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第3話 中三にもなると将来を悩む

「そっか〜 どうせ私は農業高校だしなあ……」


 ユキの言葉に、シュンは意外に感じた。


 ユキの家は代々農家で、彼女は一人娘だ。自然と跡継ぎの役目が求められている。彼女自身、週末にはトラクターを運転して両親と一緒に畑を耕したり収穫したりと楽しく手伝っていたので、傍目には天職と見ていた。


 シュンは高校を卒業したら、一時期にせよタカ取地区を離れるだろう。

 だけどユキはずっとあの家に居て、何時もの笑顔で農業するものと思っていた。別の職に就くユキは想像出来ない。


 だからユキが農業高校進学を自虐的に言うなんて、シュンにとっては予想外だった。


「一回ぐらい、イェド行きたいなあ……」

「まだバラックも沢山あるみたいだし、大変だよ、きっと」


 思わずシュンは否定した。

 ニュース映像で時々観るあの風景の中にユキは似合わない。


「でもカワイイストリートとか、行きたくない? あんな服、此処じゃ手に入らないし」

「そうかな」

「シュン、モテないよ」

「うるせえよ。うちらでイェドに住めんのは、ユージか本川ぐれえだよ」


 如月ユージと本川ミサエは学年トップを争う優秀な生徒で、留学可能なランクC+以上らしい。


 ミェバ自治区には大学が無い。だから大学入学は越境留学でランク制限されている。他には軍の士官学校経由で留学する手段もあるが、何れにせよ難関だ。下から数えた方が早い成績のユキとシュンには、別世界だった。


「そうだね〜 私やシュンじゃあね。あ、でも<グンケン>どうする?」

「直ぐは嫌だな」

「そう? 早い方が楽って聞くけど。来年中に行こうかな。特殊車両の免許取ったら、使える乗り物増えるしなあ。多制御スクリプトも習えばトラクターを十台一気に動かせるから、作業はかどるし」

「そっか」


 やっぱり農業やりたいんじゃん、と言いかけたシュンだが、ユキの表情を見て黙った。


 軍事研修-通称グンケン-は三ヶ月にわたる自治軍隊の研修で、ミェバ自治区民は必須だ。独立保持には住民が自分の身を護らねばならない。どこの自治区も、多かれ少なかれ似た制度がある。


 NAG編入前の二百年前は大国同士の大きな戦争もあったが、最近は他の自治区との戦争なんて起きない。だから、自治軍は自然災害等での救助や復旧活動が主だった。住民全員が緊急時対応の知識を学べるよう、中卒後八年以内での修了が義務づけられている。


「そろそろモクテキチにトウチャクします。コウカしますので、おキをつけクダサイ」


 あっという間に着いた。着陸も無音で快適だ。


「じゃあね」


 ユキは川沿いの堤防から坂を下りて、自宅へ帰って行った。


 ユキの家は、庭も家も広い。昔かくれんぼでシュンが鬼になった時、お昼を過ぎても誰一人見つからず、途方に暮れてそのまま帰ったほどだ。のんびりと家でお昼を食べていたら、隠れていたユキ達がお腹を空かせてモーレツな勢いで家に来て、あっという間にご飯を平らげて帰っていったのも、強烈な思い出だった。



 シュンはユキを見送ると、堤防をもう少し先に歩いて家路に着いた。

 あたりはすっかり暗くなっている。


「ただいま」

「おかえり」


 玄関を開けて声をかけると、奥から母の声がする。

 父はまだ仕事中らしく、アトリエに灯りが点いている。二人とも建築家だ。景気が良いらしく近頃は依頼がひっきりなしで、お客さんと談笑する姿をよく目にする。


 三角屋根が目立つ我が家も、当然二人のデザインである。

 大きなガラス窓で囲まれた一階は、台所とリビングも繋がっていて遊べるスペースが広い。父はお前達の為に、と言っていた。屋根裏部屋からはイチイチが建つ丘まで見渡せた。


「おかえりなさい」


 台所には夕飯の仕度をしていた母に加えて、妹のカエデもいた。傍らには、さばかれた大きな雉肉がある。カエデは小学三年生だから、イェドの記憶はない。ただ何となく嫌な思いはあるようだった。


