80話:全権委任
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とうとう戦争が始まった、と言っても宣戦布告後に国境を越えたのでまだ本格的な交戦はない、別段堂馬君が律義という訳ではない、不明瞭な理由で大軍が国境を越えれば目標国以外と戦争になる可能性も有る、自軍に破壊工作が無いのは防諜の成果だろう。
こちらは布告初日に大規模破壊工作を行ったが今は活動半休止中、此方は数で不利な以上彼らの情報や工作は勝利への重要な切り札、青オーガ/ダビィードの手引きと貴族派残党への資金提供だけにとどめている、貴族残党は使い潰した方が戦後にも良いし。
さて、敵も哨戒線の外から火箭を打ち込まれるとは思わなかったのだろう、戦果は上々、首都兵器工廠の燃料や木材の倉庫、ヒポグリフの飼育小屋、各都市への上水道橋、食糧庫、運河の水門に運河艇、軍港等々。
全てを焼けたわけでは無いが少ない人数でよく頑張ったと思う、首都兵器工廠は再稼働に3ヶ月、ヒポグリフが火災に巻き込まれ200頭が羽毛回復まで飛行不能、内30頭は焼死、上水道破壊により都市の飲料水事情が悪化、運河の機能停止、備蓄食料不足。
都市へ水運びの労働負担が増える、軍食料の大量消失に運河停止と兵器工廠停止で後詰準備も遅れる、軍港は輸送船が殆どだが補給線が細くなる、ヒポグリフも首都防衛に再編が必要。
勝敗を決する戦果では無いが、戦争では相手の嫌がる事を徹底的に行い、思うように動けなくするのが定石、兎に角足を引っ張り計画通りに事を運ばせてやらない。
「報告ご苦労、アクセル、今後は相手の防諜も活発化すると思う、情報が第一、損害を出してまで破壊工作の必要は無いと思ってくれ、損耗を防ぎ慎重に頼むぞ」
情報収集、そして存在すると言う事が重要、存在の可能性が戒厳令で厭戦気分を高め、輜重守備隊や警邏隊の増強に兵力が割かれる、少ない兵力と広範囲の妨害で多くの敵を遊兵化させるのが目的、規模も範囲も目標も不明確にさせる為に機動力のあるカガロ・ガルチの弓騎兵隊は大きな助けに成ると思う。
「御意! わが末妹のヘスティー・ハチヤが現場指揮を取っております、若輩ながら一族では我の次に優秀、ご安心下され、見目も良く戦勝の暁には是非目通りを……」
げっ! 前に断った側女は妹? き、気まずいので集団論功行賞にしよう……
「お、おう、その為にも必ず生き残れと伝えてくれ」
報告の中にあったダビィードも上手く活躍している、結局村を脅す事はやめて破壊した水道橋の分岐点近くの森に潜伏した、これにより民間工事業者は受注拒否、広大な森で軍はオーガを包囲できない、更に鉢屋衆が潜伏の手引きと物資搬入妨害を行っている。
他にもコスパの良い嫌がらせはどんどん行う、騎馬民族の機動力で夜間移動し、長く手薄な運河の一部を黒色爆薬で破壊、敵が運河に向かえば拒絶の山脈経路の橋を爆破、ヒポグリフの餌となる家畜商の襲撃、この家畜代用に大量の狩りが必要で行軍が遅れ疲労も多い。
しかし、普通は短期間育成の兵士は遠征で士気の維持は難しい、これだけ嫌がらせをしてもまだ進軍は続けている、堂馬君の統率力は一流と見て良いだろう、要警戒だな。
※海峡の方も正式に海戦が始まった
昨晩敏明さんから敵海軍と接触との連絡があった。
鉢屋衆の報告で出港時の戦力は把握している、ロングシップ(バイキング船)約200隻、三段櫂船10隻、ヒポグリフ母艦型三段櫂船6隻(一隻20頭)、他輸送船、陸戦隊総数は5千から6千と予想される。
陸戦隊だけでもわが軍の2倍ほど…… そこに航空戦力120! 何としても敏明さんに防いでもらわねばならない、開戦前に本土通信網は整備した、もう夜は明けたのでそろそろ敏明さんから報告が入る筈。
『こちら海軍長官の敏明、総司令の涼太に応答願う』
いよいよ来たか! 緊張する……
『こちら総司令部長官の涼太、海戦はどうなった?』
