サーシャ
その少女は、生身の人間だった。年齢は十歳くらいだろうか。CLSウイルスに感染しても発症しない、不顕性感染者だった。
十歳くらいということは、あの惨劇があった時にはまだ生まれたばかりだった筈だ。それが今日まで生き延びたというのは、その少女が不顕性感染者であるという以上に奇跡であると言えるかもしれない。もっとも、デイジーFS505の存在がその奇跡を演出したのだろうが。
メイトギアには、乳幼児の世話をする機能もある。と言うより非常に大きな売りの一つだっただろう。
メイトギアが開発された経緯として、高齢者の介護と育児の補助という、二つの大きな柱があった。高齢者の介護の負担を減らし、また、出産直後の産後クライシスと呼ばれる状況を始めとした育児の負担を減らすことを主な目的に開発が進められたのである。だからメイトギアにとっては赤ん坊の世話は本来の機能だったのだ。メイトギアがこれほどまでに人間に似せて作られているのも、人間の表情を高度に再現できるのも、それが大きな理由である。高齢者や赤ん坊に無理なく受け入れてもらえることが元々の狙いだったのだ。
だからデイジーFS505も、あの惨劇の最中に生まれた赤ん坊を保護し続けてきたのである。
悪質な業者による強引なデータの抜き取りを拒み、デイジーFS505は業者の隙を見て保管されていた倉庫を脱出、機能異常を抱えつつも野良ロボット状態で彷徨っていた時にパンデミックが発生、その時たまたま立ち寄った産院で母子に遭遇、CLSを発症し我が子に食らいつこうとした母親から赤ん坊を守ったのだった。
赤ん坊の名はサーシャ。その日以来、デイジーFS505とサーシャは共に生きてきたのだ。
幸い、物資はいくらでも手に入った。非常事態下で赤ん坊の命を守るという条件により、ドラッグストアで必要なものは手に入れられた。通常はロボットには窃盗などできないが、赤ん坊の命が優先されたということだ。ただし、あくまで緊急時にやむなく借用したということであって、その内容はデータとしてデイジーFS505自身に記録され、異常事態が回復した後にはそれを清算する必要があったのだが。
しかし、異常な事態は解消されず、当然、現時点まで清算も行われていない。もっとも、それが行われることは永久にないと思われる。
「夕食の時間です。準備に取り掛かります」
不意にデイジーFS505がそう声を上げ、自分に体を預けて眠る少女を見た。
「ん、う~ん、ごはん…? 分かったぁ」
少女は寝ぼけた感じで目をこすり、それからフワッと笑顔を浮かべた。
とても柔らかくて、愛らしい笑顔であった。