「はい、これ」


 シュンは母に本を手渡した。


「ああ、ありがとう。あなた、ご飯よ」

 母が父に呼びかけると、「おお、分かった」と声がした。


 しばらくして、父がやって来た。少し顔がやつれ気味だ。仕事が忙しいといつもこんな感じで、心ここにあらずといった風になる。


「今日の夕飯は、チキンカレーよ。山狩さんが山に入って雉が捕れたからって、持って来てくれたの」

「ニワトリ違うじゃん」

「名前はいいの」

「いただきます〜」


*   *   *   *   *   *   *


 和やかな夕飯も終わり、シュンは部屋に戻った。


『おカエリなさい』


 机にある人形が、話しかけて来た。


「ああ」

『ホンジツは国語小テストが52点でしたね。古文の文法をもっと重点的に勉強しましょう』

「分かったよ」


 シュンは煙たそうに返事する。


 この人形は、ユニコンの充電やデータ管理をするシュン専用ロボットだ。別にこれじゃなくても、形は違うがみな似た物を持っている。


 ユニコンは色んな物に接続して、認証や通信を可能にする万能道具。生まれた時に支給される。シュンの全記録が入っているから回答の精度は的確過ぎて、時々嫌になる。


『今日の転校生、櫻菜ハルさんにタイヘン興味を持っていたようですが、学業にさしさわりますよ』

「そ、そんなんじゃねえよ」


 こいつは何でもお見通しだから、面倒くさい。


『センエツですが彼女が半径十メートル以内にいる時、彼女を眺める確率が九十パーセント、彼女が視界に入る限り、かなりヒンパンに見ています』

「数えんなよ、今日だけだよ」


『心拍数と脳波の変動も加味すると、これは次点の秋野ユキさんに対してよりも三.一五倍です。過去最大です。しかしながら相手はあなたに全く興味ありません。告白が成功する確率は五パーセント未満です。

 無謀な行為はおススめしません』

「うるせえな、消すぞ!」


 シュンは顔を赤くしながら半分ふて腐れ、人形のスイッチを消してベッドに入った。


 ベッドに入っても、直ぐには寝られなかった。


*   *   *   *   *


 翌朝は雨だった。エア傘を差して出掛ける。


 温かい空気と深い緑の山に囲まれたタカ取地区は、新緑の薫りが心地よい。のどかな田園や畑をのんびりと歩き、イチイチのある美城が丘へ向かう何気ない日常にもすっかり慣れた。道の両面にある水が満たされた田圃では、カエル達が我が物顔でゲコゲコ歌っている。


「おっはよー!」


 肩をどすんと叩かれ振り返る間もなく、ユキが走り過ぎて行った。

 これも、いつもの日常だ。


 彼女のエア傘は主人のスピードに間に合わず、半歩遅れてしまう。その為ユキの顔は濡れているが本人は全く意に介さず、有り余ったエネルギーを発散させるかのように全力疾走で駆け抜けて行った。シュンは遥か先へ行った彼女を気にせず、新緑に囲まれた風景を眺めながら遅刻しない程度に歩いてイチイチへと向かった。


「おはよう」

「おはようございます」


 校門前では用務員さんが、今日も一人一人に挨拶をしていた。

 生徒達は《ゴンゾーさん》と影で言っているが、本当の名前は誰も知らない。

 やや腰も曲がり冴えない風貌だが、雨の日でも休まず毎日校門に立つ姿は尊敬に値する。


 イチイチは人口三十万のミェバ自治区中心部にある中学校で、学年三クラス・全校生約百五十名だ。卒業生の父によれば、昔は一学年五クラスで全校生徒も六百人以上いたらしい。父は代々がこの街出身だから、よく昔の話をする。お爺さんお婆さんはこっちに引っ越す前に亡くなっていたから、写真でしか見た事がない。


 大昔はもっとギュウギュウ詰めで何をするにも一大事だったそうだが、冗談にしか聞こえない。

 その名残なのか、空き部屋も幾つかある。


 今は一クラス十五人が程度だ。それに三年間も同じ建物にいたら、大体は何かの折に会う機会があって、皆の名前も憶えられる。良い奴ばかりで、優しい世界だ。


 大昔の学校は荒んでいて、校舎の窓ガラスを割ったり陰湿ないじめがあったらしい。

 そんな昔の映画を全員で観たが、シュン達には理解出来ず大爆笑だった。


 もっとも、こんな古典的なスタイルを取るのはミェバぐらいで、大半の自治区は個人授業をメインとしている。だから学校の存在意義も薄れているそうだ。


 でもミェバはAI『ヤス』の指示で数百年前からの作法を頑に守っている。

 人材育成レベルでミェバの評判が良いと聞くから、このやり方も悪くは無いのだろう。


 多少面倒事は多いが、人生そんなもんだ。

 いずれにせよ、今年で卒業するのはやや寂しい。



 シュンが教室に入って来た時、櫻菜は既に着席していた。

 今日から学校指定の長袖セーラー服に変わっていたので、また違った雰囲気だ。


 シュンが軽く会釈すると、櫻菜も会釈を返す。それ以上、お互い立ち入らなかった。


 シュンは必要以上に意識してしまい、昨日にも増して無口になった。あの娘が本当に彼女だったのか、確証が持てない。似た他校生かもしれないし、姉か妹かもしれない。とりあえず余計な詮索はしない方が良い。沈黙は金だ。



 昼休み、シュンは図書委員として図書館に赴いた。

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