第15話 研修旅行に行く前に
数日後、放課後のホームルームにて。
「以上だ。何か質問は?」
「おやつは幾つまでですか?」
「井口、それもう三回も言ったぞ」
橘先生の返事に、クラスからは失笑がもれた。
「じゃあ良いな.朝は7時15分、校庭に集合だ。時間厳守。間違えないように。なお、あくまでレポート提出は斑ごとだから、忘れるな。一週間後だぞ。もう一度言うが遠足じゃない、研修旅行だ。お菓子なんかどうでも良いからな、井口」
「は〜い」
クラス中が笑う中、井口ケンタはきまり悪そうに頭をかいていた。
これでホームルームはお開きとなり、放課後となる。
「新未くん、明日はよろしくお願いします」
斜め前の席に座る生徒会長の如月ユージが、振り返って話しかけて来た。
成績は断トツの学年トップで運動神経抜群、音楽もチェロを校内音楽祭で独演するほどの腕前だ。イケメンだし、背も180cm前後とシュンより10cm以上高い。天は一人の人間に幾らでも才を与える。
女子同士のさや当てが凄過ぎて、不可侵条約を結んでいるらしい。
スクールカーストの最上位も上位、誰も頭数に入れていない。
完璧過ぎる彼に、新未や他の男子どもは少なからずコンプレックスがあった。しかし下手に言うと女子を敵に回すし、そもそも欠点がない。
そんな彼は生徒会活動が忙しくて授業以外はほぼ不在。だから斜め前の席にも関わらず、四月から今までまともに話をする機会はなかった。
だが明日の研修旅行は班分けが席順だったので、ユージも含め朝からずっと4人行動になる。残りは、ユキと櫻菜。正直どんな化学反応が起こるのか不安しか無い。
行き先はこの学校から20km北にある、タイリュー山である。
シュン達の家の前を流れるウメヅ川の上流に位置する、風光明美な場所だ。
昔の鉱山跡にある民族博物館や、綺麗な渓谷も有名だった。
ちなみに、シュンは初めて訪れる。
各班ごとにテーマを決めて見学し、A4レポート5枚にまとめるのが今回の主旨だ。けれど殆どは自由時間で、のんびり過ごすのが常道とも聞いていた。
それに図書委員の役得で、関連資料は事前にまとめ済み。準備にぬかりはない。
力を抜いて、そこそこのレポート提出で終わらせる。満点なんか必要ない。
ユージも話が分かる奴で、特に異論は差し挟まなかった。
周りの空気を読んで適切な判断をするのも、しゃくだが全く非の打ち所がない。
「よおシュン」
「おお」
「お、帰るか」
下駄箱に行くと井口に加え隣クラスの関本がいたので、一緒に帰ることにした。逆方向だが今日は宿題も無いし帰っても暇だから、丁度いい。
「ゲーセンよってく?」
「いいね!」
* * * * *
ゲームセンターも、庁舎近くにある。
ゲームコーナーの部屋に3人で入るとユニコンが認識され、3Dホログラムが展開された。
『ようこそウルティマジック•ウィズ523へ!ここは剣と魔法の世界、楽しんでね〜』
司会役である萌えキャラの進行で、ゲームは始まる。
古代のファンタジー設定で、いつもの要領で3人はパーティーを組んだ。
井口は剣士、関本は魔術師、シュンは弓使い。使い慣れたパターンだ。
3人の衣装が変わる。3Dホログラムだが質量も脳波に直接情報を届けるので、実感が出る。武器の重さも反映されるから、振りかざすのも大変だ。映像も脳波に連動して動く仕組みになっている。
風景の状態も脳波に送られるから、本当にその場所にいる錯覚をしてしまう。だから空を飛ぶと足元がふわふわするし、崖で敵と戦う時は落ちやしないかと緊張する。この前やって氷原での戦闘は、本当に凍え死ぬかと思った。
