第31話 スターチルドレン
「殉教者ね」
「冒険にリスクはつきものだ。質素な船で無謀にも大海へ漕ぎ出した我々祖先と、同じだよ。それに勝ち残ったから、ホモサピエンスは世界を制覇した。誰かが行かねば始まらない」
久永ケイゾーの声は、冷静だった。
「当時の閉塞感もあり、有史始まって以来、初めて全世界が協力する一大プロジェクトとなった。希望が欲しかったのだよ。皆が夢見る物語を。NAGも未だ加盟国が少なく、力を誇示する為に多少無理をしたようだ。厳しい訓練に耐えた子供達は、盛大に見送られた。だが何時帰って来るのか、どんな結果になるのか、発案者すら分からなかった。宇宙船は常時通信信号を発信して、位置情報やその他の解析データが地球へ送られた。画像や動画から、彼らの様子が手に取るように分かったよ」
実際に見たことがあるらしく、久永ケイゾーは遠い目をしていた。
「初めてヘリオポーズを抜け太陽圏を脱出したときや、重力波乗りのさなか事象の地平に最接近したときの様子、どれも感動的で、一般公開されないのが残念だ。だがそれも、二十年、三十年経つたびに途切れ途切れになり、やがて途絶えた。送受信を生業とした親子三代の一家もいる。各部隊のデータを大切に保管しているよ。皆訓練通り,良くやっていた。だが想定外のトラブル、原因不明の現象は避けられなかった。当時の記録映像を見る度、胸が締め付けられる。残念ながら我々は全知全能の神では無い。でも失敗だけではない。誇るべき成果も出た。つまり、」
「帰って来たのね」
「いかにも。よくご存知で」
「これも任務ですから」
ここにいるメンバーもハルも、お互いを理解しているようだ。知らぬはシュンだけらしい。軽い混乱を覚えながら、シュンは話の内容を飲み込むべく勤めた。
「新未君には不便をかけるが、私達の組織も縦割りでね、横同士の繋がりは無いのだ」
「そう。だから維持出来るのよ」
「話も続けて良いかな」
「ええ」
「今から十五年前、星の子供達が乗る宇宙船フォルトナが、地球に着水した。本来なら一大ニュースだ。地球中で祝福されただろう。だが報道機関はシャットアウトされ、超極秘事項となった。その後、彼らの行方はようとして知れない。そもそも何人戻って来たかも不明だ。ただ、そのうちの一人が此処ミェバに来た」
「それが、沙槝場ノアね」
ハルは何でも知っている。
「そうだ。ユージ君から聞いていると思うが、彼がM.O.W.の開発者だ。この中学校きっての天才と言われ伝説と化したが、彼は星からの帰還後に入学したのだ。誰も敵わないのは当然だろう」
「つまり帰って来たとき、見た目は未だ中学生だったんですか?」
思わずシュンが質問した。
「そうだ。我々の予想以上に子供達の成長は留め置かれたらしい。もっとも、他の子供達も彼と同じかは分からないがね。私は彼の担任だったよ」
「え、そうなんですか?」
思いがけない二人の関係に、シュンは驚いた。そんな伝説の学生と用務員のおじさんが知り合っていたなんて、不思議な感じだ。
「あの頃は自分もカノニカルと関係無く、単なる一教師で職務を全うしていた。教師も親からの薦めで選んだ職だが、意外に悪く無い。面倒事は多いが、人の成長に立ち会えるのは感動の連続だよ。今まさに君達を見るように。しかしあの子は、明らかに並の子供じゃなかった。天賦の才を間近に見られる幸運など、そうそうない。教師冥利に尽きると言うものだ。だが恵まれた才は狂気をも孕む」
一息ついて、久永ケイゾーは先を急いだ。
