21 ――アッゴォォォォォォォォォォォォォォ!?
★★★
次々と上から降ってくる敵を殺し、それを踏み台にしてどんどん上昇していく蓮雄とヘル。ようやく船へと着きそうになり、手を伸ばした直後。何者かに下から服を引っ張られ、ものすごい高いところから、地面に叩きつけられる。
その数秒後にヘルも地面に叩きつけられる。
起き上がり上を見るのと同時に、上から何者かが着地してきた。ドゴン!という大きい音と、砂煙を撒き散らす。
その男の容姿は酷いもんだ。うん。笑えてくるよこれ。
うん言おうか。
――アッゴォォォォォォォォォォォォォォ!?
ものすごいアゴの長さで地面に突き刺さっている。というかアレ……浮いてね?浮いてるよねあれ。ドラえもんの10倍ぐらい浮いてるよな。アゴが長すぎて浮いてるよなアレ。
「あのバカげたアゴをしているヤツはなんだ?ふざけてるのか?」
「うん失礼だと思うからやめてあげよう。しょうがないでしょ、アレは遺伝というものかもしれないし、もしかしたらファッションかもしれないから」
「あぁ貴様が言う通り、ユーモアのあるファッションなんだろうな……でも長くはないか?」
「確かになげーよな……触ってみたいな」
「貴様、それも失礼ではないのか?」
「あぁ、失礼だった……」
「それにしても……長くないか?」
「だから失礼って言ってるだろ!?」
「あなた達両方とも失礼でしょ!!!」
と、男っぽい女の声が聞こえてきた。その声の主は、目の前のアゴ長おじさんだ。
……やっぱアゴに目がいっちゃうね。うん。
ていうか……まさか……この人って……
「オネェェェェェェェェェェェェ!?」
思わず声が出てしまう。いや……口調とかさ、その声のトーンとか完璧オネェだよ。この人アゴ長オネェだよ!?
「あら?私はオネェではないわ?完全なレディよ――ってあなた達どこに行くつもりなの!?」
いつの間にかこちらに背を向けて向こうに歩き出していた。
【いや、関わりたくないんで。気持ち悪いんで。オネェキャラとかいらねぇーし。というかアゴ長すぎ。吐き気するわ】
「なんでそんな長い文が見事にハモるのよ!?」
【なんでそんな長いアゴなのよ!?】
「うっせーわ!どんだけアゴをイジりたいのよ!」
ズルズル。
「そこまで引くことなくない!?」
【いや、そんな下ネタの塊の放送規制が入る汚物なんて触りたくないんで】
「イジるの意味がちげぇぇ!触る方のいじるじゃないわよ!言葉のほうよ!」
【……ちっ】
「さっきからあなた達なんなの!?なんでそんなハモるの!?てか蓮雄ちゃんあなたツッコミポジションでしょ!?何ニューヘル女王とボケポジションにいんのよ!?」
「おい貴様が向かっているのは私だ」
「俺はこっちだよ」
それぞれが自分を指さす。
「え!?入れ替わってるんじゃないの!?」
【いや、コンピュータウイルスのおかげで、この異世界にいる時だけ元の姿に戻れ――】
2人の体が淡く光り出す。
数秒光ったあと、光が消えるとそれぞれの体が元に戻っていた。
元に戻ったと言っても、蓮雄はヘルの体、ヘルは蓮雄の体という意味だ。魂が入れかわることはない。
「な……!」
「なぜ戻った……?」
「ふふふ……遅かったわね?もうコンピュータウイルスは、完全に消滅したわよ?」
【な……!】
つまり、『コンピュータウイルス』というもの自体が消えたということ。どの異世界にも存在しず、これからも感染することのなくなった。普通なら喜び、歓声をあげるところだが、2人は違った。
根村亜透。彼女はコンピュータウイルスだ。コンピュータウイルスが人となった存在。だが、悪い存在ではなかった。俺達を助け、俺達と笑い、バカやってた存在。まぁ俺は常識的にツッコミしてるだけですけれども。根村亜透はコンピュータウイルスという、悪のウイルスの1部のはずなのに、全くその『悪』という感じではなかった。どちらかと言えば、『善』に近い。それに、コンピュータウイルスを救って欲しいみたいな言い方をしていたような……こともあった。蓮雄にとっては、もう1人の妹。ヘルにとっては可愛らしい女の子。その子が消えたのだ。
だから、私は決して許さない。
私は絶対にこのアゴ男をぶっ殺す。
「まぁそんなことはいいとして……自己紹介でもしちゃおうかしら」
正直どうでもよかった。
そんなことより、早くこいつを、アゴをぶっ殺したい。ヘルにはその考え歯科頭になかった。
「私は〈鷹蛇狼〉大佐ノア・ボゴワットよ」
「略して『アゴット』か」
「何変な略し方してんのよ!?ベジ★トみたいに言ってんじゃないわよ!スーパーアゴ人じゃないのよ!?」
「違った!?」
「違うわ!」
こんな風に蓮雄はコンピュータウイルスなんて微塵も思っていないのだろう。ヘルは眉間にシワを寄せて見ていた。どうせ蓮雄はそういう男だ。自分に正直に生きている。嘘も(たまに)つかず、自分が守ると決めた者以外はどうでもいいと考えている男なのだ。
ヘルはわかっている。蓮雄が自分を守ると決めたことを。しかし、ヘルはそれに応えることができない。いや、応えてはならない。その時が来るまでは。
まぁ今はそんなことを考えていてもしょうがない。それよりも、今は怒りの方が上だ。まぁまだまだいろいろあるのだが。
「さて、そこを通してもらおうか?」
「そんなので通すと思うかしら?」
ヘルが近づいてきて、耳元で囁く。
――さっさとあのクソ女をぶっ殺してこい。
あのクソ女。蓮雄はメーリスと解釈した。つまり、ここは自分に任せて先に行け、とかいうやつだ。ニコラス王国編のデパートの時とは逆である。だが、そんなことはできない。このおと――オネェは只者ではない。ヘルを信用しているわけではないのだが、ただ心配なのだ。守らなければならないのに、ここに放っていくのは俺にはできない。また失うのはごめんだ。蓮雄はこう囁く。
――すまねぇが俺はお前と離れるつもりはない。例えお前が悪の帝王に連れ去られたとしても俺は助けに行く。
ヘルは鼻で笑った。
「それを聞いて安心した」
「なら――」
「ならここは私に任せるべきだ」
「お前さっきの話きい――」
「うるせぇぇぇぇぇぇえ!」
ドカーーーーーーーン!
