第43話 素子体
「君達がクリーチャーと呼ぶものの、構成体。ノアの命名よ。あの惑星で絶滅した知的生命体の形見。たった20μmの塊一つに、全生命活動の要素を含んでいる。何億何兆もの素子体が環境や意志に応じて変形・増殖して集合し、クリーチャーになるの。ステムセルって知ってる?」
「幹細胞ですね」
それはシュンも知っていた。
「そう。素子体も似たようなもの。私達も目に見えない小さな細胞が増殖して出来上がるんだから、基本は同じよね。彼らが凄いのは、素子体一つに、あの惑星で生まれた生物の全設計図を、組込んだみたい。みたい、というのは私達も完全な解析は不可能だったから。しかも、エネルギー産生回路がほぼ内部で完結した半永久機関で、数万年レベルの寿命。水と空気があれば、何時までも活動出来るし、真空中でも休眠状態になり、機能維持が可能」
そんな物があるのか、シュンには半信半疑だった。だがその惑星に行った本人が言うのだから、信じるほかはない。
「だから生殖機能は意味ないの。各素子体でネットワークを作るから、脳などの組織や血液といった循環器系も不必要。つまりあのクリーチャーさん達は、単なるブロック人形と言った方が正しいかも」
その説明で、ロボットでも生物でもないあの動きに、シュンは合点が言った。
「UVや宇宙線にも耐性だから、地球に戻る時、私達宇宙船の外壁になってくれた。宇宙船の表面は、特殊形状記憶合金でコーティングされていたけど、やはり長年の劣化は予想以上だった。帰って来れたのは、彼等素子体のおかげもあるの。それにあの惑星より地球の重力が軽いから、宙に浮かぶ方が好きなのも居るみたい。大気や水陸の組成が違うから形も変わったけど、基本的な情報は維持されている。彼等の形は、地球での私達のネット情報とかを見て、真似してるのよ。まるで、子供の遊びね」
「そうなんですか」
「君達が倒したクリーチャーも、死んだんじゃなくてバラバラになった状態。多少は壊れたけど、気が向けば元の形に戻るし、別な形にもなれる。完全な生命体がどいういうものか、自分達が如何に原始的か、思い知らされたわ」
「それは生物なんですか?」
シュンは純粋に疑問に思った。
「そうね。私達が思う生命の定義からは外れるかもね。自我の存在有無も、議論になった。ただそれよりも、もっと大切なことを私達は知った。そっちの方が重要だったの。それは、彼ら滅んだ知的生命体の歴史。分かるでしょ? 私達人類の未来をトレース出来るかも知れない。『全ての覇権生物は、同じ運命を辿るのか否か?』誰でも知りたいはずよ」
「ええ、そうですね……」
壮大な話だなと、シュンは思った。
「文明の民らしく、彼らは滅んでも足跡を遺していた。私達が《ブラッグエッグ》と呼んだ中に、彼らの歴史が凝縮されていたわ。その調査をする限り、私達なんかより遥かに進んだ社会だった。私達人類は、やっと生命の完成形の僅か入り口に立ってるに過ぎないってことも、分かった。ただ最終覇権生物は種を残す力が弱まり、絶滅するしかなかった。そして彼らが最後にしたことは、素子体を残すことだったの」
「何で?」
「他の星に生命を受け渡すことを、生命の使命としたのね。もしかすると、この広い宇宙に、自分達の記憶を残したかったのかもしれない」
キリシアの言葉は、シュンの興味をかきたてた。
「会話可能なクリーチャーから、多数の素子体が宇宙へ飛んだと聞かされた。あ、彼らは私達の脳の仕組みを瞬時に理解して、会話できるようになったの。ただ打ち上げ装置は既に使用不可で、いたのは惑星維持のために残された素子体だけだった。私達は、事情を話した。そしたら彼らも、宇宙に出たいと言う。だから彼らは快く私達の宇宙船と同化して、地球に来てくれた。ほら、その名残が来たわ」
突然、海面が盛り上がり、舟が激しく揺れた。
慌ててバランスをとるシュンの目の前に、大きな一匹の竜が飛んできた。前に見た雲のドラゴン、イーロとも、また違う。ゲームに出て来るような姿だ。
「私のお友達。そう、一緒に惑星から帰って来た仲間よ。《フネイル》って言うの。挨拶して」
『はじめまして、新未シュンさん』
やはり直接シュンの頭に呼びかけてきた。脳波で伝えているらしい。
「は、はじめまして」
