第30話 カノニカル
その部屋の中央には古めかしい木製の大きな円卓が置かれ、橘先生の他に清水先生に加え、ニュースで見覚えある自治区長や老人達、それにお世話になった中央病院の主治医も座っていた。
知らない大人もいる。にこやかな談笑は一片も無く、みな重苦しい顔だ。
そしてその中心には、朝いつも校門で挨拶する見慣れた用務員のおじさんがいた。だが普段の気さくさな顔とは真逆の鋭い眼光で、自分達2人を突き刺すようにじっと見据えている。
「やはり来たな。これくらいは容易いか」
顔は用務員のおじさんだけれどにこやかで優しい普段の口調は消え去り、別人のように威厳に満ち溢れていた。
「ゴン、あっ……」
彼がこの中で一番偉い位置を占めているのは、鈍感なシュンでも即座に分かった。慌てて言い直す。
「ど、どういう事なんですか?」
「ここは、緊急避難用の核シェルターなんだ」
橘先生が解説する。
「いや、この場所もそうですけど、先生方は何をしてるんですか?」
「彼からは、何も聞いていなかったかね」
|用務員のおじさん《ゴンゾーさんの隣にいる見知らぬ老人が、シュン達に声をかけた。
そう言えばあの廃坑で、ユージは組織がどうとか言っていた。
「これが、ユージ君の言っていた組織なんですか?」
「そうだよ、シュン君、ハルさん。カノニカルへようこそ。まずは、そこにかけたまえ」
二人の訪問を予期していたようで、椅子が二脚、用務員のおじさんの対面に置かれている。高校受験も未だだから、面接作法なんて全く知らない。それに座る必要も感じていなかった。だが大人達から長い話になると促され、しぶしぶ着席する。
「何で僕たちが?」
シュンは、質問を続けた。
彼らがこの事態を招いたのだし、聞きたいのはこっちの方だ。
「選ばれたからよ」
「選ばれた?」
「そう。全てはM.O.W.の為に」
「何ですかそのM.O.W.って? ユージ君も、歴史を書き換えるとか何とか言ってましたが」
「そこまでは聞いたのか。良かろう。説明しよう。多少込み入った事情だが、君達は聞かねばならぬ」
用務員のおじさんが、話をし始めた。
「まず星の子供達はご存知かね?」
「スターチルドレン?」
「ええ」
初耳で分からないシュンの代わりに、ハルが答えた。
「四.二光年先の惑星プロキシマbを目指して旅した、宇宙飛行士達ね」
「そうだ」
ハルの返答にも眉ひとつ動かさず、用務員のおじさんは話を続けた。
「我々人類はあの時、太陽系からの飛翔を選択した。以前からの戦争や異常気象、大規模な公害や事故で、居住域は確実に減少している。月や火星に基地を作ったが、空気は克服出来なかった。肝いりの火星移住も、発展はこれ以上見込めそうに無い。私の親戚も移住したよ。もう連絡は取れないがね。やはり生命居住可能領域の惑星が好ましい。そして何より人間は、好奇心の生き物なのだ」
(そうなんだ)
シュン達には教えられていない歴史だった。
「星の子供達の発案は『ジン』だった。NAG設立前後の話だ。我々カノニカルだが、NAGの地方組織のようなものと思ってくれたまえ。NAGの印、五度傾く五芒星の由来は知ってるかね?」
「確か、NAG創立に携わった五カ国と」
それは、シュンも知っている。
「建前はな。実際は五つの国際企業が小国や地方を買い取って始めた事業だよ。IT金融、防衛産業、食糧医薬、インフラ、エネルギーで世界トップの輩が国を捨てたのだ。これが成立したのも、AI『ジン』が示した高精度予知のおかげだが」
二人はじっと聞いていた。他の人達も顔色一つ変えず静かにしている。
「話がそれたな。『ジン』にしても、たかがAIだ。星の子供達計画も、恐らく誰かが入力して可能性がゼロではないとか、その辺りから始まったのだろう。四.二光年は約四〇兆km。数字にすると途方もなく遠いな。だが克服した先には、地球と同じ十分な空気と水を持つ惑星がある。大航海時代のように一度到達すれば、後は簡単に辿り着ける。人類の歴史はその繰り返しだ」
同意を求められ、二人はうなずいた。
「当然ながら問題は無数にあった。光速に限りなく近づける技術、その速度に耐えうる材質。光速三〇万km/sは無理にせよ二万km/s以上は出さないと、往復百年以上かかる。最初に飛び立ったボイジャーが凡そ一七km/s、千倍以上の初速度が必要だ。慣性飛行だけでは速度調節出来ないから、着陸後を考え二百年保つエネルギーも必要となる」
その数字の大きさに、気が遠くなりそうなシュンだった。
「残念ながら『ジン』の計算も入力不足で、あてにならない時も多かった。だが最終的には新たな発見や発明もあり、不可能を可能にしたのだ。ただ問題は飛行士だ。英雄は誰に? 火星と同じように志願者にするには、条件が厳し過ぎる。そもそも百年以上を宇宙船で過ごして戻って来るなんて、誰が考えても難事業だ。人工子宮から子供を産みAIに育てさせる案もあった。だがリスクが大きい。世代を越えると記憶が風化するのは、人間の業だ。結局どうしたと思う?」
「子供達に託した訳ね」
「そう。優秀な子供達だった。更に遺伝子改変を併用して、平均寿命を倍にしたんだ。冬眠関連の遺伝子投与、適切な温度管理と万全な栄養補給。他にも幾つかの操作。類人猿を使った実験で、細胞増殖を五割程度は遅延できた。これにコールドスリープ装置を加え、理論上二百年まで活動年齢を延長可能になった」
「しかし、良くやるもんね」
ハルは呆れたように言ったが、シュンも同じ気持ちだった。
「何があるか分からんからな。準備万端とは言えないが、最善は尽くした。後は出航だ。当然一隻だけでは終わらず、計十五回出発した。だが残念なことに大半は行方知れずとなり、宇宙の藻くずとなってしまった」
読んでいただき本当にありがとうございます。当たり前ですが数字で見ると、本当に遠いですね。。計算間違っていたらすいません。