『今日のクエストは、こちらです!』
人工音声の案内で映し出されたのは、綺麗な王女と醜い魔王だった。
『悪の魔王に囚われたオレンジ姫を、助けちゃってくださ〜い!』
「よっしゃ!」
「シュン、お前が鍵だ。後ろから援護しろ。その間にコタロは魔法の用意を!」
「分かった!」
いつも井口がリーダー役だ。切り込み隊長として、重い武器も軽々と操る。シュンのことを鍵と言ってくれるが、一番弱いので後方から攻める役なのも事実だった。
「いくぞ!」
……
「はあ〜、終わった終わった。レベル3つ上がったし、結構良い感じじゃね?」
「シュン,強くなったんじゃね?」
「あ、ああ」
最後の魔王を倒し、ゲームは30分ほどで終了した。確かにこの前より上達した感触がある。シュンは冷静に中ボスのドラゴンを狙い撃ちして仕留めた。以前はできなかった事だ。
雲の世界での経験が役立ったのかもしれない。
超雷攻撃の恐ろしさに比べれば、ゲームの世界は簡単過ぎる。
「あのオレンジ姫、櫻菜に似てなかった?」
「え、そう?」
「似てた似てた。眼鏡外すとあんな感じかもな」
シュンだけが否定したものの、内心は同じ事を思っていた。
あのゲームは、クエストやキャラのデザインがプレイヤーの無意識で決まる設定だ。まさか自分とは思わないが、3人の共通項が櫻菜だったのかもしれない。
ただ櫻菜がオレンジ姫だったら、あんな魔王に囚われるヘマなんてしないだろう。それより襲って来る櫻菜から逃げ惑う方が、現実的か。難易度は高そうだ。
因みに魔王は学年主任の大久保に似ていたが、それは誰も指摘しなかった。
「あんな可愛い子に迫られたら、結婚して一緒に暮らすよな、普通」
「あれゲームだし」
「それより櫻菜、この前如月と一緒に帰ってたってよ」
シュンは、ドキッとした。井口の情報網は豊富だ。
「へえ〜女子がキレるんじゃないの? 笹川とか、ユージに五回も告ったってよ」
「分かんね。ウワサだからな」
「誰が見たの?」
「ナイショ」
シュンは井口と関本の会話に、入りづらかった。
否定したいが真実がそうだとしても、シュンには何も出来ない。
「じゃあな」
「ああ」
シュンは2人と別れてフクロコウモリに乗って帰った。まだ夕暮れ前で陽は明るく、稲が育ち始めた田圃の水面は反射して綺麗な鏡のようだった。
* * * * *
「ただいま〜」
「おかえり」
相変わらず父さんは仕事場で急がしそうだ。フラフラな状態で出て来ると、むしゃむしゃ食べてまた仕事場に戻って行く。「あなた大丈夫?」と母さんが心配そうに声をかけるが、「大丈夫。仕上げは君に任せるよ」と言って仕事場に入って行った。
シュンは二階の自室に向かう。
『本日もお疲れさまデス。特にお変わりなく過ごしたようデスね』
人形も相変わらず減らず口をたたく。
『明日は研修旅行デスね。班員3人との相性は…… 数値化出来ません。クレグレもお気をつけて』
何だか怖いことをいうが、こいつは時々変な言葉を昔から喋る癖がある。実際何も起きなかったこともあるし、故障かもしれない。
この前の事を聞いた時もそうだ。
『フムフム……確かにその時間、仮死状態になってマシた』
「仮死状態?」
『はい。何の出力もアリません。もちろん、心臓の鼓動は一定ですが、完全に無の状態でシタ』
「なんで?」
『ワタシにも分かりません。『ヤス』に入力しましたが、原因は不明デス』
結局、分からずじまいだ。
面倒事が起きないように。それだけが願いだ。
明日の持ち物を確認して、シュンはベッドに入った。




