02~湊side~
僕は、寮を出て校門へと向かう。
桜吹雪の舞う中、2年前の3月のことを思い出す。
「うん。これでいいかな…」
脚立から降りて、正面玄関を前にし、僕は見上げる。
辺りは太陽が眠りにつこうと眩しい光を放つ。
僕は垂れた髪を右耳にかけながら
(…4月から受験生かぁ…)
西日に目を細め
心で呟く。
明日は、3年生の卒業式。
そのための飾り付けを、生徒会の僕は率先して行っていたのだが…
「…ちょっといいか…」
ふいに、後ろから声をかけられる。
「ぇ?」
振り返ると、そこに立っていたのは
思いもよらない人物だった。
「話が…あるんだ…」
夕日をバックに右耳のピアスを光らせて
僕を捉えるのは
明日この学校から巣立つ一番の問題児。
だから勿論名前を知っていて…
「日向…先輩…?」
僕は、自分の視線より少しだけ高い彼に問いかける。
が。
「……」
彼は目を丸くして黙り込む。
「…あの?」
「…ぁ…名前知ってることに感動した」
照れくさそうに彼は頬を掻く。
その表情は普段、とても問題児と言われる彼の表情ではなくて…。
「…っ…」
誰も彼のこの表情を見たことがないのかな?
なんて、考えるとなんだか僕まで気恥ずかしくなる。
「ぁ…あのよ…」
「…は、はい」
「その……コレ……なんだけどよ…」
と言って彼の掌から小さな包み紙を渡される。
彼の指や、手の甲には幾つかの傷。
毎度のことではあるが
他校の生徒と喧嘩でもしたんだろうか…
その手のひらにのる包み紙を受け取り
「…開けてもいいですか?」
問いかけると
コクリと頷いて
「見かけるたび、髪が邪魔そうだと思ったからよ」
そっぽを向いてしまう。
包み紙の中は
(ぅわぁ…)
余りにも幼稚的で趣味の悪い。
そして不恰好なシュシュだった。
顔に出てしまっていたのだろう
「…やっぱり…迷惑?」
問題児は済まなそうな顔をして説明する。
「迷惑…というよりもコレ開けてよかったんですか?」
「は?」
「ぇ?僕を経由して渡したい子がいたんじゃ無いんですか?」
質問する僕に
「なんでだよっ!」
鋭いツッコミが入る。
「ぇ?シュシュだし、女性にあげるのかなって…」
「だぁっ!!違うっ!髪が…見かけるたびに毎度毎度邪魔そうに見えたから作ったんだっ!」
彼は僕の答えに全力で否定する。
そこでまたもや僕に疑問が浮かび上がる。
「ぇ…あの…作った?」
コレを…?
問題だらけの先輩が…?
「悪いかよ…」
照れ臭そうに少しいじけた顔をしてそっぽを向く。
その姿はまるで小さな子供。
可愛い一面を見て僕は、
「ふふっ」
声を出して笑う。
「なんだよ…」
「いえ。これ僕になんですね。嬉しいです」
そう言って僕は肩までかかる髪を束ねる。
「使ってくれるのか?」
なんて聞いてくる。
「ぇ?僕にくれたんですよね?」
「…おう」
束ね終えた僕は
「どうです?これで僕の髪スッキリしました?」
クルッとその場で一回転してみせる。
すると何を思ったか陽向先輩は
「だめだ…可愛いすぎかよ」
呟いて、結ぶには長さの足りていない僕の髪を耳に掛ける。
丁寧に触れられた僕の耳は燃えるように熱くなって…
「…っ…⁉︎」
ビックリして僕は俯いてしまう。
そんな僕に、絞り出すような声で
「実は…ずっと好きだったんだ」
突然の告白をされる。
「へ?」
「…ぁっ…悪い。迷惑な気持ちなのは分かってるんだ…俺、男だし…。明日で中学最後だと思ったら悔いを残したくなくて…」
自分勝手だよな。
と付け足して、先輩は俯く。
その、姿はまるで捨て猫のようで、
いたたまれない僕は
「…か…考えさせてくれます?」
咄嗟に言葉が出ていた。
この答えに今度は先輩が、
「…は?」
ぽかんと口を開く。
「ぁ…いえ…なんだかもっと先輩のこと知りたいなって思って……」
ボソボソと呟くと
「それは…脈ありってことか⁉︎」
ガッと僕の肩を掴む。
(端から見たら、この光景はまるでカツアゲされていると勘違いするかもしれないな)
なんて僕は呑気に考える。
そんな僕に、先輩はギュウッと小さな紙切れを握らせる。
「俺!そこに書いた高校に行くんだっ!」
「…そう…なんですね」
紙切れには確かに少し乱雑な文字で高校名が記載されていて…
「もし、俺でいいって思えたら…俺のこと追いかけてきてよ」
八重歯を見せ、先輩は笑う。
「ぇ?でもそしたら、2年後ですよ?」
「いーの!2年くらい待てるし…それにゆっくりキチンと答え出して欲しいしなっ」
「もし…僕が追いかけて来なかったら?」
僕は意地悪な質問をする。
「ぅ…ぅうーん…湊がそれならそれで仕方ないかなって思う」
言葉とは裏腹に、日向先輩は複雑な顔をする。
でもそれよりも、
「どうして僕の名を知っているんですか?」
「そりゃあ…好きなヤツの名前ぐらい知ってるさ」
その返答を聞いて僕は、
「…じゃあ…こうしましょう」
一つ提案することにした。
「…何?」
「この2年で他に好きな人が現れたら…僕のことはいいんで必ずその方と付き合ってくださいね」
「湊も…自分が幸せになれるって奴が現れるならそうしろよ」
「わかりました。じゃあ、約束…ですね?」
僕は小指を差し出すと自然と先輩が小指に小指を絡めてくる。
「じゃ、2年後な」
「ですね。でも、その前にちゃんと明日の卒業式出席してくださいね」
「それも約束する」
そんな、小さな約束をした、僕たちの
淡い淡い思い出はいったいこれからどうなるんだろう。
気づけば頬を緩めながら校門前まで歩んでいた僕は
(追いかけてきたんだ…せめて…友人にはなれますように)
祈りを一つ込めて僕は晴南第三高等学校の門をくぐった。