第35話 ワインハムは没頭する
「これ何?」
てっきり最上階の天体望遠鏡に連れて行かれるのかと思っていたが、目的地は地下室だった。扉を開けて入ると真っ暗で、3Dホログラムで描かれた星々が瞬いていた。まるで神の視点で宇宙空間を旅しているようだ。
ワインハムが説明する。
「コスモ・アトラス。宇宙地図だよ。NAGが出来る前の今から三百年前、小型の自動観測機が月から電磁波砲で宇宙に沢山飛ばされた。通称”千羽鶴”って呼んでるんだ。千機以上あったけどね」
「へえ」
こんなに大きな3Dホログラムを、シュンは見たことがない。小さな点々の先にある星々を思い、しばし見惚れていた。ワインハムは、興味を持って3Dホログラムを見つめるシュンの姿を同志として認めているようだ。
「初出300km/s、更にRPレーザー推進力を使い、光の1/10程度の速度で今も飛んでるよ。そして地球に向けて、ずっと各種データを送信している。一番遠いのは百光年ぐらいにあるよ」
「え? 計算あってないんだけど?」
「そう。光速の1/10程度では届かない。ちなみに星の子供達が辿り着いた惑星は、此処だよ」
そう言ってワインハムはユニコンを使い、宇宙地図を拡大した。シュンの質問に、ますます喜んだようだ。
「ちなみにこのビューワーは、僕がプログラムを組み直したんだ。千羽鶴の情報をここまで精度良く構築するのは、結構大変なんだよ」
はにかみながら言うワインハムは、その言葉とは裏腹に自信ある口調だ。
確かに、拡大しても綺麗な星々だった。千羽鶴の送信データはかなりのものだ。
真っ赤な太陽の周りに、複数の惑星が回っている。
「彼等が辿り着いた惑星はどれ?」
「興味あるよね。ほら、地球からはたった四.二光年。銀河全体から見たら、微々たる距離。でも僕達の祖先が大陸を横断し海を渡って世界中に散らばった時と同じくらい、果てしなく遠い。そもそも船って、最初は誰が創ったんだろうね? 大海原に向かって漕ぎ出した最初の人間は、余程気が狂っていたか勇敢だったのか。いずれにせよ彼等のおかげで、僕たちは数万年かけて世界中に広がったんだ、感謝する他ないね」
「そうだね」
シュンも、彼の意見に同意する。
「さあ、見つかった。ここだよ。この部屋で見られる限りの拡大図にするよ」
ワインハムの操作で、真っ黒な部屋の端に地球の立体映像が映し出され、その対角線上に目的の惑星が映し出された。直線距離も数値化され、定規が映し出される。
「この航路の地図は、星の子供達のおかげで一番精度がいい。だから重力波乗りの位置も明確なんだ」
「重力波乗りって?」
「千羽鶴の成果の賜物さ。ブラックホールの縁にある、光の半分程度までスイングバイできる準光速の重力波。この発見で、僕たちは宇宙旅行を短縮出来るようになったんだ」
ワインハムが示す航路の途中には、星の光も吸い込む漆黒の闇があった。
「さっきも言った通り、千羽鶴は月から電磁波砲で射出、RPレーザー推進で加速させる。そうやって光速に近づけ測定データを受信していると、ある日突然、一羽が消えた」
「消えた?」
「そう。故障や恒星の引力に巻き込まれる事態は、予め想定していた。だから当初は、想定内の消滅だと結論づけられた。だが驚くのはここから。二年後、消えた筈の千羽鶴X-0032が、一光年先から通信を発信して来たんだ」
「え? どうして」
「そう、君と同じ。関係者一同、大騒ぎさ」
シュンが予想通りの反応をして、ワインハムは嬉しそうだ。
「物理学者はワープなんてSF小説の世界だと思っていた。だが現実を見せつけられて、理論の再構築を余儀なくされたんだ。僕も加わりたかったな。そして、そこで得られたシャープ博士の結論は『ブラックホール端』だった。
「『ブラックホール端』?」
聞き慣れない言葉に、シュンは戸惑う。
それに対しワインハムの演説は、一層熱が入った。
「知っての通り、ブラックホール自体に吸い込まれたら光すら残らない。だけどせめぎ合った領域を高速で通過すると、理論値以上の重力場に乗って加速できる。それで、”重力波乗り”と命名されたってわけ。衛星が地球の重力を受けながら周回するのと、似た理屈だね」
「へえ」
「もちろん、その一機だけじゃない。続いて他の千羽鶴達の中にも、似た現象を示すのが現れた。それで分かったのは、時間もずれるんだ。この発見が、星の子供達計画を後押ししたんだよ。そして幾つかの星の子供達部隊が記録してくれたおかげで、重力波乗り時の様子も分かるようになったんだ。ここはモニター施設の一つで、似た施設は世界中にあるんだよ。それらが受信した情報をまとめて、こう言った銀河地図を作成している。知らなかった?」
「うん」
シュンは素直に言った。
ここに来るまでは、そんな事を考えたこともない。
「そうだよね、最重要機密事項だからね」
ワインハイムは独り言のように喋りながら、何かの操作に集中していた。
多分、シュンの返事は気にしていないのだろう。
「ほら、見てみて、この千羽鶴X-0045からの計測値!差が0.0005もあるよ!! この差が何なのか、またシミュレートし直さなきゃ」
そう言うと急にワインハムは、ユニコンをモニタに接続してエディタを起動させて、プログラミングに没頭し始めた。
「じゃあ、次の授業があるから」
先生を待たせるわけにはいかない。シュンは申し訳無さそうに小さく呟きながら、部屋を出た。返事も無く夢中なワインハムの頭の中には、既にシュンの存在が消え去っているようだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。作者の妄想ですが、実際ブラックホールの周辺はどうなってるんですかね。急に光も何もかも吸い込まれるのか、そうじゃない場所があるのか‥調べても予測されてないようなので、誰か研究して欲しいです。