と蓮雄が大砲の弾の如く〈異賊暴〉〈神炎〉船に向かって飛んでいく。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
蓮雄の声が響き渡る。
ヘルが蹴り飛ばしたのだ。ワァオ。
飛んでいく蓮雄を見逃すノアではない。
重心を後ろにして、足をついてアゴを浮かし、魔法『跳躍』をアゴにかけて、アゴでジャンプしてアゴを振り回しながら蓮雄に向かう。エグイエグイエグイ!
ただ、それを見逃すヘルでもない。
その振り回っているアゴをタイミングよく両手で掴む。
振り上げて、振り下ろす。ノアは背中から地面に叩きつけられた。
蓮雄とヘルの目が合う。その時、ヘルが何かを言った。声は聞こえるはずもない。だが、なんとなく口の形でわかった。
――絶対死ぬなよ。
と。
それはまるで、姉が弟にかける言葉のように、力強く、そして優しかった。
ヘルはそう(?)言うと、ノアのところに降りていった。
もうここはヘルを信じるしかない。いや、俺はヘルを守るためにメーリスのところに向かう。そして、ヘルを守るためにこの異世界を救う。別にこの異世界を救いたい訳では無い。そんなことよりも、俺を救って欲しい。なぜか?ハハッ笑わせないでよ〜!
……
「体が入れ替わってるのと、理由もわからず命が狙われてるからに、決まってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思わず声に漏れてしまう。
その怒り(?)もあってか、向かってくる敵を殺していく。向かうのはメーリスのところだ。それ以外の奴らは……
「さっさとママのところに帰りやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
周りの敵は、「この人頭大丈夫かな?」とか言ってるけど気にしない。自分で言って恥ずかしかったけど気にしない。うん、オレキニシナーイ。
声が女っぽくて困る。ほんと、女の声で男喋りするとヤンキーに聞こえる。あの、何だったっけ?名前。あのー、アイツ。ア……そう、アゴット(ノア)!アゴットがいい例だ。ん?あいつは逆のいい例。男が女っぽいしゃべり方をする方ね。
って考えるとヘルって元々口調が男っぽいから、いいか。うん。気にせず下ネタも言えるぜ。
★★★
一旦退避した紀人は、ある人物に出会ってしまった。あんまり会いたくない相手。
その人物とは、神である。いや、本当は神ではなく本名(ほとんどの人が本名を知らないという)も違うのだが、その圧倒的なる力ゆえ、神と呼ばれ恐れられている。別に大魔王でもいい気がするのだが。
うまくいけば紀人でも勝てるかもしれないが、今はそんな勇気も力もない。ただ、言う事を聞くことしかできない。
前に一度だけ、神から命令を貰ったことがあったが、結構辛かった。難しい仕事だった。
だから、今回も何か命令が下るのではないか、と思っていた。
「やぁ久しぶり紀人」
「久しぶりです」
軽く挨拶。
「どうだい調子は」
「まぁ……」
見ればわかるだろ。
体は少し傷ついてるし、胸からは血が出ている。どう考えても重傷者だろ。
まぁそんなことは言えず。
「それより、先程コンピュータウイルスが消滅したんですが、それはあなたが?」
紀人が『神』と呼ばないのは、認めてもいないし、『神』という単語が嫌いだからである。
「あー本当はこのリヴェルトンがやってくれたんだけどね」
リヴェルトンのことも一応は知っている。ニコラス王国からバグ・レオンに追い出されたやつ、と。
神の言葉の『本当は』という意味がよくわからなかった。
「なぜでしょうか?そこまで支障になっているわけではないのですが」
「いやなってるよ。確かに〈異賊暴〉や〈鷹蛇狼〉や〈浄土空宗〉や〈狼人〉達には支障はない。けど、あの子達には邪魔なんだよね」
あの子。ようは、バグ・レオンやその仲間のことである。
「あのままじゃ、面白くない」
「……そういえば、自分に何か用があったのでは?」
「いや、何にもないよ……ただ、これからもっと楽しいことがいっぱい起こるから、紀人も気をつけなね」
「は、はい……」
神が、自分個人を注意しにきた。つまり、そういうことだ。
神はそう言って背を向けて歩いていく。
これからもっと面白いこと、か。
――へぇ〜楽しみにしとくよ〜。
どうやら、こういうところは紀人と神は似ているようだ。




