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第4話 資料室には秘密がある

 「やあ、ニー坊」

 「あ、ああ」


 (アラミなんだけど……)


 もう一人の受付は、図書委員長で一組の本川ミサエだった。


 分厚い八角形のメガネをかけて颯爽と歩く姿は、校内でも目立つ存在である。成績優秀だが、いつもユージの次で二位。三位をかなり引き離しているも、中学になってから一度も一位になれない彼女は、テストのたびに悔しがっていた。


 シュンとミサエは一年の時に同じクラスで、《ニー坊》は、その名残だ。

 何度訂正してもからかうように《ニー坊》と呼ぶので、諦めて今はそのままにさせている。


 本好きな彼女はこの委員会に命をかけているとも言って良いくらい、真剣に取り組んでいた。新しい図書入荷の目録作成も積極的だし、全て公平に仕切るから、生徒や先生からの信頼も厚い。彼女の尽力で図書委員会は万事滞り無く進行し、シュンみたいな末端委員はかなり助かっていた。


 そんな彼女だが一年生の時にあった出来事が尾を引き、シュンは少し苦手だ。


 図書委員にもなりたくてなった訳じゃない。くじ引きで決まっただけだ。当然こうなる可能性を想定していたものの、いざ隣に座るとやはり気まずい。


 それに対して彼女は全くシュンを気にかけず素っ気ない様子だ。しかしシュンを見る目に、時折微妙な空気を感じる時はあった。


 昼休みも十分ほど経った。期末テストも遠く、来館する生徒は少ない。二人はとりたててする仕事が無い。会話をせずに過ごすのも、気まずかった。


*   *   *   *   *


 放課後。再び二人で図書館の受付に入る。

 多少は生徒もいるが、昼間と変わらず暇だ。やはり気まずい。


 「あ、」


 そんな空気を和らげるように、櫻菜が入って来た。

 何か本を探している。


 「やあ、櫻菜さん」


 本川が、櫻菜に話しかけた。


「知ってるの?」


 シュンは意外に思った。

 クラスが違うから、接点が未だないはずだ。


「そりゃもう。昨日、彼女がこちらに来館してね、ボクしか使わない本棚の前に居たんだ。イェド出身なだけあって流石博識だよ、彼女。昼休み中ずっと話し込んでたのさ」


 思い返せば確かに昨日の昼休み、女子達に囲まれて昼食を終えると彼女はそそくさと外に出て行っていた。本川と対等に話せるとは、中々の強者だ。猫のイメージから、ますます遠ざかる。


「転校二日目だね、イチイチはどうかな? 気に入ってくれると良いのだけど。ご存知の通りボクは一組で、三組に伺う機会が無いのが残念だよ」

「うん、皆いい人ばかりで良かった。新未くんも優しいし」

「え、そう?」

「ニー坊、なに赤くなってるんだい。櫻菜さん、こいつは意気地なしで騎士(ナイト)は無理だけど、根は良い奴だから」


 余計なこと言うなと口にしかけたが、立場上なにも言えないシュンだった。


「ところでニー坊、あれが何だか知ってたかい?」


 そう言って本川は、傍らにある像を指差した。


「いや」


 普段から目にする猫型の像だ。単なる風景としての認識しかないシュンは、一度も気に留めたことがない。


「あれは数百年前に大流行した猫ニャン像でね。此処では無造作に置かれているけれど、イェドではランクAの人しか持てないんだって」

「まじ?」


 俄には信じられない。


「信じるかどうかは君次第。ここは君が思っている以上に宝の山なんだよ。それより櫻菜さんは、奇伝集も読むんだ?」

「あ、はい」

「ボクもブルヒス好きなんだ。砂利の本、知ってる?」

「ええ。私も好きよ」


 本の趣味もあうらしい。

 暫くは二人の好きな本に関する話題が続き、シュンは蚊屋の外だった。


「図書委員、誰かいるか?」


 そう言って入って来たのは、顧問の清水ヒサシ先生だ。ひょろっとした体格で色白、担当も古文。体育教師の樺島とは対極に位置する。


「はい」


 シュンが答えた。


「ここにある荷物、屋上の物置き場に置いて来て欲しいんだけど。二人しか居ないのか…… じゃあ新未と君、一緒に行ってもらえるかな?」


 そう言って清水先生は、櫻菜を指名した。


「は、はい」


 と言う訳で、何故か櫻菜も付き合う事になった。


*   *   *   *   *


 図書室は四階の西端に位置するのに対し、資料室は反対側の東側階段から上った屋上にあるプレハブだ。だからけっこう距離がある。空き教室は沢山あるのになぜ資料室が屋上から移動しないのか、誰も理由は知らなかった。


 清水先生が渡した箱は、結構重い。仕方なく図書を運ぶ時に使う台車を借りて行き、階段では櫻菜にも運ぶのを手伝ってもらった。


「うんしょ、よいしょ」


 彼女は何も言わず、一所懸命けなげに運んでくれていた。気の利いた会話でも出来れば良いのだが、全く思い浮かばないシュンだった。


 屋上に出る。既に雨はやみ、風が少し強い。

 赤みがかった夕焼けの空が、明日の晴れを期待させた。

 