『涼太か? 誤解の少ない軍隊式会話じゃ無いから締らないね、そんな事を教育している暇は無かったけど、海戦の結果だけど初戦は完勝、敵さんは大混乱で夜明けまでには海峡の外に撤退した、でも残りのロングシップが海峡外縁で待機している、諦めてはいないな』
『えらくあっさり引いたな…… そんなに一方的だったのか?』
『酷いもんだよ、60人のマーメイド達がそれぞれロングシップに爆破銛を設置、撤収完了の報告後に本船も砲撃を開始したが敵は200隻以上の艦隊だろ? 最初は厳しい戦いになると覚悟していたんだけど、砲撃を開始した後に間を余り置かずに爆破銛が爆発、敵さんは射程が恐ろしく長いと勘違いして大混乱さ』
『完全撤収後に砲撃すればそうなるな、海峡封鎖で練度が上がって撤収と起爆の誤差は10分位だったか? 海峡で渋滞していたなら10km以上と誤認するよ、魔道の最高記録以上の筈だからな』
『戦果確認ではロングシップが70隻、爆破銛が全部有効だとすると俺は10隻しか沈めて無いな、ただ、船員は壊れた船伝いに大分逃げた、陸戦隊への損害は千か2千ぐらいじゃ無いかな、それと三段櫂船は見ていないから無傷だよ』
『えらく幅が広いが…… 何で?』
陸戦隊という位だから泳ぎは上手いだろうし、岩礁の多い海で逃げ場所は沢山あった殆、そう考えれば逆に人的損害は多い位だ…… 捕虜でも無く戦死で千越えの方がびっくりだ。
『そういや涼太はバイキング船を見た事なかったな、あれは区切りのない大きなボートだ、竜骨へし折って真っ二つとは中々いかないが、塞ぎようの無い穴が開けば沈むしかない、それに船底爆破時の破片はモロに船員に飛び散る、敵さんも鎧付けていたから重傷者は少ないけどね』
そんな船で海渡るの? 凄く勇敢だな…… しかしそれでも軽傷が殆どの筈。
『軽傷が殆どなら殆ど命は助かったのでは? 完勝で被害なしは分かるけど、捕虜無しで戦果が多いのは不思議だ、それに隠し基地にたどり着かれて交戦もあり得ると思うけど?』
『あぁ、原因は血の匂いに集まったサメ、そして無慈悲なセイレーンの歌だ、海に落ちた奴は鎧なんてすぐ捨て泳いで岩礁を目指したんだが、セイレーンは基地に来られては不味いと歌で敵兵をサメのいる海に戻らせた、だから損傷が激しくて戦果が…… すまん、思い出したら吐きそうになって来た、報告終わり』
ちょっと敏明さんには精神的負担が大きいようだけど、濃霧が晴れない限りヒポグリフの支援は無いし大丈夫そうだな……
しかし、見た目は綺麗なのにセイレーンさんの無慈悲さは半端ない、怖いわー 海賊も恐れるのも納得。
※ついに遺跡要塞にも敵の先鋒がやって来た
いよいよ陸戦、でも遺跡要塞なら貴重な航空戦力のヒポグリフを投入しないし、手筈ではギリギリまで引き込んで隔壁操作で分断、弩の射程以上の直線で銃撃等、色々作戦があったな。
そんな時に要塞司令部の女性オペレーターが訪ねて来た。
「涼太総司令、ガルド要塞司令が総司令に秘密で現場に行かせろと…… 少し前に廁と偽って脱走しようと試みました、確かに我々でも隔壁操作と指示は可能なのですが、流石に要塞司令の職務放棄は後々不味いと思いまして、恥ずかしながら相談に……」
そう言えば…… ベルタ都市連合王国の義勇兵に身分の高い子女が多かった、損害は勝っても負けても後々の外交で支障になる、学識の高さを理由に要塞司令部付きにしたな……
若い女性ばかりの司令部に妻子持ちのガルドが一人、戦闘より苦手そうだ。
「あー 総司令部の誰かの指示としてほしいのだが、アルプの義勇兵にポルト、ビル、ルビルという若い兵士がいる、その者達をガルド司令の補佐兼監視に即時任命する、ガルドが職務放棄した場合、その者達が鞭打ち100回の刑に処されると伝えてくれ」
気功があろうとあの位の子供に鞭打ち100回は死を意味する、鞭と言ってもサーカスに出てくるような温い物ではない、実際には執行しないがガルドはあの子達が実は年齢詐称で子供だと知っている、ガルドは子供が酷い目に合う事に耐えられない、それに世話係があの子達なら少しは気が楽になるだろう。
