第34話 シュンは挨拶が苦手だ
自分が転校生になるとは、ついこないだまで想像もしなかった。
緊張で、手に汗がにじむ。
「じゃあ、簡単に挨拶を。悪いけど英語で頼むよ」
「あ、新未シュンです、ミェバ自治区から来ました。よ、宜しくお願いします」
緊張気味で少しトーンが狂う。英語では、思ったことの半分も喋れない。
最初の挨拶が簡単じゃ無い事実を、初めて知る。
パチパチパチ……
皆の優しい拍手に、照れ臭いシュンだった。
「それじゃお互いの紹介をしよう。最近の出来事でも一言加えて。じゃあ、ターニャから」
指名されたのは、一番近くにいる小柄な女の子だ。
東欧系の顔付で気が強そうな雰囲気は、ハルと五分か。
「はじめまして、シュン。私はターニャ・エルモレンコ。ウクラナ地方出身よ。サイトーはいつも私を最初に指名するの(笑い)。そうね,NAGSSに来てから一年ぐらいだけど、休日はイェド巡りが趣味かな。最近は水道の遺構を辿るのがマイブームよ。これからよろしく」
「次はワクバ」
指名されたのはターニャの近くに座る男子で、中東系のようだ。
落ち着いていて、シュンより年上に見える。
「よろしく、シュン。ワクバ・イブラムだ。イラニクから来た。僕は三年前からNAGSSにいるよ。最近の休日は、ロボフットをやっているんだ。地域のチームに入って、イケブの大会で優勝したこともあるよ」
「じゃあコウ」
次に指名されたのは、ワクバの斜め後ろに座る男子だった。
アジア系だがシュンやハルとは違い、大柄で大陸系の趣がある。
「おはよう、シュン。コウ・ピーインだ。チュカから来た。自分は二年目になる。僕の祖先は騎馬民族でね、動物の扱いに慣れているよ。もっぱら乗馬が趣味だ。最近やっとモンガから良い馬を手に入れたんだ、良く懐いてくれているよ」
「ではワインハム」
金髪と碧い瞳が綺麗なユーロパ系の男の子だ。
背丈はシュンと同じくらいで、理髪で大人しそうに見える。
「シュン、はじめまして。ワインハム・ストルムグラードです。去年、ジャームから来ました。技術系が得意で、最近のマイブームは千羽鶴の追跡なんだ。今度見せてあげるね」
シュンには言葉の意味がチンプンカンプンで、まだ彼の域には達せそうにない。
「じゃあラーラ」
やや浅黒い肌で、大きな瞳が特徴的な美少女だ。
「はじめまして、シュン。ハルのお薦めって聞いていたからどんなイケメンかと思ったけど、案外冴えないのね(笑)。私はラーラ・ロンゴスタット。ベラジルから二年前に来たの。あっちは今頃夏前の季節よ。ピアノが趣味で、今度リサイタルもやるわ。良かったら聞きに来てね」
「ハルは良いな。じゃあ最後、カトリーナ」
スルーされたハルは、皆と一緒に笑っていた。
カトリーナと呼ばれた女の子は栗色の髪と碧い瞳で、背がハルやシュンの一回りは大きい。
「私が最後ね。カトリーナ・ロペス=マルティン、スパーニャ出身よ。四年前から来てるから、ハルと一番長い付き合いなの。イェドでニッポン人男子は希少種だからモテるわよ、安心して(笑)。最近のマイブームは昔流行った映画やドラマを3Dホログラム変換して鑑賞するのかな。踊るのも好き。よろしくね」
「これで全員だ。NAGSSは少数精鋭だから、年齢も多少幅があるんだ。シュン君も、これからの学習と訓練に集中して欲しい」
サイトー先生は改めて皆に話しかけた。
「シュン君が加わったところで改めて言うが、星の子供達計画は予定通り遂行中だ。ただ候補者が決まるのは、最低でも二年はかかるだろう。宇宙飛行士になれば月面基地に行ってもらうが、他の重要な職務もある。各人の適性と希望を考え、最適の進路を見つけるように」
「はい」
「は〜い」
「よし、朝のミーティングはこれで終わり。各自授業へ。シュン君は、健康診断があるから残って」
生徒達は思い思いに移動する中、シュンはサイトー先生に連れられ医務室棟へと向かった。
「話には聞いていましたが、驚きました」
放課後、職員室にいたサイトー先生に、保健のナイマ・ワリ先生が話しかけて来た。アフカ大陸系で、三十代半ばの温和な女性だ。
「何か?」
「やはり彼の脳波パターンは、かなり特殊です。今日の結果は非常に平凡でした。ハルとシンクロした時のデータと比べると、全く別波形です」
