第27話 シュンはゆっくり休む
「痛っ!!」
足の激痛に、思わずシュンは声をあげた。
「あら、目が覚めたのね。良かった。先生呼んでくるわ」
「ここは……」
「病院よ。ナカ台地区にある中央病院。あなたは入院中なの」
優しそうなお姉さんの看護婦は、シュンにそう伝えた。
周りを見渡すと、確かに病室だ。真っ白で柔らかい布団の感触が温かい。
右腕に何かの感触がある。布団から腕を出すと、点滴を打たれているのが分かった。右側を見ると生体情報モニターがあり、規則正しい心電図が描かれていた。
「他の二人は?」
「女の子は無事よ。別の部屋にいるわ。ただ貴方は足を骨折したから、暫く絶対安静ね」
言われて足元を見ると、確かに両足はがっちりギブスをはめられ固定されている。さっきの激痛は、ここから来ていた。
「ユージは……」
「……ここに運ばれたのは二人だけなの。他の子は分からないわ」
看護婦はそれだけ言うと、そそくさと外に出て行った。
しばらくすると、主治医らしき壮年の男性が部屋にやって来た。
「やあ、新未君。大丈夫かな? 丸二日寝ていたけど血色は良さそうだね。少し良いかな」
二日も寝ていた事実に驚きながら、シュンは医師の指示に従い診察を受けた。
タイリュー山地下の暗闇から一転した入院生活は、明るく優しい個室空間だった。CT撮影で三次元化された両足の画像には、見事なまでに亀裂が入っている。
再生治療で多少早まるが、歩けるのは八月半ば頃らしい。
中学最後の夏休みは、灰色どころか真っ黒になった。
診察と検査が終わると、連絡済みだったのか両親とカエデが部屋にやって来た。
「お兄ちゃん!」
「シュン!」
母さんとカエデは少し涙目だ。
「ともかく、無事で良かった」
父さんは比較的冷静だった。ただ相変わらず、目の下にあるクマがすごい。
「迷惑かけて、ごめん」
「気にしなくて良いのよ。とりあえず必要な物はある?」
「電子ブックとかゲームかな」
「そう」
小言もなく受け入れられた。怪我人だし、無下には出来ないんだろう。
気晴らしに映画やネット番組を流し見する程度の、平穏な生活が始まる。学校が無い分だけ少し早い夏休みとも言えるが、不自由な足では楽しめない。
「新未、元気か?」
翌日朝には橘先生がやってきた。見舞いにサボテンとは趣味が悪い。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず礼は言っておく。先生の表情は読めない。
「今回は災難だったな。別室の櫻菜にも会って来たが、彼女は元気そうだ。安心しろ」
「そうですか。でもユージは……」
「実は如月だが、転校が決まった。お前とは会えずに残念だが、宜しく伝えておく」
「そうですか。無事なんですね」
橘先生はそれには答えず「そろそろ時間だから帰るぞ。じゃあな」と言い、帰って行った。かなり忙しいのか、あっという間であった。
夕方には、秋野と井口達が来た。
「ごめん、シュン! 私がいながら、こんなになって……」
「良いって,良いって」
ユキは本当に申し訳無さそうな顔をしている。珍しい表情だから茶化したくなるが、まだそこまでする元気は、シュンに無かった。
「如月は?」
「それが、結局学校に来ないまま転校したらしいの」
「不思議なんだよ。あの後、誰も姿を見た奴いねーんだよなあ」
井口の言葉は橘先生の話とあわず、奇妙である。
「そうなんだ……」
先生がああ言うのだから、きっと急だったのだろう。
少し気になるが、シュンはそう思う事にした。
ユキの話では、あのとき沢の渓流に鉄砲水が押し寄せたらしい。その後大久保先生が山麓にある池の縁で倒れている二人を見つけ、直ぐに救急車が呼ばれ入院したようだ。
どうやって脱出したのか、その時のことは意識が朦朧としていて定かではない。気がついたら病院にいた。それだけだ。
それから毎日、代わる代わるクラスメイト達が見舞いにやってきた。
「あ、」
ある日は本川も来た。他の女子とも一緒だから、無難な話に終始する。
帰った後で皆からのメッセージカードを見ると、本川から『お祭りに行けないのは残念だけど、ゆっくり休みたまえ』と、彼女らしい丁寧できれいな字が書かれていた。
(そういえば、コヤマ神社のお祭りがあったな)
中一の時、皆で行った思い出が蘇る。
* * * * *
優しい看護師さん達が甲斐甲斐しく世話してくれるのは嬉しいが、少し気恥ずかしい。ただ真綿で包まれたように、完全な自由とはいかず、色んな検査を受けさせられた。
変なかぶり物を被ったり、CTスキャンで全身を何度も撮影されたり。血が無くなるかと思うくらい太い注射針で採血された。骨折とは関係無さそうな検査もあったが、どの人もロボも丁寧でストレスは感じない。
容態も安定した頃、若い警官の男女二人がやって来て事情聴取も受けた。如月ユージについて聞いたら、『その子の事は分からない』だった。
化け物の事も伝えたけれど不思議そうな表情をされ、「記録しておくよ」だけで終わった。AI『ヤス』の指示で立ち入り禁止区域となったらしく、現場検証は不可能なんだそうだ。
暇なときニュースを観ていると、世の中には不穏な空気が流れていた。
アメリ合衆国で大統領が暗殺された。加えてテロや群衆の暴動が頻発している。チュカ地方では大規模なロボットのシステムダウンが起きていた。
更に火山活動が活発になったようで、太平洋を囲んだ国々で噴火の報告が相次ぐ。流石にAI『ジン』による調整も難航しているようだ。不満を訴える人々が日に日に増えている。
これがあのM.O.W.によるものか偶然なのか、シュンには判断できなかった。
ニュースでは、原因や背景を詳しく解説しない。
だから何でもM.O.W.のせいにすれば、楽と言えば楽である。
考え始めると頭がぐるぐる混乱して陰謀論に走りそうなので、シュンは気にしないようにした。
* * * * *
某日、例の会議室にて。
「久永、今回ばかりは失態だったな」
「すみません」
最年長である雨宮の言葉を受け、久永ケイゾーは神妙に頭を垂れていた。他のメンバーから罵声が起きても不思議ではない雰囲気だが、雨宮による再配のおかげか特に混乱は起きていない。
「私の不徳の致す所です。かくなる上はリーダーを辞職します」
「まあ、お前の責任ばかりとは言えまい。トロッコが舟型に変形するとはな。あれも彼等の活動度なのか、あのトロッコの能力か」
「すいません、雨宮先生」
「NAGが用意した強制終了装置が作動したから、完全覚醒の手前で止まったよ。地底湖下の予備クラウドデータセンターも含め、暫くは立ち入り禁止だな」
「承知しました」
「それにしても、如月君は残念だった」
「はい」
「二人のデータですが、やはりαB1-2波やθ波の波形が尋常ではありません。協調的な効果が凄まじく、過去のデータが全く参考にならないほどです。櫻菜さんはもとより新未君も、基礎学力は未熟ながらNAGSSでやれるとの評価でした」
中央病院の担当医が説明した。
「そうか、これも運命か。では今日はここまでにしよう」
雨宮の言葉で散会となる。
大人たちの顔は、心なしか険しかった。