「鞭打ち100回は余りにも…… ガルド司令は大人しくしてくれますでしょうか?」
「ここだけの話だが…… ガルドが職務放棄しても流石に刑は実行しない、ただの脅しだ、そして今名前をあげた者は成人したばかりのほぼ子供、ガルドは放棄しないよ、それに世話は3人にさせてくれ、ガルドは女性の多い職場に成れていないのが理由だ」
奥さんに後ろめたいとは言わないでやるよ。
「なるほど! 直ちに手配いたします!」
それから少し後、ガルドは大人しくなったらしいが、要塞司令部から引っ切り無しに特に重要ではない報告が来るようになりました、部下を使って仕返しするなよ……
まあ、それ以外では要塞は実に順調、まだ直線コースにたどり着いた者はいないらしい、現在使用した罠はウィンディーとシャープルによる消火管の放水と空調管からヘルの使徒による氷点下の冷気のみ、恐らくだが低体温症により次々に外に運び出されている。
閉鎖空間で天然火山性有毒ガスや二酸化炭素放出の案もあった、だが条約違反では無いが女神様が技術伝播の可能性ありと禁止、というか防衛協力は調査協力の報酬、だからこれ以上良心を痛めつける行為を俺にさせない為の配慮だと思う。
まあ、配慮は嬉しいですけど…… 俺がガスで殺すと本気で思っているなら誤解です! 狙いは死なない程度の被害を与え、早めに敵魔法薬の備蓄を減らし治療術士を疲弊させ、戦えないけど面倒を見ないといけない戦傷者を増やすのが目的なんです!
まあ、まだまだ手札は在る、でも罠は対策される物、よく考えて手札を切る必要がある、上手くいけば被害者の惨状や何時無くなるとも分からない手札、それで相手の士気を崩せるかもしれない。
取り敢えず海峡と要塞は大丈夫そうだ、本格的に山岳ルートに攻め入られてからが本番だな、一カ所では怪しいので教えた山岳ルートは二つ、高い山の間を縫うかの様に進む本命ルート、もう一方は北の沿岸にある進軍には不向きなルート。
本命の方は4列縦隊程度で進軍できるが、ダミーの方は海から上陸する必要が有る上に岩礁が多くて上陸地点が狭い、更に地震か何かで出来た岩山の亀裂が雨や風や雪の浸食で出来たと思われる狭い崖の間。
人ひとりが進めればいい方だし、崖の上にも万一の為に一個小隊を見張りに付けてある、偵察隊か特殊工作隊を送り込んで来ても、銃撃、落石、水攻めで追い払う仕掛けだ、特殊工作隊が釣れれば精鋭の筈なので美味しいが、まあ先ず無いな。
※いよいよ山岳ルートにも本隊がやって来た
「ローザ首相、いよいよ敵本隊約2万5千が山岳経路にやってきました、海軍は以前報告した通り硬直状態、遺跡要塞方面は敵兵7千が張り付いていますが助攻でしょう、これより総司令本部を山岳に移したいのですがご許可を頂けますか?」
流石に本隊ともなれば報告ではなく直接視認したい、海軍は敏明さんの方が専門だし離れすぎて援護も難しいので完全に任せた方が良いだろう。
「はい、許可します、元々全権を委任していますけどね、それに私達だけならとっくに負けていますよ、和平交渉や降伏の判断もお任せします、ですが責任は全て私が取りますのでご安心を」
「いや、停戦や部隊単位の降伏は分りますが、和平交渉までとなると流石に不味いかと……」
「いえ、シュミル同朋国自体の降伏も含めてです、涼太さんには最悪の保険として自治区の約束まで取り付けて頂いたのですよ? それに恥ずかしながら私は首相としてまだまだ未熟です、ですから涼太さんの判断に任せます、ですが私は責任から逃れる気は御座いません、戦後処理は私が行います、もし私の首を所望されても遠慮は要りません」
流石にそれは承服出来ない、降伏時期は仕方ない、だが和平交渉となればこの国に住む人達、その代表で無ければならない、彼らが住み生きていく国なんだぞ!