ナイマ先生は、興奮を隠せないようだった。
「興味ある実験対象です。NAGSS候補生の新しい形として、『ジン』にも入力しました。シンクロ状態では、星の子供達と酷似しています。特にあの、上陸者の三人」
「彼らはあのメンバーでも別格でしたから」
「シュン君が生き延びられたのは、このおかげでしょう。如月ユージ君が与えた幻影銃の威力も、恐らくかなりのものだった筈です。ただ現実のシュン君は能力に追いついておらず、まだ伸びしろが大きいとも言えます」
「そうですか。じゃあ、これからですね」
「ええ」
* * * * *
放課後、皆と一緒に寮へと向かう。
シュンには道ゆく風景が新鮮で、きょろきょろと辺りを見回していた。
昨日は夜で気付かなかったが、この学校は丘の上に位置しており寮は坂の下にある。つまりこれから毎朝、坂道を上って通学だ。イチイチと似た生活に、シュンは親近感を覚える。
寮も当然男子棟と女子棟に分かれ個室になっていて、間に共通のフロアもある。細かい点は寮母さんが世話してくれるようで、シュンの個室には一通りの備品が揃っていた。独り暮らしも初めてだが、これなら心配無さそうだ。
次の朝から、本格的な学校生活が始まった。シュンは少し早めに出て、てくてくと歩いて行く。未だ緑の銀杏が立ち並ぶ坂は、もう少し経つと姿を変えるのだろう。NAGSS以外は住宅が建ち並び、イチ山地区やナカ台地区に雰囲気は近い。
「おはよー 遅刻しないでね!」
後ろからハルの声がしたかと思うと、あっという間に元気よく坂を駆け抜け、シュンを追い越して行った。ハルもユキに負けず劣らず運動神経が良いのだと、シュンは初めて知る。
チャイムが鳴る前に門をくぐり教室に入ると、皆は既に好きな席に着いていた。
「おはよう」「おはよう」
「おはよう、今日もみな遅刻無しだね」
サイトー先生がやってきた。
「当然だよ」
説明を受けて知ったが、NAGSSは完全個人授業の学校だった。遠隔授業をする学校は聞いた事があるが、一対一の授業をメインにするのは珍しい。朝のホームルームが終わると、各自好きな教科の授業を受けに先生のラボ(研究室)へ行く。
そもそも先生達は、授業よりも研究がメインの仕事らしく、学生より先生の数が多い。敷地に沢山ある小さな一軒家が、各先生のラボだ。シンプルな白い二階建ての家だったり、中世風の砦だったりと、先生によってさまざまだ。
自分の進度と各生徒の受講予約を見て、受ける授業を決めていく。
週に三時間程度、宇宙での作業を主眼にした全体訓練もある。
今まで受け身の授業が中心だったシュンは、転校当初この仕組みに戸惑った。
だが直になれ、シュンの好奇心はかき立てられ、勉学に集中できた。
対話をしながら講義を受けると、学びたい事が沢山あるのに気付く。
国語は古典から現代文までを網羅的に学び、様々な作品に関し深く理解した。
数学も、様々な公式のより厳密な証明が気になり始めた。
科学と社会学の複合的な結びつきも分かり、歴史の見方も変わった。
時間がある時はプログラミングや工作、デザインなど好きな事に没頭した。
そして一ヶ月経って試しに受けたテストで、見た事の無い高得点をとった。それこそ、如月ユージや本川ミサエのレベルだ。ユキが見たら驚くだろう。
サイトー先生に聞くと、笑って答えた。
「別に魔法じゃないよ。こう言った知識を取得する方法は、コツや相性があるんだ。今までそのやり方に巡り会わなかっただけで、誰でもこれくらいは出来るよ」
とにかく感心するシュンだった。
* * * * *
学校にも少しずつ慣れたある日の昼休み。カフェテリアで皆と一緒にお昼を食べたあと、ワインハムがシュンに話しかけて来た。
「午後の授業は?」
「数学の予定だけど。非可換幾何が良く分からなくて」
「そっか。あの先生なら待たせても良いから、ちょっと来る?」
最初のうちは誘われたら何でも受けるべし、とハルから心得を教わっている。だからシュンは、素直に「良いよ」と答えた。
「じゃあ付いて来て」
言われるがままワインハムの後を付いて行くと、彼は森の中に入って行った。小さな池の傍らに、洋館があった。屋根には、大きな天体望遠鏡がついている。