シュンは怯みながらも、挨拶を返した。
「じゃあ、ちょっと散歩しようか。乗ってみて」
フネイルは海面に下りて舟の近くまで来た。キリシアに促され、シュンもフネイルの背中に乗る。
「いくよ」
フネイルのかけ声と共に飛び立った。
「わあ」
フネイルは湾内を一周し、イェドを一望した。
「あそこが爆心地」
言われた先を見ると、地面がえぐり取られて海と繋がり、周りにひしゃげたビルが並んでいた。人の手入れがないのか、草木が思う存分に生えていた。海面がキラキラ光っている。
ここから見る距離では、さっき居たスタジアム跡の直ぐ側に思えるほど近い。
その後、湾中央にある廃墟ビルの屋上に降り立った。銀色の大きなボールが特徴的だ。既に水没し、ビルは海面から突き出ているように見える。
「昔はこの辺も人工島だったけど、温暖化で海面が上がって、海の下なの。ここから見るイェドも、絶景でしょ?」
キリシアが言うだけあって、大小さまざまなビルが建ち並ぶ姿は、壮観だった。ふとシュンは眼下に広がる廃墟ビル群を見ると、沢山の船に人が生活を営んでいた。
「気付いた? この辺にも人が住んでるのよ。《海の民》って呼ばれてる」
キリシアが説明する。
「ユニコンやランク制度から外れた人達。私達ノイエの一員でもあるけど。地球に戻ってきて、最初は世界中を旅したのよ。ランク制度は私達の前の世代から始まったわ。半信半疑だったけど、浸透したようね」
キリシアの住んでいた時代の古さに、シュンは驚く。
「個人の信用で取引する、”人本位制度”。自治区や国も個人の集合体として、信頼と先進性を評価され、物量が決まる。確かに便利だけどね。騙す人間は絶滅したし、独裁者が最低ランク指定されたのはコメディね。ただそれでも、完全な評価は存在しない。どんなシステムでも外れる人はいる。色々あって、こりゃ何とかしなきゃと、ノイエを作ったわけ。まあ実際、ノアがあんな事しなきゃ、彼等もここまで追いつめられなかったんだけどねえ」
「あんな事?」
「あれよ、核爆発。暗黒の一週間。あれで更に住処が減ったから」
改めて当事者を知る人間から聞かされると、ノアの存在の大きさが際立った。
「彼等は、どうやって生活してるんですか?」
「人間、原始生活でも生きていけるもんよ。物々交換で魚捕ったり、色々役目決めてね。電気も太陽光バネルがあれば、なんとかなるし。あとまあ、ランク外になるのも当然な、訳ありの人も多いからね」
キリシアは苦笑いしていた。
* * * * *
ヒューーーーーンン
突然、左手方向からこちらに目がけ、幾つもの飛行物体が真っすぐにぐんぐん迫って来た。
すると、
ガガーーンン!!!!
と近くにある廃墟に命中し、大爆発を起こした。
『キリシア、ミサイルだ!!』
フネイルの言葉通り、二段三段と続けざまに爆撃が始まった。下の人達は逃げ惑い、船を漕ぎ出している。木の葉のように頼りなく、いつ沈んでもおかしくない。
「君を連れ戻しにきたのかな? フネイル、ちょっとお願い」
キリシアにそう言われフネイルは、ミサイルに向けて口から何かをはき飛ばした。それがミサイルに付着すると途端にミサイルは急降下し、爆発もせず海に沈んだ。
「素子体を使ってミサイルを不活化したんだ。こんな感じで素子体は色々出来るの。エネルギー源になって、台風や地震も起こせるよ。海の民を傷つけたく無いから、もう行くね」
そう言うと、キリシアはフネイルの背中に乗った。
「大丈夫、君のユニコンは追跡されているから、直お迎えが来るはず。星の子供達になるのは大変けど、良いことも沢山あるよ。頑張ってね! バイバイ〜」
フレイルは翼を広げ、トキョ湾上空を滑るように、飛び駆けて行った。
古びたビルに囲まれた海路の中、シュンは一人取り残された。
上には真っ青な空が広がっていた。
(あの先、か)
キリシアの言葉を思い返しながら、自分が宇宙を飛ぶ姿を想像してみた。
でも今のシュンには、まだイメージがつかない。
バタバタバタバタバタ……
ヘリコプターが一機、こちらに近づいて来た。
作者が作っておいてなんですが、素子体は細胞と同じ目に見えない大きさなので、壊すのも大変です。ちなみに11話の最後で出てきた、フネイルに乗っていた女性がキリシアというわけです。




