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第16話 レポートはちゃんとしよう

 翌日。


 梅雨も開けた明るい日差しの中、シュンは普段より30分早起きして登校する。アウトドア用のシャツと帽子、ジーパンとスニーカーにリュック姿は、制服より一層地味である。最近は服も自分で選ぶようになったが、目立つのは嫌なのでいきおい無難な色になってしまう。本人も多少気にはするが、どうも選ぶ勇気がない。


 この時間帯はいつもと違う車やフクロコウモリが行き交い、同じ道でも新鮮だった。


「よお!」


 相変わらず走り過ぎがてら背中を叩くユキだが、今日は珍しく立ち止まってシュンの隣を歩き始めた。


「朝練ないし、どうせだから一緒に行く?」

「ああ」


 ユキは農作業の時と変わりないジャージ姿だ。これが一番動きやすいのだろう。何時ものようにバカ話をしていると、イチイチに到着したのはあっという間だった。


 もう大半の生徒が校庭に集まっている。普段は見ない私服姿が珍しい。傍らに空中バスのトビクジラが待機している。これはフクロコウモリの大型版で100人乗りだ。


「おはよう」


 と声をかけられ振り返ると、櫻菜だった。


「おはよう、櫻菜さん」

「おはよう、ハルちゃん」


 野外活動だから、可愛いワンピースやミニスカ姿は望むべくもない。だが明るい水色のパーカーにショートパンツのトレッキング姿もなかなか良い。白い帽子が眼鏡とポニーテールに似合っていた。


「おはようございます、皆さん」


 如月は会長として、既に先生の仕事を手伝っている。


「今日は今からタイリュー山に行く。くれぐれも変な行動は取らないように」


 生徒達の前で話をする学年主任の大久保ゲンは、人相は悪いが評判は良い。生徒達はリラックスしながらも、話を聞いていた。


 点呼して全員が乗り込むとトビクジラは沢山のプロペラを回して垂直上昇し、出発する。のんびり優雅な空の旅が始まった。 


 タイリュー山は標高1、553m、市街地との高低差は1、300mほどある。目的地は中腹にある公園広場。

  

 トビクジラのスピードは遅いけれど直線距離で飛べるので、蛇行する狭い道を自動バスで行くよりも早く着く。


 眼下にはタカ取地区が見える。シュンやユキの家の上空も通過した。

 畑作業をしているユキの両親が、みんなに手を振ってくれた。


 もう少し上流には、放牧されている牛や馬が気ままに遊んでいた。


 風で左右に傾くと、井口が「おっとっと」と大袈裟な声を上げてよろけた真似をする。揺れが大きく、シュンも時おり身構えた。すっかり樹木が芽吹き始め新緑が眩しい山は、上空から眺めるだけでも心が和む。


 1時間ほどで、目的地の公園広場に着陸。


 平日のせいか閑散としている。赤ちゃん連れの親子が少しいるだけで、ほぼ貸し切りだ。


*   *   *   *   *


「集合時刻の2時にユニコンから通知があるので、それまでレポート活動するように。以上」


 大久保が言い終えると、各班ごとに分かれて行動し始めた。シュン達4人は、まず最初の目的である博物館に向かった。レンガ造りの古風な建物だ。


 博物館の中に入り、3Dホログラムの説明パネルを観る。


 タイリュー山の発掘は、数百年以上むかし近くに住む百姓のトメ吉から始まった。彼が山に入って道に迷い谷へ転落したとき、偶然キラキラと光る石を発見したのが発端だ。


 ご丁寧にもお役所に持って行き検分を頼んだところ、銀と判明。

 即座に付近一帯が直轄領となり、鉱山業が始まった。

 最盛期には、世界中で賄われる銀の三割を産出していたらしい。


 だが輝かしいこの山も寿命は短い。あっという間に銀が取りつくされ、閉山の憂き目にあった。

 

 当時の様子が、四人のいる部屋に3Dホログラムで映される。


 集合住宅地で元気に生活する、沢山の人達の姿が映し出された。鉱山の子供達だけで学校が一つ作られていて、人数の多さにシュンは驚く。採掘作業場で働く人々の群れに混ざると、四人も当時を体験した気分になった。

 

 廃墟となった巨大な建物群は保存され現存している。撤去するにも大き過ぎて処分出来ず、観光名所として活用しているようだ。


「櫻菜さんは、此処は初めてですか?」


 観終わった後、如月が尋ねた。

 自分も聞こうと思ったが、ここで張り合っても仕方ない。


「はい」

「イェドから来たそうですけど、両親は何をされてるんですか?」

「分からないです……」

「なぜ?」

「いないから」


 少し哀しげな口調に、三人は気まずくなった。


「ほ、ほら、ハルちゃんこれ面白いよ」


 ユキが何となく場を察し、3D立体地図をカチカチやり始めた。


「櫻菜さん、済みませんでした」


 ユージは申し訳なさそうに謝った。


「いいんです、言ってなかったし」


 櫻菜は静かに返答した。その表情から感情は読めない。


 井口達の話を思い出し、雑念を払うかのようにシュンは一心不乱に内容をメモに取る。図書館で調べたときから、シュンはトメ吉に興味を持っていた。


 地域一帯を豊かにしたのに、トメ吉は無欲な人だった。彼のその後は記載されていない。お金があった当時なら億万長者にもなれたのに、どんな余生を過ごしたのだろうか。想像力が膨らんでいく。


 レポートに使えそうな資料として、当時の採掘法や関わった人達の映像をユニコンに記録していく。


「そろそろお昼ですね」


 ユージが三人に言った。


「何処に行く?」


「あの辺に、丁度良い広場があるよ」


 ユキに従って、三人は広場に向かった。

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