 やっと到着してプレハブの鍵を開ける。その前に清水先生からもらった箱を開くと、アフリカで見かけるような、怪しげな像と、良く分からないガラクタだった。何故これが此処にあるのか。謎ではある。


「はい、ここ」


 プレハブにかけられた南京錠をガチャガチャやり、安っぽい扉を開ける。

 ギシギシと音を立てながら、扉が開いた。 


 そう言えば、此処の噂を聞いたことがある。

 あれは二年の時クラスメイトだった山本サヤか。


 夕方のある刻、資料室に入ると行方不明になるらしい。

 それで別名を、イチイチの消室(ロストルーム)と言うとか言わないとか。


 オカルト好きが言いそうな妄言だ。図書委員の間でも何人か知っていた。


 だが幽霊の正体見たり枯れ尾花。真相はどうも違うらしい。


 何年か前、あるカップルが資料室で何かしていたのを先生が発見確保、大騒動になった。当然ながら内密で処理したらしいけれど、中学生の口の軽さは今も昔も変わらない。ちょうど当時中学生だった姉から聞いたと言う井口が、誇らしげに語っていた。


 ま、そんなもんだ。


 そんな下らない事を思い出しながら資料室の中に入り持って来たガラクタを入り口近くの隅に置くと、暇つぶしに二人は奥まで入って行った。


 暫く誰も入ってないのか、空気が籠っている。

 沢山の物が無造作に置かれており、どれも薄く埃を被っていた。


 刀とか鎧、良く分からない古文書、幾何学模様の絨毯や狩猟民族が使う弓矢や槍など、統一性もない。みんな好き放題に置いて行ったようだ。庁舎(ホール)近くの美術館に寄贈すれば良いのにと思うが、面倒なんだろう。


「これ何?」

「ああ、ワープロ」

「ワープロって?」

「ワードプロセッサーの略。日本語入力も出来る世界初のコンピューターだって」

「コンピューター?」

「昔の遺物だよ。《ユニコン》の起源。昔はこうやって手打ちで入力してたんだって。お父さんが言ってた」

「へえ」


 奥まで入るのは初めてだが、意外に広い。けれどガラクタが多過ぎて足の踏み場が無かった。こう見えて生来が整頓好きなシュンは、片付けしたくなる。櫻菜もそれに習ったのか、細々と掃除を始めた。


 掃除の最中、ガラス細工の複雑な紋様が描かれた花瓶を机に置くと、シュンは壁際に裏返しで置かれた鏡に気づいた。その紋様は見た事も無い形で、丁寧な修飾が施されていた。線の歪みから手作りと分かる。


 壁を見ると、シュンの目線より少し上の丁度いい具合のところに釘がささっている。ここに飾られていたのだろう。鏡の裏面には、何かの装飾文字が掘ってあった。


「M.……O.W.?」


 意味不明だ。誰かのイニシャルか?


 シュンはそれよりも壁の埃具合の差が気になり、ハンカチで埃をとると鏡を元の位置に戻した。


 ピカッ!!


 すると突然、照明が点いたように資料室全体が明るくなった。

 照明どころか、部屋全体が光に包まれたようだ。


「え? なに?」

「何だ、これ?」


 二人は何が起きたのか分からず、キョロキョロと辺りを見廻した。

  

 オレンジ色の夕焼けが資料室の小さな窓に入射し、鏡に反射してあちこちで増幅している。どうも先の鏡に当たった光が、点在するガラスプリズムに反射・増幅される仕掛けらしい。


 赤や青や黄色や紫の色とりどりな光は、輝々煌煌として星空みたいだ。チカチカと刻一刻と万華鏡のように不規則に変化していた。


 二人は、しばし無言でうっとりと見とれていた。


 「新未くん、これ!」


 珍しく大声を出した櫻菜に呼ばれ、奥の一画へ行った。

 ハルの指差す先に、テーブルが一際眩しく輝いている。


 置かれているのは南米アンデス産っぽい人形だ。その顔のおでこに埋め込まれた大きな赤い宝石に、光が一番収束し、熱がこもっている。眩し過ぎて、眼がくらみそうだ。


「凄いね……」


 こんな仕掛け、誰も噂にすらしていなかった。


*   *   *   *   *


 何だか、嫌な予感がする。


 急に、輝く人形がシュンの不安を見透かすかのように、カタカタと動き始めた。気のせいかあごが振動し、目も笑ってるようだ。


 二人は固まって動けず、見守るだけだった。


 寄り添う櫻菜ハルの震えと肌の温もりを感じてシュンは更に緊張し、まるでライオンに睨まれたシマウマのように、思考が停止した。これから始まる事態に何が起きるのか見当もつかなかった。


 ブワッ!


 突然足元がぐらついた。


 まるでフワフワする雲に乗っているみたいだと思った途端、シュンの視界が真っ暗になった。


 新未シュンが今まさに気を失わんとする中、シュンはうっすらと取り留めの無い無意味な言葉の羅列や見た記憶があるぼんやりした景色の連続に脳のグルコースエネルギーが大量に浪費しつくされ、ブラックアウトした。

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