第19話 M.O.W.
「ここは一番最初に掘られた坑道だそうです、感動ですね」
大人一人が何とか通れる幅の通路で、途中からはしゃがんだり体をひねったりしながら進んだ。ユージ、櫻菜、シュンの順で、ぶつからないように間をあけて行く。
「鉱山初期の様子をレポートするには格好の場所ですよ」
ユージに言われてシュンは辺りをキョロキョロと見回した。薄明かりでも分かる太い柱が当時を偲ばせる。レポートを書こうにもノート類が無くなったのが残念に思うシュンだった。
それに対し、ユージはどこか他人事で先を進む。足元はそれなりに頑丈のようだ。板も所々に敷かれ、思ったよりは歩きやすい。
だが分岐点が何箇所も出てきたせいで、元の道を把握出来なくなった。ヘンデルとグレーテルのようにお菓子を落とせば良かったが、後の祭りだ。だがそれさえもユージは全く気にしていないようだった。
(ユージは、わざとここへ来たんだろうか)
シュンは疑問に思った。
ヨージはあまりにも危機感が無い。少なくともこの場所を知っている。櫻菜にも確認したいが、大人しく無言の彼女から、今は聞きづらい。
どこまで行くのかと不安になり始めた頃、
「まずは、ここですね」
と、ユージは立ち止まった。
そこは通路の終わりで、広い空間に出た。ユージが照らす足元には、鉄板の人工物がある。ヘルメットをふって周りを照らすと、コンクリートの壁には様々なコードが配線されている。
三人とも鉄板の上を歩いて先に向かうと、三方に手すりがあるだけだ。手すりまで行ったユージが下を照らすと、下は広大な漆黒の闇で、先は見えなかった。
「これは可動式エレベーターですが、残念ながら今は動かないですね」
「どうするの?」
「進むだけです。もう戻れないですよ」
戻れない?
今更ながら自分の置かれた境遇に恐怖する、シュンだった。
だが戻れないなら、前に進むしかない。
周りを確認すると、壁と可動式エレベーターの間に非常用と思われる小さな階段があった。ところどころ泥に埋もれているが、途切れてはないようだ。
「行きましょう」
ユージの言葉に、二人とも無言でついて行く。
地熱のせいか下りるにつれ蒸し暑く、汗ばんでくる。
無限とも思える闇の中で頼りないライトを灯し、ひたすら下りて行った。
「あっ」
ユージのライトが地面を照らした時、思わずシュンは言葉を発した。
「いよいよ近づいて来ましたよ」
三人が階段を下りて着いた先も、何も無い空間だった。ユージは慎重に周りを調べた。すると、「ここです」と言った。何かを見つけたようだ。シュンとハルもライトを頼りに付いて行く。
それは、細い通路だった。
「お疲れさま、やっと到着しました」
通路を抜けると、一番大きな空間にでた。そこには何か巨大な物体がおかれていた。ユージがかざすライトだけでは、全貌を掴めないほど大きい。
「これじゃ分からないですね。お二人もライトを点けて下さい」
そう言われて、三人でライトを照らし目の前に現れたのは、異形の機械だった。
* * * * *
「これがそうなの?」
ここに来て初めて、櫻菜が喋った。それほどまでにインパクトのある機械だ。岩の中に埋め込まれているが、かなり大きい。幅は百数十m、高さも三階分くらいある。ただ人工物だから直感的に機械と思っただけで、鉄の塊とは違う。寧ろ、周囲は柔らかな半透明の膜に包まれ、何かの液体が満たされている。
真っ暗で何も反応しない。動いてはなさそうだ。
「M.O.W.」
如月がその機械を見ながら、呟いた。
「M.O.W.?」
「ミレニアム•オーバーライト(Millennium OverWrite)の略。彼の遺言にありました。今は休止中です」
「いつ出来たの?」
「一〇年前には確認済みです。ただ、気付いたのは暗黒の一週間が過ぎた後ですが」
「ユージ君は、これを知ってたの?」
「情報だけは。実際に見たのは僕も初めてですよ」
シュンの質問にもユージは平然としていた。
「『天才は天災である』と昔の人は言いましたが、正にこれがそうです。伝説の中学生のお話はご存知ですか?」
「あ、ああ」
学校の噂で聞いたことがある。ぶっちぎりの一番で何でも出来る完璧な生徒がいたらしい。ただある日突然、消えるように転校したとも聞いていた。
「これは彼の作品です」
「何なの、これ?」
「歴史の分岐点発生装置」
「?」
シュンには意味が分からなかった。
「『歴史は変奏曲』、ロマンヒルトの言葉を思い出します。独裁者が死んでも代わりは現れるし、国の栄枯盛衰はどれも似た歩みを辿る。ニッポンだってそうです。バラバラになった理由はご存知ですよね」
「うん」
歴史で習っている。
昔は平和だったが不安定な政治と人材育成難で経済が悪化、巨大地震がとどめをさして衰退の一途をたどった。フジ山噴火の際に、自国民保護を名目として大国から軍隊を送り込まれたのが運の尽き。代理戦争が起こり、首都だったイェドを始め各地が戦場になった。
そしてシュンが住むミェバのような独立自治領があちこちに出来た。
歴史を学べば、そんな理由で消える国は何処にでもあったと知る。
きっかけは偶然でも、結果は必然だ。弱ったら滅ぶしか無い。
「歴史は現在の延長にあります。ですが時々、一握りの天才による跳躍もある。彼等によって歴史が大きく変わったのも、厳然たる事実です」
言いたい事は何となく分かる。
「一〇年ほど前に、彼はそれを行ったのです。その為に世界は滅びかけました。暗黒の一週間の原因はご存知ですか?」
「いや」
「それが、これです」
ユージは目の前にあるM.O.W.を指差した。
「そうなの?」
自分がミェバに来た原因がこの異形の機械にあると、シュンは俄には信じられなかった。
ユージの話は続く。




