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第12話 用務員も楽ではない


「……どうした、大丈夫かい?」


 人の声だ。身体を揺さぶられている。ハルではなく、おじいさんみたいな声だ。


 感覚と意識が徐々に戻り始める。瞼を開けて視界に映った風景は、埃っぽい灰色の床だった。さっきまでの突き抜けるように青い空と白い雲の世界は綺麗さっぱり消え去っている。感触もフワフワどころか無機質で固く冷たい。


 どうやら、うつ伏せで床に倒れているようだ。


 生きている。身体の痛みも無い。


(もしかして、戻ってきた?)


 シュンは腕を動かして、上半身を起こした。


 辺りを見廻すまでもなく、この景色と空気はさっきまで居た資料室だ。

 時間が経ったせいか夕焼けに深みが増し、そろそろ陽が落ちそうだった。


「気がついたようじゃね」

「あ、はい」


 声の主は、用務員のゴンゾーさんだった。

 起き上がったシュンを見て、一安心と言った風の顔をしている。


「見回りに来たら屋上が開いてたもんで、気になったんだ。資料室を覗いてみると二人が倒れていたからね。驚いたよ。怪我は無いかい?」


 二人と言われ、ハルを思い出したシュンは後ろを振り返った。

 そこには、ハルが倒れていた。


「大丈夫?」


 おそるおそる肩に触れ、ハルの体を揺する。

 すると、「う、うーん……」と反応があった。


「良かった。お嬢さんも、大丈夫だね。じゃあ、早く帰りなさい」


 ゴンゾーさんはそう言い残すと、去って行った。


「あ、ここは」


 ゴンゾーさんが去り少し経ってから、ハルも意識を取り戻す。


「資料室だよ。二人とも倒れちゃってたみたい」

「そうでしたか。ご、ごめんなさい」


 そう言うハルの顔は、さっきまでと違い学校で見せる顔だ。

 髪も青いリボンできっちり縛っていた。


「じゃあ戻ろっか、ハル」

「え? あ、はい」


 ハルと呼ばれ恥ずかしいのか、彼女は顔を赤らめ眼をそらした。

 シュンも気恥ずかしくなり、「さ、櫻菜さん」と、言い直した。


「は、はい……」


 櫻菜は、まだ戸惑っている。さっきまでの様子とあまりに対照的で別人だ。普段見る姿はこっちだが、あまりにもあの印象が強烈過ぎてシュンも調子が出ない。


 あれは、夢だったのか……


 置いた箱を確認して鍵をかけ、シュンが台車を持って図書室に戻る。途中にある音楽室では、女子達の騒がしい声がする中に独りトランペットの音が聞こえた。


「あれ? おふたりさん研修から帰ってきたの?」

「あ、ああ」


 時間帯は同じで本川の受付だったが、日めくりカレンダーでは一週間過ぎていた。やはりあれは夢じゃなかったらしい。しかも研修で留守となっていたなら、学校も何か知っているようだ。シュンはどう言い繕うか悩んだものの、櫻菜ハルは落ち着いていた。


「そうなの。何だか適性検査みたいので、一週間トレーニングをやらされていたわ」

「へえ、櫻菜さんはともかく、ニー坊がねえ」


 少し意地悪い顔で、本川は二人を見ていた。


「あら、M(ミックスド・)R(リアリティ)検査では私より高得点だったのよ。適性がありそうだって」

「ふうん。人は見かけによらないね」

「そうだろ!」


 櫻菜がうまく話を合わせてくれるので、シュンはそれに乗っかった。


「ま、台車が戻ってきてくれて助かったわ。屋上ずっと締まっていたし」

「あ、ごめんね。あの後急に言われたから、出すの忘れちゃって」

「いいわいいわ。この学校の先生そういうとこあるし。じゃあね」

 

 本川が書架に向かったので、二人は図書館を離れた。


 クラスには誰もおらず、カバンもそのままだった。

 確かに黒板には『櫻菜ハル、新未シュン;研修中で休み』と書かれている。


 ゴンゾーさんの説明と違うが、用務員さんだから事情を知らされてなかったのだろう。一週間あそこにずっと居たのかどうかも気になるけれど、櫻菜は何も言わないのでシュンも聞けなかった。


