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第32話 シュンはNAGSSにやってきた

ここから舞台は、大きく変わります。

 秋も深まり、透明で爽やかな風が木々をなびかせている。

 シュンはスケッチブックを片手に、家に近くにあるウス山を目指し歩いていた。

 

 普段は静かな田園も、稲刈りの真っ最中で騒がしい。稲刈り機を操る大人達に加え、イナゴ取りをする子供や年寄り達で賑わっている。


 この季節にウス山の山道口からタカ取地区を一望した景色を描くのは、シュンの恒例行事だ。毎年微妙に違う稲穂や紅葉、空の色合いを描き留めたいし、純粋にこの季節が好きだった。


「おーーい、シュン〜」


 コンバインを操るユキはシュンの姿を認め、手を振ってきた。シュンもお返しに手を振る。10条用のコンバインも、ユキの手にかかれば自転車並の手軽さで自在に動く。おじさんは米俵を軽トラックに積み込んでいた。おばさん達も、黙々と手伝いしている。


「よいしょっと」


 ユキ達と離れ、ゆるやかな坂を上って行く。秋の匂いも深まり紅葉も美しい山道口に着くと、持参した折りたたみ椅子を広げて座った。


「ふぁ〜」


 シュンは軽く背伸びし、まずはカバンから持って来たおにぎりを取り出した。家族皆が毎年楽しみにしているユキの家でとれたお米は、とても美味しい。今年は空が一段と高くて綺麗だ……



 ビーーーーー!!!!!!


 けたたましく鳴り響くサイレンに、シュンは驚いて目を覚ました。


「寝てたでしょ?」


 向かいのソファに座るハルが、意地悪い顔で笑っていた。

 時計のタイマーを使った、いたずらだ。


 夢か……


 家に居る心持ちだったシュンは、ハルの存在と座席の揺れから、ここが車中と思い出した。


「寝言でユキ、とか言ってたから、変な夢でも見てたんじゃないの? いやらしい」


 にやつくハルの指摘に、さっきの情景を思い出して顔が熱くなり、シュンは何も言えない。


「そろそろ着くわよ」


*   *   *   *   *


 あの後二人は橘先生に連れられ、部屋の奥にあったエレベーターに乗り、地上へ出た。出た先は、普段用務員(ゴンゾー)さんが居る四畳一間の管理室だ。これでは学生が分かる筈も無い。もうゴンゾーさんと、気軽に呼べる身分ではないと知った。


 外はすっかり暗く、生徒達は全て下校済みで誰も居ない。

 橘先生は立ち止まらず、駐車場へと向かう。


 そこにはスモーク張り防弾ガラスの物々しいSUV車が停まっていた。橘先生のリモコン操作で、ドアが開く。自動運転だから、中には誰もいない。


 橘先生がパネル操作した後ハルは慣れた様子で乗り込み、戸惑いつつシュンも後に続いた。仮にここで逃げても結果は同じだろうと、既にシュンは自分の運命を受け入れていた。乗る前に見上げた先にある星空が、眩かった。


「じゃあな。さよならだ」


 橘先生の最後の声は、優しかった。

 二人が向かい合わせのソファに座ると、車は静かに発進した。



 途中寝ていたせいもあり、何処を通っているのか、見当もつかない。既にイェドなのだろう。ネオンの明るさが、スモーク窓越しでも感じられる。この前空から見た風景が直ぐ間近にある事実に、不思議な感覚がするシュンだった。


 イェドも含め、自治区間を通行するには許可証が必要だ。暗黒の一週間後は特に厳密な規制が敷かれ、一般市民の入構は不可能になっている。だがこの車はフリーパスなのか、ところどころある関門を一時停止もせずに通過した。


「ハル、」


 シュンは聞いた。


「なあに?」

「ハルはNAGSSを知ってるの?」

「知ってるも何も。私、そこの生徒」

「え、ホント?」


 シュンは一気に目が覚めた。


「いまさら噓言っても仕方ないっしょ。

 星の子供達(スターチルドレン)候補ありって報告が来たから、覆面試験官として来たの」

「そ、そうなんだ」


 シュンは驚くしかなかった。

 中学生にそんな役割をさせるNAGSSが、不思議だった。


 イェドに行くなんて、半年前に言われていたら一笑に付しただろう。

 いや昨日言われても、冗談にしか受け取らなかったに違いない。


「他にも色んなトコ行った訳よ。だから転校が大変だ、て言ったの。分かった?」

「うん」

「分かれば宜しい! まあ合格したから、シュンも私達の仲間よ。これからよろしく」


 仕事が終わったからなのか、ハルは少し楽しげであった。


「メガネは?」

「ああ、あれダテ」


 面倒になってようで、リボンも外していた。



 突然ハルが怖い顔をして、真剣な眼差しで喋り始めた。


「いい? シュンもこれからNAGSSの一員なのだから、心するのよ」

「は、はい」


 シュンは緊張して聞く。確かに何も知らないから、ハルだけが頼りだ。


「NAGSSは一般試験すら無い、選ばれた人(エリート)達の学校なの。入れる人は、本当に一握りの優秀な子達。だから将来は約束されたも同然。その中でも私は、並み居る千人の生徒達を押しのけ、学年最高位を常に保ってるのよ!」

「へえ」


「頭がたかーい! 無礼者!」


 いきなりの叱責に、シュンは硬直して姿勢を正した。


「本来、あなたごとき庶民が私と一緒にいる事自体、奇跡なのよ! 感謝しなさい!」

「え?」


 そんなに上層階級なのか。今までの失礼の数々が、頭の中を走馬灯のように駆け巡った。


「これからは私を《おハル様》、て呼ぶの。良いこと?」

「え、は、はい」

「じゃあ言ってみて!」

「お、おハル様……」


 ……


 急にハルはゲラゲラ笑い出した。


「ひゃーおかしい! あ〜ホント、だましやすいわ〜」

「え、噓なの?」

「当たり前じゃん!」


 シュンは恥ずかしくなった。

 これからの前途が多難に思え、少し後悔し始めたシュンだった。

 

*   *   *   *   *


「はい、着きましたっと」


 起きてからあっという間だ。物々しい門を通ってしばらくすると、車が停止した。車を下りて先ず正面に見えた建物は、今時珍しい和洋折衷の建築様式だ。入口の上は、天守閣の様な屋根とシャチホコがある。父さんに見せたら感激するだろう。


「昔の大学跡地なの。もう少し先には『NAG Air Force』、NAGAFの基地もあるよ。まあとにかく、NAG宇宙学校、NAGSSへようこそ! 夜遅いし、私はこのまま寮へ帰るけど、シュンは所長室に行って。所長が待ってるから。そこの玄関から左手に進んで奥よ。んじゃ、また明日〜」 


 それだけ言うと、ハルは歩いてさっきの門の方向に戻りそっけなく帰って行く。”釣った魚に餌を与えない”、そんな言葉を思い出すシュンだった。


 一人取り残されたシュンは、ハルの指示通りに正面玄関から中に入り、校長室へと向かった。装飾が施された廊下と柔らかく踏み心地の良い赤絨毯には、格式と威厳を感じる。目的の部屋を見つけると、少しの躊躇の後に、シュンはノックした。


「どうぞ」


 中から声がしたので、重いドアを開けて入った。


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