「あのM.O.W.発動時も、我々には何が起きたのか全く知らなかった。自然災害かと間違えていたくらいだ。星の子供達なんて言葉も、彼がいなくなる間際に初めて聞いた。暗黒の一週間から一ヶ月後にNAG情報部が突如現れ、それで事の顛末を知った。我々は驚く他なかった。イェドの混乱の元が此処にあるとは思わなかったからな。とにかく彼は中学生としてこの地を過ごし、M.O.W.を作って歴史を書き換えた。そして今、再びM.O.W.が発動し、歴史が変わろうとしている」
「どう変わるんですか?」
シュンの質問に、久永ケイゾーは苦笑いした。
「それが分かれば苦労はしない。暗黒の一週間が起き、多数の命が奪われた。だがその後10年経って新たな技術も生まれ、より強固な安定がもたらされたのも事実だ。もっとも、M.O.W.が発動しなかった場合と比較出来ないから、確かめる術は無いがね」
「そうですか……」
煮え切らない答えが、シュンを一層不安にさせた。
「そしてもう一つの問題だ。君達も、あの生き物達を見ただろう? 手足が10本あったり、凡そ地球の生物とは思えない化け物を。あのクリーチャーは、フォルトナと一緒に来た地球外生命体だ」
そう言ってケイゾーは何かを操作すると、円卓の中央にホログラムが現れた。
「現在、確認されているだけで五種いる」
「これは何なの?」
ハルが聞く。
「君達の組織が知らないのか。君に教えてないのは、私にも分からんよ。特に最近は活動が活発だ。活動期に入ったのかも知れん。とにかく我々はこのデータしか知らされておらず、何もかも未知だ。ただ確実な事実は一つだけある。人類よりも優秀だ。恐らくまともに闘うと勝ち目は無い」
「でも僕たちは」
「そうだ。幻影銃で撃退できる。あれはNAGの支給品だが、限られた脳波を持つ人間しか扱えないのだ。だから君達は選ばれたのだよ」
ケイゾーは、一呼吸の間を入れた。
「それで、だ。君達にお願いがある。というか、シュン君の方かな。ハルさんは、既に答えが出ているのだろう?」
「ええ」
「何ですか?」
「イェドに行ってもらいたい。正確には、ある学校で訓練を受けて欲しい。それが最善だ」
シュンは驚いた。
「あの、僕は高校受験があるのですけど」
「もう進路は決まっている」
「はい、白蘭商業高校を第一志望に」
「そうか。今から君が入るのも学校だ。NAGSSと言う」
「NAGSSって、NAGと何か関係あるんですか?」
「NAG直轄の宇宙学校、『NAG Space School』の略だ。そこでは18歳までに博士レベルの教育を修了する。既に入学手続きは済んでいるよ」
「はあ」
シュンは突然の指令に戸惑っていた。
「やっぱり僕、皆と一緒の学校に行きたいです」
「運命だ」
橘先生が諭すように言う。
「そうとしか言えない」
「シュン、往生際が悪いわよ」
ハルは気にしてないようだ。もともと転校生だからか。
けれどもシュンは、この街から離れるのが嫌だった。
そもそも急に大人からそんなことを命じられても、実感が湧かない。
「まあどっちにしても私は転校する予定だったし、少し早まっただけ。で、何時から?」
「今から。もう既に車も用意してある」
「あらあら、着替えも沢山持っていきたいのに」
「後日送るよ。安心したまえ」
「え、じゃあお別れの挨拶は?」
急な展開にシュンは驚き、思わず叫ぶ。
「皆には私から伝えておく。安心しろ」
橘先生の言葉は優しくも冷たかった。
「人生とはそういうものだ」
用務員のおじさんであった久永ケイゾーは、悟った眼で呟いた。
「この旅が希望を生むか絶望になるかは、神のみぞ知るだ。だが君は成長するだろう。生き延びたまえ。幸運を祈る」
読んでいただき本当にありがとうございます。今回の会話中に、プロローグの出来事が入っています。
次話からはイェドに舞台を移し、シュンとハルの冒険が始まります。
妄想も色々書きますが、気楽に読んでいただけますと幸いです。




