第36話 シュンは仲間に誘われる
目覚め時の寒さにすっかり冬の訪れを感じさせる、ある日の昼休み。午前の講義も終えカフェテリアへ行くと、既に皆が同じテーブルで昼食をとってわいわい喋っていた。
シュンも調理ロボにオーダーする。三分あれば好きな料理が直ぐに出て来る優れものだ。味気なくて母の料理が懐かしい時もあるが、もう慣れた。
シュンはカレーを受け取り、同じ机の席につく。
さっそく隣に座るコウが話しかけて来た。
「シュン、明日ダウンタウンに行くんだけど、どう?」
「何しに?」
「カネンスのコンサートがあるのよ。3Dロボじゃないわ。本物よ!!」
向かいにいるカトリーヌが興奮気味に言う。
ここに来て三ヶ月経った。日々の授業に追われ、毎日こなすだけで精一杯だ。NAGSSでの生活は大分落ち着いたが、まだ外出してイェド観光はしていない。
休日は基本自由。外出許可願いを出せば、大抵許可が下りる。
だから彼らは、良く街に繰り出して遊ぶ。
そして月曜の昼食は、週末の話題を聞くのがもっぱらだった。先週はロボフットの試合を観に行ったらしく、街中の様子も含め3Dホログラムで見せてもらった。
シュンも心の中では遊びに行きたかったが、学業を言い訳に断っていた。本音は、初めての都会で一人では何処にも行けず、万が一の事を考えてしまう不安が先にある。
イェドの噂は芳しくない。
暗黒の一週間以降、特に無秩序化が進んだとも聞く。
沢山の人が詰めこまれたボロボロのスラム街で、頻発する強盗殺人。
荒廃した無政府状態の公園には浮浪者が溢れ、殺人やクスリは日常茶飯事。
年に何万もの理不尽な死が訪れる街——―
これがシュンが知る、イェドのイメージだ。
が、話を聞く限りそうでもないらしい。
もちろん彼等は訓練で護衛術を身につけており、責任ある行動をしているのだろう。噂と実態の乖離で、シュンは踏ん切りが付かなかった。
ミェバで先生達からイェドに行けと言われ躊躇した時から変わっていない。
だがイェドにあるNAGSSは予想に反し、ミェバと同じ匂いがして居心地が良い。今から思えば偏見に満ちていた訳で、怖がる必要も無いと分かり始めている。
しかし道案内を彼らに頼むのも、申し訳なく思う。既にここでの生活を満喫している彼らには、何かあったら自分がお荷物になるのは明白だ。迷惑をかけるのも悪いし、彼らが本当に自分の仲間なのか、シュンは心配だった。
やはり彼等より自分は劣る。知識レベルが雲泥の差であるのは、初日から自覚していた。バカにされないし、個人授業だから彼等と比較する必要もない。それでも未だ自分には場違いに感じ、気が引ける時はある。
一方で、ずっと部屋で過ごす休日やNAGSSだけの生活にマンネリ感もあった。でもやっぱり何かトラブルに巻き込まれて取り残されたら、帰って来る自信は無い。
面倒くさい性格だと自分でも思う。
だから、誘われて内心嬉しかった。
「ジンギューでやるんだって。音楽のフランシス先生からチケット貰ったんだ。シュンの分もあるよ」
「みんな行くの?」
「今のところ、ハルとカトリーナ、ワクバが参加」
「行こうよ、シュン」
対面にいるハルも誘ってきた。
思い返せば、ハルと行動を共にするのは久しぶりだ。
今のハルはミェバの頃と打って変わり、とても快活でフランクだ。
裏表あるように見えた性格は演技で、こっちが本来の姿らしい。
イチイチにいた頃より遥かに笑顔が多く、楽しそうだ。
他の生徒も面接官や他の役割があるようで、誰かが欠席しても気にしない。ハルの話では、「純ニッポン人だから、私がこの地域の担当なのよ。他の子はもっと遠くに行く」そうだ。
大抵一ヶ月で戻って来るが、ニッポンの自治区は独特な学校が多く苦労するらしい。他の地方の学校は遠隔授業が多いので、転校生も簡単に入り込める。だが旧ニッポンの自治区は対面が基本で密な集団生活に加わる必要が多く、信頼を得ないと情報が入らない。
「ま、分かるけどね」
とハルは苦笑いしていた。
転校生の立場に逆転したシュンは、借りて来た猫になるハルの気持ちがよく分かった。虎穴にいらずんば虎児を得ず、と大袈裟にかまえる必要も無いだろう。
「じゃ、行くよ」
とシュンは決心して返答した。ありがとうの言葉は、照れ臭くて言えなかった。




