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第2話 幼馴染みは見ている

「おお、何でここに?」


 予期せぬ人物の登場に、シュンは驚いた。


 幼馴染みだから見慣れているが、吹奏楽部所属なのでこの時間はトランペットを吹いている筈だ。何故ここにいるのか、理解できなかった。


「四階ベランダで練習してたらさあ、あんたが神社の方に行くの、見えたんよ。きっと此処だと思って」


 鷹の眼か。こいつは何でもお見通しだ。


 秋野ユキはシュンの近所に住む農家の娘で、彼が越して来た七年前からの腐れ縁である。引越して親達と周りの家に挨拶した時に、一際目立つ大きな家の玄関から真っ黒な野生児が現れたのをまるで昨日の事のように思い出す。


 意気投合した二人は直ぐにドロケイごっこで夕暮れまで遊び、それから毎日遊んでいた。未知の土地での生活は不安で周りの人達にも少し怯え気味だったシュンにとって、ユキの存在はとても助かった。


 ドロケイは大抵シュンが警官役だったけれど、ユキが強過ぎていつも返り討ちにあったのは黒歴史だ。野山を駆け回り生傷が絶えなかった日々だが、とにかくそれまでの嫌な記憶を忘れさせてくれて楽しかった。


 こいつが女の子と知ったのは,入学式の制服姿だったように思う。


 週末も農業でアウトドア暮らしのユキは肌も健康的な褐色で、透き通るような白肌の櫻菜ハルとは対照的だ。ショートカットでハルと対極のスタイルなので、私服姿では美少年と間違えられるときもある。


 そのせいか、下級生女子にファンが多い。

 学園祭でのトランペットソロは、確かに男前だった。


「部活終わり?」

「もちろん。ちゅうか、大会が近いのに今日も恋バナだったりフルーツバスケットばっかりで、全然練習しないし、途中で切り上げて来た」

「そっか」


(弱小部なんだから仕方ないっしょ)


 なんて言ったら大説教を喰らって半殺しにあうので、口には出さなかった。


 背丈はシュンと変わらないが、シュンと違って運動神経抜群の健康優良児。小学校の百メートル走記録は、ミェバの新記録だ。その噂を聞きつけ、イチイチ入学時は運動部の先生達から猛烈な勧誘を受けた。


 でも本人は全く興味を持たず、今は吹奏楽部でトランペットを吹く日々である。

 入部の理由を聞いたら、部活紹介時の先輩(女)が格好よかったらしい。

 まあ確かに、鳳先輩はその当時校内でも大人気だった。


「もう帰る?」

「うん、母さんのお使い済ませて来るよ」


 シュンは一階のカウンターに行くとユニコンを接続し、母が注文した古い写真集を受け取った。


「へえ、綺麗な本だね」

「そうだね」


 三世紀以上前の本らしい刺繍入りの凝った装幀で、表紙には『東京写真集IV』と書かれていた。


「んじゃ、帰るか」

「フクロコウモリ使う?」

「そうだね」


*   *   *   *   *


 二人は店を出て、街の中心部にある庁舎(ホール)の方向へ歩いた。この一帯は昔の城下町にあたり、運河や生活水の役目も果たしていた細い川が、至る所を流れている。


 庁舎(ホール)は五百メートルほどある高い塔で、ミェバ自治区の象徴だ。


 自治区全体をカバーする大きなパラボラアンテナは、皆の守り神。何かあると直ぐに軍や警察、消防車が出動する。そのむかし軌道エレベーターとして建設されたが途中で頓挫したらしい。


 内部はほぼ無人で、区の政策を担うAI『ヤス』のメインサーバーと、自治区成立後の個人も含めたあらゆる情報が保存されている。


 今はどの自治区もAIが上位に位置して政治を司り、人間の生活を助けている。何百年もの情報蓄積が誰にも損をさせない施策を作り上げた。人に任せて邪念がはびこる昔の政治より、よっぽど効率的だと言われている。


 対外的な交流の為に区長もいるが、それもAI『ヤス』から通達が来て自動的に任期が始まる。予めリサーチされているから不適格な事件は起きないし、長年に渡る成功体験からこのやり方を疑問に思う人はいなかった。


 庁舎(ホール)からは八方に道路が広がり、ひっきりなしに自動運転車が走っている。


「あ、うちの車」


 ユキが指差す先には、確かに見慣れたトラックが走っていた。ユキの畑で収穫した野菜や米を運ぶ自走トラックだ。そのトラックはこの近くにある食品工場に収穫物を卸し、その後野菜は予約されていた料理に加工され、別の運搬車に乗せられて各々の食卓へ運ばれて行く。

 

