夏の空色
※2015年7月執筆
夏休みが始まって、数日経ったある日
窓を開けて空を見た。
深く澄んだ青色の空が広がって
白く溶けるちぎれた雲が、漂いながら形を変える。
そんな夏の空を見上げていたら
ふと、あいつを思い出した。
夏休みに入ってから、会う事なんてなくなったクラスメイト。
大学は別だと聞いたから
会えるのは今年いっぱいなんだと思った。
そうしたら、急に会いたくなって
制服に袖を通してた。
≪夏の空色≫
じりじりと焼けつく太陽、蝉の合唱、風の音、木々の揺らめき。
夏の色を見上げながら、会えるだろうかと想いを馳せた坂道。
いつもの通学路のはずなのに、どこかいつもと違う景色。
生徒の姿を見かけない代わりに、公園で遊ぶ子供の楽しそうな声が聞こえてくる。
「あっつー……」
コンビニで買ったアイスを食べ終えて、じんわり滲む汗を拭う。
(今日、部活やってるのかな)
そんなことが頭に浮かんだ。
よく考えてみると、いつサッカー部がやってるかなんて知らない。
行ったところでいなかったらどうしよう。
(いや、その時はその時だ。とりあえずこの坂登らないと……)
暑さでじんじんとする頭を振って、気合いを入れ直そうと途中の坂道にある自販機にお金を入れる。
何だってこんな坂の上に学校があるんだか、とちょっとだけ愚痴っぽくなりながら
ガコン、と音を立てて落ちてきたスポーツ飲料を取り出そうと
しゃがんだ頭上に降ってきたのは
聞きたかった、声。
「今日って補習でもあんの?」
驚いて見上げると、会いたかったあいつがそこにいて
私の顔を後ろからのぞき込みながら、首を傾げてる。
「な、んで」
その顔の近さに、思わず固まった。
坂の上に、その姿なんて見かけなかったのに
一体どうして私の後ろに。
ぱくぱくと口を動かしていると、そいつがぷっと笑いだす。
「校庭走ってたらお前見かけたから、ショートカットしてきたんだよ」
「ど、どっから」
近道なんてあるの知らないんだけど、と聞いてみれば
自販機の後ろの茂みを指差して一言。
「そこをざーっと下って」
「あ、危ないな!!何してんの!?」
慌てる私に「みんなやってるって」なんて平気そうに笑う。
いくら学校の裏から繋がってるからって、なんて危険なことを……。
「っていうか、走ってたって、部活中だったんじゃ……」
「大丈夫。休憩入ったから」
「休憩、してなよ」
私の言葉に、金色の髪がそよぐ。
水色のジャージが濡れていて、真面目に部活やってたことが伝わって。
体休めなくて大丈夫なのかなって、心配になって。
「大丈夫、今休憩してるから」
ふっと優しい顔。
それって、どういう意味、って。
ただ、体を動かしてないってだけだと思う。
わかってる。
わかってる。
「で、何で学校来たの?」
「ちょっと、用事」
「ふーん」
一緒に上る坂道が、さっきと違って騒がしい。
じりじりと焼けつく太陽と蝉の合唱、風の音、木々の揺らめき。
何も変わってないはずなのに
何か変わったような空気。
触れない腕の、少しの空間。
何も言わないその時間に、何故か感じた焦燥感。
陽に、焦がれる。
想いが、焦る。
「夏休みって、長いじゃん」
「そーだな」
宿題とかも、もちろんやらなきゃいけないんだけど。
受験勉強だってしなきゃいけないんだけど。
今頭にあるのは、それだけじゃなくて。
最後の、夏だから。
「今日、空、見てたら、緒形が思い浮かんでさ」
「俺?」
きょとん、とした顔が私を見る。
金色の髪に太陽が反射して、眩しくて、熱くて。
じりじりと、焦がれるのは
太陽の光だけじゃない。
「夏の空って、青くて、高くて、近くにあるように見えるのに、届かないから」
近くて遠いその色が、何だか緒形と重なった。
「だから、さ――」
呼吸と同時に、足が止まった。
どうしてこんなに会いたいのかなんて、答えは単純明快で
ただ、それを、どう伝えていいのかわからなくて。
そんな私を見て、緒形も歩みを止めて、私を待って。
暑さのせいか、それとも最後の夏だからなのか
焦りが、答えにならなくて。
それでも、この夏を、一瞬でも多く一緒に過ごしていたいから。
「緒形に会いたいと思った時に会えるようになるには
どうしたらいいのかな」
なんとか紡いだのは決して答えなんかじゃなくて
だけどシンプルな私の気持ちで
止まったように感じた時間を、ふっと笑った緒形の声が動かした。
視線が私を捉えて、私はそのまま動けなくて。
「じゃあ、その時は」
一歩、緒形が近づいた。
「会いたいって、言えばいいよ」
金色が、目の前で踊る。
「俺も『会いたい』から、会いに来る」
伝わるのは熱か、体温か。
握られた手が、ひどく熱くて、鼓動が速くて。
「お、が……」
「ほら、ちゃんと、届くっしょ?」
この熱さは夏のせいか。
それとも、緒形が笑うからか。
わからなくなって、ただ頷いたとある夏の日。
それは清々しい夏の空。
熱い熱い青の色。
END