第24話 地底湖にて
トロッコ舟は、ゆったりと流れる。
先ほどとは打って変わり、ハルは落ち着いた様子でトロッコの行き先を見ていた。何をするでもなく、静かな時間が刻まれる。つまりは、どうしようもない。
「櫻菜さんて、ずっと一人暮らしなの?」
微妙な静寂の間を埋めるため、何か話そうとシュンは聞いた。
「え、何で?あ、そうか。ごめん、あれ嘘」
「へ?」
「親は普通にいるよ。ちょっと遠くだけど」
同情していたユキに謝りたくなった。再び閑静な時間に戻る。
だが平穏な時は大抵長く続かない。
さっきまで緩やかでゆったりとした水音に、遠くで異音が混じり始めた。
「あれ何?」
耳聡いシュンは、ハルよりも早く気付いたようだ。
少し経って、ハルも気がつく。
「どれどれ。ああ、もしかして」
「もしかして?」
「滝かも。そうそう、昔ナイアガロに行った時、まだ見えない距離でも聞こえたんだよ。凄いでしょ〜 近寄ったら、本当に地響きで倒れそうなくらいの迫力なの!」
「え?」
シュンはその意味を理解したが、ハルは気楽だった。
つまりは先にあるのが大瀑布で、このまま行くと滝壺に突っ込む。
「ここから岸までどれくらい離れてる?」
ランプをかざして、シュンは周囲を見渡した。
思ったより川幅は広い。50mくらい先にある岸を確認した。
走れば簡単に辿り着ける距離だが、水に阻まれているのがもどかしい。
次に、手持ちの荷物で使えそうな物がないか調べた。縄みたいなのがあれば何でもいい。しかしたかが研修旅行に、そんな物を持参してくるはずも無い。駄目元でハルに聞いた。
「ハルのリュックに、紐かなにか無い?」
「あ、ハルって言ってくれた。嬉しいな〜」
気楽なもんだ。
「ちょっと貸して」
無理矢理リュックを奪って中身を確認したが、特にめぼしい物はない。
パン!!
一瞬何が起きたのか、シュンは分からなかった。
ただ直後に左頬が痛み、腫れ上がった。
「ちょっとぉ、女の子のカバンを覗くって、最悪! 変態!」
ハルの平手打ちは、予想以上に痛い。
確かに勝手に覗いた自分も悪いが、非常時に悠長なもんだ。
「とにかく、早く岸に上がらないと。このままじゃ滝に突っ込むよ」
「えぇ!? あ、そうか」
やっとハルも事の次第を理解したようだ。再び指示棒を握り直し、プカプカと浮かぶトロッコの向きを変えようとしたが、全く意味をなさない。手でかいても大して効果がないのは、実証済みだ。
「どうすんのよーー!!」
此処に至り、ハルが焦り始めた。特に案があった訳じゃ無いらしい。
(落ち着け、何とかなる、未だ焦る時間じゃない。良く考えろ)
川の真ん中に浮かぶトロッコは、ゆっくりだが確実に前進している。このままだと、滝に飲み込まれるのは時間の問題だ。とにかく、船を岸に寄せないと。
ライトに照らされた岸辺を見ると、ところどころに手すりがあった。やはり、昔何かがあったらしい。だがどれも古く錆びていて、触ったら崩れそうに見える。引き寄せるには心もとない。
不安な時間が過ぎる。
絶望の音は刻一刻と大きくなり、恐怖の時は確実に近づいて来た。
「うわ!!」
冷たく湿った柔らかい何かが顔に触れ、シュンは驚き思わずのけぞった。また同じ感触があったので手に取ってみると、上に何かが引っかかる。更に力を込めると、トロッコ舟は流れに逆らって止まった。
木の根だ。
見上げると、天井から根が下りている。今迄は横方向しか見ていなかったが、上から太い根が幾つか垂れ下がっていた。
ブチッ
「うわっと」
「きゃっ」
だがシュンが掴んだ根はもろく、無情にも切れてしまった。
トロッコ舟はややバランスを崩しつつ、先へと進む。
シュンはこれしかないと思い、様子を確認するためランプで天井を照らした。長くて丈夫な根が、ちょうどまた一本二人の行く先に現れた。今度はしっかりと掴み、岸辺に近づくように方向を変えてみる。うまくいきそうだ。
一本、また一本と探し当てながら、二人のトロッコは岸辺へと近づいた。希望はまだあるが、流れも強まっている。しっかり掴めないと、岸辺に近づけない。
(もう少し)
シュンは慎重に木の根をロープのようにたぐり寄せては、浅瀬の方へと向かった。今迄よりも一回り大きな根にしがみつき、トロッコの動きを止めた。あと一、二本あれば辿り着けるが、無情にもここから岸辺までの間に根は生え下りてない。
(どうする?)
シュンは命綱の根をしっかり掴みながら考えた。ハルも、辺りを照らして調べているようだ。暫くは水音だけの世界になった。
突然、
「シュン、そのまま進んで」
と、ハルが言った。
「え、何で?」
「良いから。大丈夫、落ちないわ」




