表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/81

第28話 芸術の秋

 入院生活も1週間ほど経ち、やっと補助具を付けて歩けるようになった。

 

 これは両足に履く長靴みたいなものだ。シークレットブーツみたいに少し背が高くなるが、足に負担をかけず歩ける。


 慣れるまで多少の技術を要するものの、歩行できるのは嬉しい。今までこの病院に来た事がないので、シュンは時々売店や休憩所に行って時間を潰した。指示に従いジムで時々リハビリもした。結構楽しめる場所があって、快適だ。



 寝苦しいある夏の夜、窓から覗き込む月があまりに綺麗でシュンは外に出たくなった。この病院の屋上は誰でも出入り可能なので、シュンも時々行ってのんびりしている。


 シュンはエレベーターに乗り、屋上へ行く。医療と研究施設が多いナカ台地区でも、二十階建てのこの病院はシンボル的存在だ。屋上から見える夜景は、ミェバ百景の1つとしても知られている。


 この時間、既に街は眠りに入って代わりに月と星達が存分に煌めいていた。

 

 時折見上げて星空を眺めつつ屋上を散歩していると、中央に青白い幽霊が佇んでいる。


 シュンは叫んで逃げかけたが、止めて正解だった。

 逃げれば、追いかけられて更に恐怖が倍増しただろう。


「久しぶり、奇遇だね」


 櫻菜ハルだった。

 

 真っ白な肌に純白の寝間着姿は本当に幽霊か妖精みたいで、夜でも薄く輝いている。眼鏡もリボンもしていないから、あの(M R)世界の時みたいに眩く見えた。


「あ、こ、こんばんわ」


 お互い入院中だから会っても不思議では無いが、予期せぬ客人にシュンはたじろぐ。ハルの方は少し嬉しそうな顔をしているけれども、シュンはその意味を解釈できなかった。


「シュンは、運命って言葉好き?」

「あ、う、まあ……」


 突然の質問に、言葉が詰まる。


「わたしは嫌いじゃないかな。こうして会ってるのも、そうじゃない?」

「え、でも何となく来ただけで……」

「私だって、月が綺麗だから何となく来ただけ。病院に大勢いる中ここに来たのは、シュンと私だけなんだよ」


「まあ、そうだけど……偶々じゃ?」

「偶然でも必然でも、ここに二人しかいないのは事実でしょ。それより、ちょっと座る? 大丈夫?」

「あ、うん」


 ハルはそばに寄ってきて、近くにあるベンチに二人腰掛けた。

 普段の机隣よりも近い距離で寝間着姿でもあり、シュンは少し緊張して汗が出た。

 転校初日の時と同じ香りがする。

 

「こんな月空でも星が見えるんだね。やっぱりイェドじゃ無理だなあ」


 そう言ってハルは背伸びして、夜空を見上げた。シュンも同じ夜空を見る。


 しばらくして、ハルは急にシュンの方を向き、


「お疲れさま。ありがとう」


 と言ってきた。珍しく真面目な顔だ。


「あ、ああ」


 面と向かって言われると、何だか恥ずかしい。

 柔らかい風が吹き、ハルの髪がシュンに少しかかった。


「どうやって脱出したか、覚えてる?」

「まあね。シュンは覚えてないの?」

「うん」

 

「そっか」


 と独り言のようにハルは呟いた。


「さ、櫻菜さんは」

「ハルって呼んで」

「は、ハルさんは、この町好き?」


 何でこんな質問が口から出たのか、シュンにも分からなかった。

 ただ何となく、聞いてみたかった。

 色んな場所に行ってるなら、その話も聞いてみたい。


「はあ?」


 唐突な質問に、虚をつかれた様子のハルだ。

 ハルは少し考えた後に、答えた。


「……そうね。今までで2番目かな。高評価だよ」

「1番目は? イェド?」

「ナイショ!」


 ハルは何かを思い出しているようだったが、ふとユニコンの3Dホログラムをつけた。


「そうそう、これ見て!」


 そこには、可愛い子猫の立体動画が映し出されている。


「あそこで友達になったの! ミャオムって言うんだ!」

「あそこって、オキミ神社?」


「そうよ。それしかないでしょ?」


 当然と言った顔でハルは答えた。


「やっぱりあれは、さ、ハルさんだったの?」

「何を今更」


 どうやら彼女にとって、既成事実らしい。そんな事より「また会おう〜♡」と猫の動画を見てほくそ笑んでいる。



「あと好きなのは、あれかな?」


 そう言って、再びハルは夜空を見上げた。


「ほら、夏の大三角形。デネブとアルタイルとベガ。デネブは一四〇〇光年も遠くにあるんだよ。あ、ケンタウルスもちょっと見える。やっぱりプラネタリウムより本物は良いね。星ごとに輝く色は違うし、それぞれに惑星がまわってるんだよ! 信じられる? あっちからは太陽はどう見えるのかな? 地球も観測されてるのかな? 見てみたいな〜」


 ハルは何かに魅入られたかのように、ずっと空を見上げている。


 シュンも夜空を見上げた。世界は二人だけのようだった。



*   *   *   *   *



 真っ黒な夏休みも、やっと明けた。


 八月半ばに退院したが、家からあまり出られず殆ど何もしなかった。登校初日は気が重かったものの、学校は全てリセットされたように平常に戻っていた。


 ただシュンの斜め前の席には誰もいない。時折ユージの話も出るが、もう別世界のようだ。櫻菜は相変わらず、皆の前では普通を装っている。



 秋も近づき、空が高くなってきたある日。


「櫻菜と新未、美術の高和先生が呼んでるから、美術室に行って来い」

 帰り際に橘先生から言われ、二人はそのまま美術室へと向かった。


「何だろう? 怒られる事してないしなあ」

「そりゃ私が居るんだから違うでしょ!」

「あーあ、そうですね」

「何よその顔! 私は大人しい優等生なんだから!!」

「あーはいはい」


 今や転校直後に感じたハルに対する緊張や高い垣根も、すっかり消えている。二人だけの時は、他の友達と同じぐらい気楽に話せていた。


 家にある人形からも、指摘されていた。


『親密度は高くナリました。ですが相手は何とも思ってナイので、期待はしナイで下さい』


 これで人形は半壊、修理に旅立つ羽目となる。



「やあ、良く来たね」


 美術担任の高和トモ先生はかなり太り気味のお腹で、人懐こい顔だ。

 授業での話も面白く、皆の人気者である。


「再来月の美術展に、学校代表として作品を描いて欲しいんだ。良いかな?」

「あ、はい」

「分かりました」


 シュンは絵を描くのが好きだ。家族旅行の際、父は何時もスケッチブックを携帯して暇なとき絵を描いていた。その様子を見て育ったシュンも、自然と絵を描くのが好きになっていた。

 

 小学生の頃も、何度か学校代表に選ばれている。だからこういった話には慣れている。ユキからは、「シュンのくせに」とやっかみ半分でいじられる時もあった。


 前に授業で提出したハルのスケッチも上手だったから、合点がいく。

 ハルも、絵を描くのが好きなのかも知れない。


「好きに描いて良いよ。大きさはこれくらいで。道具も自由に使って良いから」


 高和先生はそう説明すると、


「じゃあ、6時になったら戻って来ます。〆切は一ヶ月先なので、これから来たい時に来ていいよ。早く終わる時は、職員室までこの鍵を戻しに来て」


 と言い残し、部屋から出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