第18話 入口は真っ暗
見渡す限り緑の絨毯に、三人は興奮する。
シュンは、モフモフ好きな櫻菜が今にも走り出して草原に飛び込みはしないかとヒヤヒヤした。だが予想に反し、彼女は借りてきた猫のように大人しくユキの隣にいる。全く猫被りだ。
「如月君、鉱山の入り口はどこ?」
ユキがやや不安になりながら、ユージに聞いた。遠くで小鳥のさえずりが聞こえるだけで、不気味なほど四人の他に誰もいない。
少し進んだ先には小さな湧き水があちこちにあり、細い川になっていた。透明で綺麗な水を手ですくってみると、冷たくて気持ちよい。さっきあった谷を流れる川の源流だ。ウメヅ川に繋がってるのだろう。
更に歩くと、ユージは何か見つけたようだ。
「あそこに看板があります」
迷わず歩くユージに、三人もついて行った。道があるにはあるものの、さっきのトンネルと同じく人が踏み入れた形跡は無い。
ユージの見つけた場所には、確かに古い錆びた鉄の看板で『鉱山入り口』と書かれていた。漢字の字体も古く、右から左への横書きだからパッと見は分かりづらい。その入り口は少し下った坂になっている。
「どうする?」
「行ってみましょう。櫻菜さん、どうぞ」
ユージはパーティーで女性をエスコートするように、桜菜の手をそっと取ると一緒に降りて行った。張り合うように、シュンも後に続く。
だがそれが、運命の分かれ道だった。
「うわぁーーー!!!」
砂質の地面だったのか、シュンの一歩がだめ押しとなり三人は引きづりこまれ、あっという間に入り口から下にザザザっと落ちて行った。
「きゃ、」
「あ、ごめん」
真っ暗で状況が分からず、シュンは何か柔らかいものにむにゅっと触れた。櫻菜と分かり、あわてて離れる。白い帽子が落ちていたので拾って泥を払い、櫻菜に返した。
「え、ううん」
櫻菜は大声も出さず、黙って受け取った。
落ちたのは確かだが、混乱して状況を把握出来ない。
まずは口に入った砂をはき出し服の汚れを落とすのが精一杯だ。
しばらくして足元を確保し、やっと辺りを見廻した。
やや薄暗いながら光を感じて上を向くと、さっきまでいた入り口の光がほのかに見えた。予想以上に落ちたようだ。坂のすぐ下は穴だったらしい。そして絶望的な迄に、あの光まで辿り着く手立てを三人は持ち合わせてなかった。
「大丈夫〜? だいじょうぶぅぅ〜〜?」
遠くから、ユキの声がした。中の空洞でこだまする。
「三人とも無事です!」
ユージが返答した。
「良かった。先生連れて来るから!」
「お願いします!」
そう言うと、ユキは視界から消えた。元来た道を戻って行ったようだ。
腕にかけたユニコンを見たが、無情にも通信不能と表示されている。
客観的に見てもこれはかなりまずい。冷や汗が頬を伝わる。
シュンは、冬山のクレバスに挟まって亡くなった登山家の話や鍾乳洞の地底湖で行方不明になった探検部の話を思い出した。五千年前の男の最後はこんなだったかも知れない。
今の自分達も同じ境遇だ。
この不安定な砂の坂をどうやって登れるのか、シュンには分からない。地面は柔らかく、今こうしている時も足元が少し沈み込んでいる。大きな砂地獄かも知れない。ここを動かないのも動くのもリスクがある。判断できないシュンは不安でしかなかった。
「さて、と」
こんな緊急時なのに如月ユージは、いつもと変わらない様子で周囲の壁を軽く叩き始めた。冷静な人間が一人でもいるのはありがたい。さすが如月くんと、シュンは心の中で感謝する。
「ここかな」
とある場所で立ち止まり、ユージは手で掘り始めた。
すると大きく土が崩れ、ぽっかりと空洞が出た。
「それでは行きますかね」
「どこへ?」
「宝島、かな。鬼が島かも知れません」
ピクニックに行くような気安さで、ユージはリュックから何かを取り出す。
「三人分あるから使って下さい。落盤する可能性もありますから」
そう言って渡されたのは、さっきの博物館で見たようなライト付きの頑丈なヘルメットだ。この場所は確かに危険だから、それぐらいの装備は必要だろう。ハルとシュンは帽子を各自のリュックにいれて、受け取ったヘルメットを被った。
「電池が切れないように、ライトはまず僕のだけ点けます。じゃあ行きましょう」
ユージはユキなど気にせずに歩き始める。
二人も何も言わずに如月の後をついて行った。
迷いのない動きは、まるでここが何処に通じるか知っているかのようだ。
「如月君は、ここの構造を知ってるの? 出口はあるの?」
シュンは相変わらず不安で、如月に聞いた。
「詳しくは、知りません。ただ二人にお見せしたい物はあります。後は出たとこ勝負です」
「見せたい物って?」
「宝物以上の宝物です」
煙に巻かれるが、今は彼の言葉を信じるしか無い。
入り口の光はやがて遠ざかり、一番前でユージが照らすライトだけが視界の全てになった。