 その街の中心である広場の傍らに、フクロコウモリと呼ばれるエアタクシー乗場があった。


 シュンとユキが住むタカ取地区は、中心部のイチ山地区から北に二キロほど離れた農村だ。歩いても二十分ほどだが、このエアタクを使えば直ぐに帰れる。しかも学生は無料だ。


 この乗り物はプロペラが八基ついたドローン型で、誰となくフクロコウモリと呼ばれている。もちろん実在しない生き物だけど、確かにそんな形をしていた。シュンとユキは生体認証後、座席に乗り込んだ。


「ホンジツもゴリヨウありがとうございます。シートベルトをおしめクダサイ」


 二人は対面の座席に座り、自動音声に従ってシートベルトを締めた。


「マモナクしゅっぱつシマス」


 プロペラが回り始め、ふわっと浮かび上がるとそのまま上昇し始めた。


*   *   *   *   *


 風が心地よい。目的地は二人の家の近くにあるタバタ橋に設定した。後は自動運転だ。


 先ほど通ったオキミ神社やイチイチのある丘を飛び越えて行く。夜の帳が下りつつあるこの時間、地上の星のように瞬く街灯や建物の明かりが、少しずつ増えていた。


 やがてウメヅ川の向こうにタカ取地区が見える。川岸から山の麓まで埋め尽くされている水田は、この前の田植えで水が満たされ、牧歌的な様子はイチ山地区と異なる趣があった。



(しかしあれは何だったんだろう……)



 シュンはさっきの櫻菜を思い返してた。


 猫が好きなのだろうが、あんなに第一印象と違うとは思わなかった。

 明日会った時、気まずいかも知れない。


「んで、ハルちゃんはどう?」


 唐突に見透かしたように、少し意地悪げな目付きで尋ねて来た。


「どうって?」


 急な質問に動揺して危うく座席から立ちかけた。

 慌てていたので転んでしまい、エアタクは前後に大きく揺れた。


「ヒコウチュウにザセキをタツノハ、おやめください」


 AIにたしなめられ、シュンは「すいません」と思わず謝る。


「あんた、授業中ずっと見っ放しでしょ! 一番後ろでもバレバレだよ! 今までいつも窓の外を見て、ぼーっとしてたくせに!!」


 他人の心情を全く汲まない直球のユキの言葉に、シュンは顔が赤くなった。


「そ、そんなことねえよ……」


 ユキはシュンの一つ前の席だから全てお見通しだ。

 今更の弁解も空々しく、否定の言葉も尻すぼみだった。


(まあ彼女も転校初日だし、少しくらい注目しないと、来たかい無いだろ?)


 と言いかけたが、自分でもへ理屈なのは分かるので止めた。


 もしや挙動不審な姿も見られたかと勘ぐるシュンであったが、それ以上は追及されなかった。


「やっぱイェドから来たから、お洒落だよね。カバンのキーホルダーも<カネンス>の最新版だし。あれ、まだここじゃデータ配信ないから作れないって」

「何それ?」


 シュンは、気付いてなかった。


「知らないの!! 世界中でヒットしてる四人グループだよ! 信じらんない! この前の校内コンサートで私達もやったのに!!」

「ふーん」


 確かにユキのトランペットソロは聞けたものだったが、他の子達が下手すぎて音程が外れまくった煩い曲としか記憶に無い。それに女子達の黄色い声でカオスな印象の方が強かった。


「まあ、あんたは全然お洒落じゃないけど」

「うるせえなあ」


 実はシュンも、小さい時にイェドから来た。だが当時の記憶は薄く両親も話はしない。


 あの頃は暗黒の一週間(ブラック・ウィーク)直後の混乱期だった。だから親にも事情があるのだろうと、詮索をしない事にした。何でも話せる親の唯一とも言える溝だが、シュンは気にしていない。この齢になると、言えない事情があるのも何となく分かる。


「それよりあんた、進路どうすんの?」


 ユキの話題はコロコロ変わる。


「まだ決めてねえよ」


 ぶっきらぼうに、シュンは答えた。


 十日前、橘ヨーコから進路希望の紙を渡された。

 中学三年だから、そろそろ決めないとまずい。


 AI『ヤス』によるシュンの適性職業判定結果は、デザイナーとか区の記録係とかであった。そうすると商業系の高校が良さそうだ。幸い入れる程度の偏差値であるのは、予めの計算か。


 機械に決められるのも不思議な気分だが、全てを知るAIだから文句はない。否定して他の職業学校を選ぶのも可能だが、大抵は判定の高い職の方が上手くいくらしい。先輩達もそう言っていた。


「商業高校かな。井口と関本は工業っぽいけど」


 関本コタロも井口と同様、一年の時同じクラスの友人だ。井口も含め今も時々一緒に帰る。イチイチで一番気のあう相手と言って良い。


 何となくだけど、あいつらとの付き合いはずっと続きそうに思っている。

 だから高校が離れるのは嫌ではあったが、AIは正しいのだから仕方ない。

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