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はじまり

 AN暦一九三年四月二十日 午後10時20分。


 満開のソメイヨシノは葉桜に変わるも未だ肌寒い夜、ここ地下管制室では男女数名が管制業務を遂行していた。誰もが真剣な眼差しで各自の任務に集中している。使い慣れていない部屋には、普段にもまして緊張した空気が張り詰めていた。


(もっと気楽にやれば良いのにな……)


 中央奥に座る初老の男は、内心思っていた。だが彼にも日頃の冗談を飛ばす余裕は持てず、時折指で机を軽く叩く音が響いた。当然ながら、それに誰も反応しない。


(さて、そろそろのはずだが……)


 緊張が極限に近づく時だった。突如中央の大モニターが明るくなり、大気圏突入中の光り輝く宇宙船が映し出された。その映像に、感歎の声が沸き上がる。ここ数日の苦労が、一瞬にして解凍された瞬間であった。


「チェスター所長、目標物体の大気圏突入を確認しました!」


「予定到着時刻は現地時間で午前10時23分、予想着陸域は大西洋、北緯34度41分2秒から30度53分20秒、西経66度21分6秒から70度1分16秒の範囲。予測通りです」


「そうか、ご苦労」


 チェスターと呼ばれた先だっての男はおもむろに立ち上がり、モニター前へと歩を進めた。この部屋の天井は低く、大柄な彼を威圧的に見せる。


 この特別管制室は、NAGの全システムにアクセス出来る唯一の部屋だ。非常時のみの使用で、ここ数十年は入室記録すら無い。


 チェスターが初めて扉を開けたのも数日前だ。

 幸い機器は作動し、月面基地や衛星回線と直ぐにコンタクト出来た。

 だが何分埃っぽく、掃除だけで五時間かかった。


 おそらく彼等が出発した頃と変わらない風景だろう。


「イェドの真裏にご帰還とは、つくづく厄介だな。くれぐれもアメリ連合国には悟られないように。それで応答は?」

「ありません。ですが識別信号は第十三部隊と99.7パーセント相似、ほぼ間違いなく『フォルトナ』です」


「拡大映像入ります」

「分かった」


(還って来たか)


 NAGSS所長も、チェスターで八代目。深く刻まれた彼の皺よりも永い年月を経て現れた宇宙船『フォルトナ』は、異彩を放った姿を大型モニターに映し出していた。


「あれが『フォルトナ』? 過去映像と形が違うな」

「はい。確かに当時の記録映像と、形状が異なります」


「原因は?」

「分かりません。恐らく航海の間に隕石等が付着したのかと」


 チェスターはそれ以上問わなかった。

 昔のデータに文句を言っても今さら仕方が無い。


(やれやれ、とんだ置き土産だな)


 最初の受信は、二代前のベルシュタイン所長の時だった。

 本当に本当に、ほんの僅かな信号だったらしい。


 誰もがノイズと思ったが、ベテラン管制官のノイマンだけは一人根気づよく追い続けた。変わり者と言われようが彼は信念を曲げず、所長に進言を続けた。彼の息子グレアムも彼の遺志を受け継ぎ、管制官の一員として働いている。


 ノイマンの見つけた徴候は四十年をかけて、今まさに実体として現れていた。


 ふとチェスターは、前任のツァイ所長を思い返す。

 小柄で、いつも愛嬌ある悪戯っぽい笑みをしていた。

 この存在を知らされたのは、所長赴任での引き継ぎ時だった。


 『任せたぞ』


 超極秘事項と印された書類を受け取った際も、不敵な笑みを浮かべていた。

 そんな彼も既に亡く、会えるのはユニコンの中だけだ。


 (汚れ役か)


 全てはこの為に。


 歴代所長に比べ能力の無さを自覚していたチェスターにとって、突如ランクSに引き上げられた時は青天の霹靂だった。だが、今なら分かる。理事会がやりそうな企みだ。


 いずれにせよあの宇宙船フォルトナに乗る彼らは、人類、いや地球の未来を左右する存在に相違ない。事は慎重に進めねばならない。


 フォルトナは昼間の星のように時おり煌めく破片を撒き散らしながら、着水予定時刻を迎えつつあった。モニターは着水の瞬間を捕らえ切れず、光の矢は遠く水平線に消え去った。


「フォルトナ着水。付近の巡洋艦、応答せよ」

「こちらウィルミントン。自動捜索機が約五百㎞先に目標物確認、哨戒機を急行させます」

「頼む」


*   *   *   *   *   *   *


 (星の子供達(スターチルドレン)……)


 四.二光年の彼方にある地球型惑星プロキシマbに初めて辿り着いた、英雄達。


 彼らの帰還を公表すれば、瞬く間に、全世界が興奮に沸くだろう。

 刺激が薄れた今のご時世、ちょうど良い暇つぶしである。

 パンとサーカスとは、よく言ったものだ。


 だがチェスターは公表を差し止めた。

 下手な公表は、愚かな期待を絶望と狂気へ差し替える。


 そもそも彼らから応答が一切無い。

 船体が発信する信号は、第十三部隊所属を示す単調な識別信号のみだ。


(失敗か……)


 チェスターは悲観的だった。

 第七部隊の船体が、土星付近で発見された記録を思い出す。


 宇宙船『ディスティニー』に搭載されたAI『ヒロ』から、帰還信号が送られてきた。人類は嬉々として探査衛星を送ったものの、映し出された画像は、半壊した宇宙船と乗組員の遺体5名。今回も同様に、偶々エンジンとシステムが、生きていただけかも知れない。 


沙槝場(さかしば)ノアでも、駄目だったか……)


 第十三部隊のリーダーである沙槝場(さかしば)ノアは、伝説の存在である。


 当時の記録では、やり遂げるなら彼しか居ないと、もっぱらの評判だったらしい。だが彼でさえ、このミッションは手に余ったのかもしれない。


 チェスターは、彼に会って今の世界をどう思うか尋ねたかった。

 だがその機会が訪れることは、永遠に無さそうだ。


 まだ人類は、他の惑星へ行けるほど成熟していない。



*   *   *   *   *   *   *


 やがて無線連絡が入った。


「『フォルトナ』を発見しました。ですが……」


「何だ?」


「内部スキャンの結果、生体反応ありません……」


 少しの無言の後、管制室がため息に包まれた。


 中央モニターには、海面を漂う『フォルトナ』が映し出される。


 ゆっくりと海中に沈みゆく様が見て取れた。

 このままいけば、直に海の藻くずとなるだろう。

 百五十年の航海の結果がこれとは、いささか寂しい風景である。


 緊張と興奮を過ぎ、部屋は感傷的な空気が支配した。


 「承知した。ご苦労。一通り確認後、引き上げてくれ」

 「了解」


(百五十年の無駄足とはな……)


 肩すかしをくらったチェスター所長は、落胆しつつもどこかホッとしていた。こうなる事をどこかで期待していたのかも知れない。自分が責任を取る必要は無い。


 だが直後、無線から意外な声が聞こえて来た。


「船が生きてます! 攻撃してきました! 応戦します! ウォーーー!!」


 ダダダダダダダダッ!!!


 乱射される銃の音と叫び声、そしてあちこちに歪む場面の映像は真っ黒になり、通信は途絶えた。管制室の一同がざわめく。


「何だ?」


 チェスターは何も出来ず、ただモニターを見入るしか無かった。

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