧な体勢だから、あとは見つけるだけ。
問題は、目標人物が他の組織に奪取される可能性だ。それだけは絶対に避けるべし、死守、と指令にはあった。『死して屍拾うものなし』とか物騒な一文も最後に入っていたが、何時もの決まり文句だからキャサリンは気にしていない。
トルネードは、わがままな赤ん坊や気まぐれな猫みたいだ。辺り一面好き勝手になぎ倒し、ゴミの山を残して去って行く。そして落下したゴミは砂の絨毯に包み込まれ、誰にも知られず深い眠りにつく。はやく気付かないと発見のは困難だ。
幸いNAGの機体は低周波の特殊電波を発振するので、専用の受信機で探知できる。ただ波長の関係で半径8キロ以内でしか拾えない。いずれにせよ砂漠の中で宝石探しだ。
もっとも正規入国するとチェックされるから、フォーチュン市に入るにはこれしかない。任務も任務だから、よほどの猛者がやってくるのだろう。
「お、来た来た」
山の麓から、また新たなトルネードがやってきた。今度はかなり大きい。
「お客さん、まだっすかね?」
高感度レンズのおかげで、10㎞先の様々な物体が巻き上がる様子が分かる。バッファローやトレーラーがオモチャのように軽く飛び跳ね、小さな小屋も紙切れのように舞い上がっている。甚大な被害に心が少し痛むが、それも日常だ。運が悪かった。
ピーピー
突如、微弱ながらも識別コード反応が出た。
「お? ビンゴ?」
砂埃で内部は殆ど見えないが、何かありそうだ。
エンジンをかけ、道なき道を猪突猛進する。石油が豊富なテキススでは、この時代でもトレーラーはガソリンエンジンを使っている。2000馬力もあるからどんな道もへっちゃらだ。
不規則に動くトルネードにあわせてあちこちを走り回るから、トレーラーもかなり揺れる。ハンドルを取られないように必死に運転するキャサリンは、識別コードを示すブザー音がはっきり大きくなるのを聞き、確信を持って突っ込んで行った。
やっと風を感じる距離まで近づいた時、目標のトルネードは最後の雄叫びをあげ、胡散霧消した。するとさっきまでトルネードで浮遊していた物達は、重力をまともに受け、どんどん落下してくる。
キャサリンの乗るトレーラー付近にも降って来て、天井に何か大きな物がぶつかった。このトレーラーはアメリ連合国軍の払い下げなので防弾仕様だが、まずは停止して様子見する。キャサリンは運転席で足を伸ばし腕を頭の後ろに組みながら、暫く様子を眺めていた。
ドッサーン!
800mほど前方に、一際大きい未確認飛行物体のような物が落ちて来た。識別コードの音が、一段と大きくなる。トルネードが消え落下物があらかた無くなってから、キャサリンはライフル銃を携え外へ出た。
目標物と思しき物体の前まで来たが、予想と違い普通の飛行機と形状が全く違う。色んなゴミと激突した衝撃で歪んだらしく原形が不明だが、ひしゃげた円盤のようだ。子供の頃に本で見たUFOに似ている。
真ん中に扉があった。識別コードは、明らかにこれに強く反応している。コード解除のメッセージが出て、目的物であるのが、確認出来た。
(これをどうしろと?)
本当にこれなのか、キャサリンは疑問に思う。だがNAGからの指令は一方的で返信不可だから、自分で判断するしかない。下りる前にトレーラーのレーダーで周囲を確認したが、敵らしい物陰は見当たらなかった。少なくともその点は大丈夫なようだ。
周囲のゴミのせいもあって、色んな匂いが混ぜこぜで、少しむせ返る。足元にも気をつけながら、飛行物体の扉に近づいた。オートロックなのか外からは開けない。試しにノックした。中は空洞らしく、乾いた音がする。
「もしも〜し」 返事が無い。
「Hello? コンニチワ? Buon giorno? ニーハオ? Guten tag?」
暫くして、内部で人がゴソゴソ動く音がした。
(ほんとに居る?)
こんな乗り物でトルネードに突入して上陸とは、クレージーだ。キャサリンは、昔の戦争で爆弾を抱え自ら敵に突撃した、ニッポン民族を思い出した。その話を聞いたとき、命より大事なものがあるなんてと、驚き呆れたのを覚えている。今回のお客はイェドからなので、もしかすると希少種のニッポン人かもしれない。
ただその後の人生の歩みで、彼らの心情も少しは理解した。
思えば母も、そうだったのかも知れないと、今なら思う。
ふとキャサリンは、ペンダントのトップを見た。母が幼いキャサリンを抱きかかえている写真だ。優しい笑みを浮かべる母だが、キャサリンにはその記憶がない。急にランク外にさせられて、孤児院に引き取られたとしか、院長さんに教えてもらえなかった。このペンダントが、唯一の形見だ。
中から、不規則で覚束ない足音が扉の方に、のろのろと近づいてきた。キャサリンは注意して、扉をうかがった。何かが動いている。二足歩行の音から判断するに、やはり人間のようだ。信じられないが、回収しろと言う手前、自分を襲う可能性は低いだろう。
何度か障害物を取り除く格闘がした後、歪んだのかギシギシと大きな音を立て、扉が開いた。