「軍務に置いては約束通り最善を尽くします、ですが! 和平交渉となればその条件は貴方が納得する物でなければなりません! ……大声をあげた事を謝罪します、降伏の時期なら見分けます、自治区の処遇は相手しだい、ですが和平交渉は別です、貴方達がどんな自由と暮らしを望んでこの場所を探したか、人間でよそ者の私には分らないし決めていい事では有りません……」
「ならば私も大声で宣言します! 涼太さんは私達にとって既によそ者では有りません! 私達を助け理解してくれる立派な同胞です! ……大声で御免なさい、私達はずっと貴方を見てきました、私を筆頭にこの国の者は貴方を信じちゃった、涼太さん、また無茶を押しつけてごめんね……」
俺は余りの発言に茫然自失してしまった、その間に俺に差し出された書類の山、議会の委任状、市長や村長や職人達の代表の署名、その他迫害部族や軍各部署の同意書……
「ローザさん、こんな物を集めていたのですか? 私が不本意な条約を締結してしまったら貴方の立場が……」
「違います、如何すべきかとは議題に上げましたが、これは合意又は自主的に提出された物です、ご心配なく、それに国民が貴方の判断に任せたいと望んでいます、首相として貴方に交渉の全権を任せます」
俺が同朋…… くっそ! 断れないじゃないか! ……信頼してくれて有難う。
「は! シュミル同朋国臨時総司令大仲涼太! 国民の為に最善を尽くすと約束します!」
※首相面会後、司令部引っ越し準備
まいったな…… ミディアには危険な事はしないと約束してしまったのに、俺は命に代えてでも和平交渉に持ち込み、この国の人が幸せに暮らせる条件を引き出したくなってしまった、ミディアには前言撤回の変節漢と愛想を尽かされるな……
司令部要員と機材は先に出発、俺も窓花と共に装甲車に乗り込もうとしたのだが。
ミディア、モグ、マーニャ、ピナ、スヴァン、アクセル、幼女ヴィビルが乗っていた。
「涼太ゴメン! あたし達ローザさんから引っ越しの連絡を受けてね、任務放棄して準備中にこっそり乗り込んじゃった」
車載工場は取り外して生産施設に移設した分、大量の武器弾薬と居住区が拡張されていた、設備的にももう指揮車両並み、みんな同類か。
「参集ご苦労、命令前だが次の戦場では皆が必要と思っていたところだ、よろしく頼む、ただ、ヴィビル義姉さんは参戦しないで下さいね」
「グゥ…… 分った! じゃが竜議員がいれば、何時どんな場所でも直ぐに正式な和平交渉に移れるからな! 決して我をのけ者にしない様に!」
ヴィビルを認めた後直ぐに巫女長、副巫女長も乗り込んできた。
「それじゃあ、これから行くのは主戦場だ、皆! 気を抜くなよ!」
「「「「「おう!」」」」」
結局俺は、皆一緒の方が安心で楽しい。
※日本某所
「儂も何か出来んかのぅ…… あぁ、もやもやするのじゃ! 助けに行きたいのじゃ!」
「……探女……何時でも助けに……行けるように……アレスに行っても……いいよ?……もう……堂々と玄関……入れるから……風の占い……不要……必要な物は……連絡して……」
「いくらは入れると言っても儂とて簡単に人界へは行けん…… じゃが、玄関前で即応待機! 金屋子、後は頼む、行って来るのじゃ――――――」
最後までお読みいただき有難う御座います。
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