2.壊れた遺跡
「ええと……。どうしようかね、これから」
最初に口を開いたのは、おじさんだった。
声の調子からして、とても困惑していた。
「どうしましょうね」
それとは反対に、スーツの人は相変わらずマイペースだった。
僕はというと、崩れた柱の陰に隠れて、死体が動き出しやしないかとビクビクしていた。
おじさんは部屋を軽く見渡して、短く溜め息を漏らした。
「廊下に通じる出口が2つか。これはギャンブルだぞ。どっちを選ぶ?」
「決めてくださいよ」
「わたしがぁ? そんな重大な選択を、こんな冴えないおじさんにさせるかい、きみ」
「一番年上じゃないですか」
「そんなルールは知らんね」
おじさんとスーツの人は、近くに死体があることなんて忘れて話し込んでしまった。
そんな話はいいから、早くこんな場所から離れたい。
そう願っていると、女の人が手を叩いて2人に話しかけた。
「とりあえず、一番近い出口から出ましょうよ。ほら、ちょうどいい武器もあるし、変なのが出ても大丈夫かも」
そう言いながら、死体の1つに近寄った。しゃがみこんで、死体の近くに落ちている剣を手に取ってみる。
「おも……」
まったく持ち上げきれていなかった。
剣の切っ先は地面についたまま、ガリガリ音を立てて引きずっている。
「いいですよ。こういうのは男の仕事ですから。なるべく守りますよ」
見かねたスーツの人が手を差し出して、剣を渡すように促した。
女の人はしぶしぶそれに従う。
「そう言ってもらえるのは助かるけど……」
「頼りないですか? 大丈夫でしょう。本職の人がいるみたいですし」
そう言って、ちらりとお侍さんを見る。
お侍さんは我関せずといった様子で無言だった。もともと無口な人なんだろう。洞窟にいた時も、一言も喋ろうとはしなかった。
スーツの人は苦笑しつつ、
「おじさんもいかがですか」
おじさんにも剣を渡そうとした。
「いや、結構。持ってるから」
そう言って、懐から分厚い皮の入れ物を取り出した。それはナイフケースだった。
ケースの大きさから見て、頑丈そうなナイフが入っているように思えた。
スーツの人は一瞬、口をつぐんだあと、
「そうですか」
いつも通りの調子で答えた。
この人だけじゃない。
みんな淡々としている。
みんな、日本人だ。戦時中の人間ではないと思う。お侍さん以外は、服装から見て、僕のいた時代とあまり大差ない筈だ。
そりゃ、自分たちの命の危険があるのは分かる。
でも、こんなにもあっけなく戦う意思を見せるのが、不思議でならなかった。
怖くないのかな。
イヤじゃないのかな。
僕ならイヤだ。
何かにいきなり襲われたら、武器を持ってても怖くて動けない。
仮にあんな重たいもの振り回せても絶対当たらないし、先に僕が殺されるに決まってる。
それなのに、なんで。
「なんで、そんなに落ち着いてるの?」
僕は思わず、思ったことを口に出していた。
ハッとして口を押さえた。
でももう遅かった。
大人4人は振り返って僕を見ていた。
「あ、あの……、あの、ごめんなさい」
僕はとりあえず謝った。
僕が口を挟むと、いつだって空気が凍る。
いつだってそう。
だから謝るしかない。
謝ったって許してもらえるとは限らないけど、形だけでも繕っておく。
「ああ、ごめんね。気づかなくて。怖いわよね」
女の人が、僕の肩に手を置いた。
この人はいつも優しかった。
「言われてみれば、確かに落ち着いてるねぇ、わたしら」
おじさんがのほほんと言って、
「もう一度死んでますからね。色々おかしくなってるんでしょう。それに、まあ、大人ですから」
スーツの人がそれに続いた。
「大人になったら、そんな風になれるの?」
「そんな風にって?」
「どんな事があっても、落ち着いて行動できるようになるの?」
心のどこかで、期待していた。
その答えに、肯定を求めている自分が確かにいた。
どんくさい僕でも。
失敗続きの僕でも。
大人になれば。大人になりさえすれば。
そうすれば……。
「無理だと思うよ」
スーツの人が、いつも通りの穏やかな口調で言った。
「その性格じゃあね」