ストックホルム症候群
数ヶ月に及ぶ彼女との生活は、ケインの精神にある変化をもたらしていた。口では冷酷なことを言っていても、食事の用意をし、テントの張り方を自分に教え、知識を身に付ける為のテキストを与え、仮設トイレを毎回丁寧に洗浄し、危険な動物を駆除してくれる彼女に対して、むやみに反抗的な目を向けるだけではなくなっていた。
もちろん慣れ合うわけではない。殆ど口もきかない。ただ、夜中にふと目が覚めたりした時に彼女の姿が見えなかったりすると、それを確認するまで眠れなかったりすることもあったのだった。
それが、ストックホルム症候群などと呼ばれる反応なのかどうかは、詳細に調べてみないと分からないだろう。ただ、少なくともこの時のケインが彼女を単に憎んだり恨んだりしているだけではなかったのは間違いないと思われた。
そんなケインを車に残し、エレクシアYM10は狙撃の為のポジションを探そうと森の中を歩いていた。だがその時、彼女のセンサーが異変を察知する。対物センサーの反応だった。木の幹に、対物センサーが設置されていたのだ。
「くそっ!!」
気付いた時には遅かった。集落から赤い光が発振されているのが見えた。レーザーだ。それも、誘導用の。エレクシアYM10は対ランドギアライフルを放り出して走った。しかしレーザーは確実に自分に向けて発振されていた。集落の中で火花が上がり、何かが凄まじい速度で迫る。小型のミサイルだった。まさかミサイルまで装備しているところがあるとは。
バガーン!と、激しい爆発音が空気を叩いた。それはケインの耳にも届き、
「エレクシア!?」
と彼は思わず声を上げていた。呆然と爆抜音のした方を見つめる。
彼は待った。込み上げてくる不安を無視するように黙って待った。すると十分くらいして、森の中で何かが動くのが見えた。
「エレクシア!」
エレクシアYM10だった。だがその姿は、ボディーは傷だらけで、右腕を失い、顔の右側半分を失い、足も引きずって辛うじて歩いているそれであった。それでも彼女は自分で歩いて車まで戻り、運転席に乗り込んだ。ケインも助手席に乗り、彼女を見た。
「あ~…こういうのを人間はヘマって言うんだろうな……どのみちもう、この体じゃ続けられないし、これで終わりだよ……
お前の面倒も見られない。今から奴らのところにお前を連れて行く。ここでお別れだ…」
残った左半分だけで苦笑いを浮かべ、エレクシアYM10はそう言った。だがケインは彼女を真っ直ぐに見詰めたまま首を横に振ったのだった。
「何言ってんだ。お前は姉さんを殺して俺を誘拐した凶悪犯だぞ。今度は俺がお前に復讐する番だ。それが終わるまで、俺は絶対にお前を逃がさないからな」




