第23話 小休止
「うわーーーーー!!!!」
襲いかかってくる化け物に、シュンは恐怖でうろたえた。
「え、なに?きゃーーーー!!!!」
振り向いたハルも気付き、顔が引きつる。
だがトロッコの操作棒は離せず、必死に前を向く。
「あんた、何とかしなさいよ!」
(言われなくてもやってる)と思ったが、口に出す余裕すら無い。
間近に見ると、本当に地球上の生き物とは思えない。何より息づかいが無い。でもロボットのような直線的な行動と違う自律的な動作は、生物的にも見える。
謎ばかりだが、今はとにかく二人とも無事に生還するのが最優先だ。
シュンは銃を抜き、化け物目がけて撃ち放った。
ビーーー
“外れた!”
さっきの化け物達よりも学習能力がついたのか。
何度も撃ち放ったレーザー光線は空砲となり、天井にぶつかって飛散した。
“殺られる!“
恐怖に込められた一撃は無意識のうちに強い力を持ち、先より二回りほど大きな光の矢が放たれ、化け物の体を貫いた。
ギュギャグギャ〜〜!!
と奇声を上げた化け物は、大きな音を反響させてトロッコから振り落とされていった。
一先ず、危機は去った。
化け物が発していた音は消去され、トロッコの車輪と線路の摩擦音だけが坑道の中に響き渡る。
「シュン……」
突然、振り返りもせずハルが話しかけて来た。
「何?」
「一息つきたい所だけど、わたし見ちゃった……」
「? 何を?」
「もう少しで線路が途切れるの!」
「え〜〜!!!」
「伏せて、飛ぶわよ!」
果敢にもハルはブレーキを外しトップスピードまで上げ、一気に下り坂を駆け下りる。そして反転した上り坂を天井までぶち抜く勢いで疾走すると、宙に浮かび車輪の回転音が消えた。
シュンは必死に伏せ、ハルは指示棒を持って必死に前方を見据えている。
一瞬が無限に思える静寂——
ドンッ!
着地の衝撃は大きく、弾みでトロッコから飛び出ないように二人は必死にしがみつき、無事に新たな線路に乗り換えたトロッコは再び走り続けた。
「ひゃ〜 成功、成功!」
ハルは得意満面の笑みで、トロッコの操作棒をひたすら操っている。
今や二人の運命は、このトロッコを動かすハル次第だ。
しかし本当の終わりは、油断した時に起こる。
バッシャーーーッッン!!
下り坂を下りているとトロッコはいきなり水に浸かり、水しぶきが盛大に上がった。線路が水没していたようだ。
(うわ、沈む!)
シュンの不安の通り、トロッコはその重さでゆっくり沈みかけた。
あわてる二人だが、機械音が鳴りトロッコは浮き舟みたいな形へと変形し始めた。舟になったトロッコは、静かに水面に浮かぶ。水陸両用なのか、沈まずに済みそうだ。
海が無いミェバ住みのシュンにとって、こんな小舟に乗るのは初めてである。不安定でどこか落ち着かない。
だが問題はそれよりも、櫂が無いので操船できないことだった。ハルは指示棒を傾け方向を変えようと、もがいている。シュンも立ち上がり、バランスを取って漕いだ。難破船状態だが水は一定方向に流れ、ゆっくりと確実に進む。
更にハルは手で水をかき分け、何としてでも岸辺に向けようとしていた。時々照らされるハルのパーカーは、すっかり泥で汚れている。
「ここから外に出られるの?」
「知る訳ないでしょ」
つっけんどんな答えだが、そうだろう。
どっちにしても仕方ない。まずは漸く一息つけると、シュンは思った。
「ユージ君はどうしてるかな」
「さあ」
そんな話題をふるなと言った顔だ。でもシュンは気がかりだった。
ああ言っていたけれど、彼は脱出経路を把握していたのかも知れない。
そうすると僕たちの運命は、決定事項なのか。それはあまり考えたくない。
「櫻菜さん」
「なに?」
相変わらず機嫌が悪そうだが、思い切って聞いてみた。
「この前のこと、憶えてる?」
「ああ、あれね。またモフモフしたいな〜」
櫻菜は何か思い出したように、にやけていた。
「でさ、これもユージ君が言ってたみたいに、仮想現実って事は、無いかな?」
もがくのを止め、ハルはシュンをじっと見た。
美人に見つめられ、シュンは顔が赤く火照る。
だが次の瞬間、
「いでぇ〜、痛い、痛い!!」
櫻菜はシュンのほっぺたを思いっきりつねった。
「ほら、現実よ!」
ハルは、いたずらっ子全開の笑みを浮かべた。やっぱりS属性が高い。
「それにしてもあんたのほっぺ、お餅みたい。プニプニする。気持ちいいわあ〜♡」
つねるだけじゃ飽き足らず、今度は上下左右に動かし始めた。
自分の顔のことだが、確かに良く伸びる。
「や、やべでぐださい……」
思わず敬語で、シュンは懇願する。
ひとしきり遊んで満足したのか、ハルはぱっと手を離した。
「でも、あの時も現実と変わらない感触だったんじゃ?」
まだ言い訳するシュンの言葉に、櫻菜はほっぺたを膨らませ不機嫌になった。
「バーチャルだろうが何だろうが、生きるだけでしょ! 生き返る保証ないんだから!!」
確かにその通りだ。