 明日の授業内容を確認すると、二人とも同じタイミングで席を立った。


「さ、櫻菜さん、一緒に帰る?」

「……あ、良いですよ」


 思い切って声をかけて成功し、内心喜びニヤけるシュンだった。

 さっきの世界と現実世界は違うから、これでもかなり緊張している。


 無言で玄関まで行くものの、次の一手が思いつかない。


(何を話そうか? さっきの事とか? でも否定されたら気まずいし……)


 シュンの頭の中は色んな考えがこんがらがって結局なにも言えず、玄関に到着した。


 ……が


 下駄箱には、ユキがいた。部活も終わったらしい。

 そういえばさっきのトランペットはユキのだったと気付く。


「あ、シュンがいる! 研修から戻ってきたの?」

「あ、ああ。部活は終わったの?」

「うん。じゃあ一緒に帰ろっか?」

「あ、私は反対方向なので……」

「そうだね。また明日! ほら、シュンはこっちでしょ!」

「わーったよ」


 ユキに引きずられるように連れられ、校門を出て左折した。

 逆方向に右折して帰る櫻菜から、心無しか冷たい視線を感じるシュンだった。


*   *   *   *   *


「二人で何処に行ってたの? 検査だとか言ってたけど怪しいなあ」


 ユキは相変わらず詮索魔だ。


「べ、別になんでもねえよ。それより、部活はどうよ?」

「まあまあね。今年こそ優勝っすよ!」

「いけそうなの?」

「そりゃ、そんな気分でやらないとやってらんないし。大体、増淵の奴、今日もサボってパート練習来ないし、顧問の氷川もいい加減な指導だし……」


 この後は、愚痴のオンパレードだ。さっき雲の上での櫻菜ハルと、オーバーラップする。ユキも、ストレスたまってるんだろう。こんな時は聞いてやるかと、思ったシュンだった。


 弱小クラブと言っても、やる以上は上を目指したいらしい。要は負けず嫌いで常に勝ちたいのが、ユキの性分だ。でも他の子の意識は高くない。そうすると、解決はなかなかに難しい。


 ユキの愚痴はしばらく続き、シュンの事は頭から抜けいていた。

 一方、ユキの話を聞きながら、シュンはまたさっきの出来事を考えていた。


 あの風や雲の情景は瞼に焼き付いている。イーロを吹き飛ばした感触も残っている。だが本当にあった事なのか、確証は持てなかった。


 見上げると、曇が優雅に流れていた。

 あれも歩いたら、気持ち良さそうだ。



 「ちょっとぉ、聞いてるの?」

 「あ、うん」

 「それでさ、サキも可哀想で、古川君と別れたんだって……」


 ユキの話は内容を変えて暫く続きそうだった。

 橋を渡り、タカ取地区に入る。

 陽はすっかり落ち、三日月に加え金星も輝き始めた。


 「でさ、やっぱ基礎練習を疎かにしちゃ駄目な訳。分かる?」

 「うん、」

 「あ、もう家か。じゃあね」


 ユキは言いたい事を言い尽くしたようだ。すっきりした顔で家へと帰って行った。シュンは少し先の堤防を下り、畑の間を通って我が家へ帰る。


 「ただいま」

 「あら、おかえり。さっき学校から連絡きたけど、検査だったんだって? 一週間も長かったけど、どうだったの?」

 「あ、ああ。まあまあかな」


 どうやら学校から親に連絡があったようだ。

 そうすると、あの資料室の出来事は先生達も把握しているのだろうか?


 疑問は尽きないが、思いつく事もないし腹も減っている。

 今日の夕飯は、ハンバーグと人参ご飯だった。


*   *   *   *   *


 全校生が下校した夜の校舎は、人気も無く静かである。


 無人の薄暗い廊下を、用務員のおじさん(ゴンゾーさん)が独り歩いていた。

 その足取りはいつもより遥かに早く、猫背も反り返っている。

 用務室を通り過ぎて校長室の前に立つと、扉をノックした。


 「入るぞ」


 そう言って中に入る用務員のおじさん(ゴンゾーさん)を見て校長は驚き席を立つと、すぐさま直立不動の姿勢をとった。


 「り、理事長、どうなされましたか?」

 「『雲』が墮ちた」

 「な、何と! 本当でありますか」

 「儂が嘘を言うとでも?」

 

 普段は温和な用務員のおじさん(ゴンゾーさん)が、鋭い眼付きでドスの利いた声を発する。


 「あ、いえ、失礼致しました」


  ……



  恐怖の沈黙がしばらく続いた。


 「委員会を招集せよ。今直ぐだ!」

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