第49話 ヤンシャ再び
「あれ何?」
「え〜」
シュンはハルに尋ねた。だがとろけた顔で至福の時を過ごす今のハルに、何を聞いても無駄なようだ。まともに返事もしない。
「ハルさ〜ん」
光はやがてはっきりと視界に入り、声も聞こえた。それは、どこかで聞き覚えのある声だった。シュンは声がする方をじっと視て、気づいた。
「あ、ヤンシャ!」
それはあの雲の世界にいた彼女だ。
今なら分かる、この娘も惑星プロキシマbから来たクリーチャーだと。キリシアの話によれば、地球の重力の方ががプロキシマbより小さいから、彼等は雲の上にも住めるらしい。
ヤンシャを乗せた雲船はどんどんと近づき、シュン達の船と合流した。
ただこの前と違いシュン達は重力の制約を受けるので、ヤンシャの雲に乗れない。それを知っているようで、代わりにヤンシャが駆け寄って来た。
「お久しぶりです!」
「きゃあ〜、ヤンシャ!! 元気だった?」
女子二人、抱き合って再開を喜んでいた。
「もちろんです。ハルさんもシュンさんも、本当の姿はこうなんですね」
学習したのか、言葉もパーシャ並みに滑らかになっている。
「どういうこと?」
「この前の二人は、私達からは違う形で見えてたんです」
それが疑似体というやつか。
「何しに来てるの?」
「この先にあるココナツ汁の雲から、エキスを取ろうと思って。お肌の美容と健康に良いんですよ」
「へえ。あの後は、皆と仲良くやってる?」
「はい。あれ以来すこぶる平和で、毎日楽しくやってるんです。あ、そうそう、彼もいるんですよ」
そう言って、ヤンシャが船の奥から連れて来たのは、小さなクリーチャーだった。雷雲のように電気を軽くバチバチさせながら、浮かんでいる。
「やあ、いつぞやは世話になった。イーロだ」
「え、あのドラゴン? こんなに小さくなっちゃったの?」
シュンはその変貌に驚いた。あんな怖いクリーチャーだったのに、今はペットみたいに可愛くなった。
「お前たちがあんな攻撃をするから、こうなったのだ。ここまで再集合するのにも、かなりの時間がかかったのだぞ」
「ご、ごめん……」
シュンは気の毒に思って謝った。
「自業自得よ!」
ハルはやっぱり、容赦ない。
「まあそうだけどな。だがワシの力が衰えたから、あのM.O.W.は再起動したのだぞ」
「じゃあ、ちゃんと言えば良かったじゃん!」
「言う前に、お前が仕掛けたからのう……」
「無駄無駄」
ハルは全然謝る気がない。シュンもあの時は無我夢中だったから、仕方ないだろう。
「まあとにかくワシの力は衰えたし、ヤンシャとパーシャも限りがある。地球の自然変動も、絶賛進行中だ。だから、お前らの責任は重大だ」
「そうなの?」
そこまでとは思っていなかった。
「あ、あれを見て下さいです」
急にヤンシャは、窓の外を指差した。遥か向こうに、真っ黒な噴煙が天に延々と伸びている。
「ひどい……」
「キラウエ火山の本格的な噴火なんです。あれもM.O.W.の効果なんです」
ヤンシャは神妙に伝えた。
「他でも異変はあるの?」
シュンは気になって聞いた。
「はい。M.O.W.は、ネットワークに加え素子体の制御もできるんです。私達素子体は、自然にもアクセスできるんで、世界中で混乱と災害を引き起こしているんです」
改めて聞くと、かないそうに無い。
「ところで、ヤンシャ達もあの惑星から来たの?」
シュンが、改めて聞いた。
「え、ええ。そうなんです。もう知ってるんですね」
ヤンシャの顔が、少し曇った。
「ミーハって知ってる?」
「はい。星の子供達と一緒に来たから、全員の名前と顔は覚えているんです。ただ、もう随分前になるから、今の様子は知らないんです」
「キリシアは?」
「もちろん、覚えてるんです」
「はっきり言って、良く分からないんだ。僕達は彼らを敵に回すの? そもそも、M.O.W.は何の為にあるの?」
「星の子供達はみんな、性格や理念が違うんです。キリシアは、旅が好きな自由奔放なタイプで、人をまとめたりするのは好きじゃないんです。今の彼女は、ノイエなんかにいるけれど、無理してる感じがするんです。ミーハは……帰還途中に起きた事故のせいで、変わってしまったんです」
「事故?」
「離脱途中、星の子供達の一人イザベラの脱出カプセルとぶつかって、脳に障害が起きたんです。それ以来、彼は扁桃体のニューロンが異常値を示し、感情の起伏が激しくなってるんです」
「そうなんだ」
あの温厚なユージからは、想像もつかない。
「M.O.W.は……彼等が私達の星を見て、地球の為に作ったと言ってるんです。ただそれが破壊を引き起こしているので、それが良いのか、分からないんです。それよりも、目的地まではあと何日かかるんですか?」
「そうなのよ! のんびりしてるけど、居心地良過ぎて目的忘れそうなの!」
ハルはやっぱりストレスが溜まっていたらしい。
シュンも、この先が見えない旅に、少し疲れ始めていた。
「この先に、ジェットストリームがあるんです。これに乗れば、倍の速さになるはずなんです」
「ホント?」
ハルはモニターを付けて、管制と交信した。向こうは二十四時間体制らしく、対応は最初とは別の女性だった。でも状況は完璧に把握しており、直ぐに進路の変更が許可された。
「今アップデートするから、ジェットストリームまで、自動操縦で移動するはずよ」
「ありがとう!!」
程なく舞いクラゲは上昇し始めた。周囲の気流も速くなり始める。
「じゃあ、私は此処でさよならしますんです」
「ありがとう、ヤンシャ」
「元気でね〜」
ヤンシャは何度も振り返りながら、帰って行った。
二人は名残惜しそうに、ヤンシャの乗る雲船を見つめていた。




