20 ――所詮、こやつの手下
★★★
「やぁ久しぶり……紀亜」
「グゥルル」
今の紀亜に喋っても無駄だとわかっているのだが、なんとなく兄として言ってみたかったのだ。
紀亜の目の前に立っている人物は、紀亜の兄だ。
目は笑い、口も笑う。これが紀亜の兄の普通の顔だ。にこやかな顔とは違い、雰囲気はまさしく『狼』。いや、この男の場合『ハイエナ』の方が妥当かもしれない。分厚いマントに身を隠し、白い手袋をし、ネコ耳はカウボーイハットで隠している。まるで、『三銃士』の『アトス』のようだ。ただ、剣は持っていない。
その時、ドゴン!という音が聞こえてきた。
見ると、ナンが〈異賊暴〉第1使徒〈神炎〉少佐エル・モダトに押しつぶされているのが見えた。
これは2回目だ。どうやら、念のためにとやったらしい。
誰もが死んだと思っているだろう。紀亜もそうだ。
だが、男は違う。ナンは死んでいない、と確証をしている。その為か、その光景を見ることなく、紀亜を見ている。
その一方紀亜はナンを凝視している。
紀亜は知性と理性をほとんど飛んでいる。まぁぶっ壊れているからね。だが、決してなくならないのは『ナンへの感情』。『怒り』『悲しみ』『嬉しさ』『心配』などと言った感情は決して消えない。それは、ナンも同じであって『紀亜への感情』は決してなくなることはない。
だから今、紀亜には『怒り』『悲しみ』の感情が溢れかえっているだろう。その『怒り』の矛先は無論、モダトに向いている。
その『殺意』という感情は、脳というものがある限り、決してなくなることない『感情』。どう改造したってなくならない。機械にだってありえる。それに、紀亜はそういう風になっている。なってしまった、の方が妥当か。
紀亜には今、モダト以外の獲物には関心を持ってなどいない。相手にすらしない。というより、目に入らない。
まぁこうなることはわかっていたのだが、正直困る。こうなってしまっては、俺がどんだけ攻撃しようが反撃してこないだろう。まぁ見ていて面白いからいいのだが。
紀亜の4本の足は自然とモダトに向かっていた。
1回目に押しつぶした時は、紀亜は見ていなかった。だから、これが2回目だとは知らない。
ゆっくりと紀亜はモダトに近づいていく。
モダトはそれに気づいたのか、平然と向かってくる紀亜を待ち構えていた。
――所詮、こやつの手下。ぬしも全然でごわすだろう。
そう考えでいられるのはまだ紀亜のことを知らないからである。
壊れた紀亜を嬉しそうに見る兄。そこには『心配』とかなどという『妹思い』という感情はない。
紀亜は、モダトと数メートルの距離のところで立ち止まる。
「グゥルル」と「ごわす」が重なる。
ナンは顔と足だけ地面から出たままだ。動く気配はない。
紀亜がモダトに飛びつく。
肩を噛み砕こうとするが、なぜか噛み砕けない。
そうこうしているうちに、腹に1発喰らわされ、大きく飛ばされる。
モダトは紀亜の上にのしかかろうと、大きくジャンプして紀亜を地面に叩きつけようとした。が、瞬間的に紀亜が避けた。
モダトは地面に着地した。
横数mのところに紀亜も綺麗に着地する。
紀亜とモダトが向き合った、その瞬間。
モダトの顔が異常な形になって、ロンドのところに体がグルグル回転しながら飛んでいった。
素手で吹き飛ばしたのは間違いなく紀亜の兄――紀人だ。
紀人は相変わらずニコニコしている。
剣でも『狼』の牙でも揺るがなかった肉体が、ただの素手だけでこうするなんて、どんな腕力をしているのだろうか。
「あー面白くない……こいつゴミすぎて相手にならないからさ」
「グゥルル」
「んー……本当は普通の紀亜と喋りたかったけど、まぁこっちの方が面白いからいいか」
何が面白いのだろうか。
紀人的にもっと楽しませてくれる戦闘をしてくれるとありがたいのだが、そうになりそうにないので、時間の無駄になるんで、どかした、というわけだ。
先程までは紀亜の戦闘を見るのが楽しみだったのだが、今は紀亜と戦闘をする方が楽しみになっていた。まぁ結果的にはわかってるのだが。
「ところでナン?いつまで死体のふりをしてるの?本当に殺しちゃうけどいい?」
「あーやっぱり紀人にはバレてたかー」
先程まで死体化としていたナンがゆっくりと立ち上がった。
「だってお前はバカだからね」
「ところで……紀亜をこんな風にしたのはお前かなー?」
「いや、俺ではなくモダトが君を殺したからこうなったんだよね。お前が原因だよ」
「あちゃー死んだふりはこのバカ紀亜には通用しなかったかー」
実際、通用すると思っていたので、こんなことになるとは予想もしていなかった。
「……っで?そのモダトはー?」
「あーさっき俺が殴り飛ばした」
「わぁさすがー。俺の銃弾と剣でもビクともしない肉体を拳1つでとはねー……どっかのアニメパクってんじゃないよー、それはさすがにダメだってー、あっちは日傘がなんちゃらーみたいな感じに設定似せたらアウトだよー?」
「つ、つくづくうるせぇやつだな……」
「いや、ほんとにパクリはダメだよー?著作権なんちゃらで捕まっちゃうよー。まぁお前は処刑なんてされないからなー……脱獄しちゃうからさー」
「パクリって言うならお前もそのアニメのキャラパクってるじゃん。みんな剣なのにお前だけ銃とかマジパクリ」
「言っておくけど、俺の銃には剣が付いてるからー。永遠に撃ち続けれるからー」
「うんもうおふざけはこの辺にしとけよ?」
「そっちもなー」
2人の雰囲気が変わった。
紀亜は未だに状況が読めず、ナンを凝視している。
それに気づいたナンはニヤリと笑った。
「おい紀亜ー。お前はさっさとレオンを助けに行ってこいー」
「グゥルル」
「ちっ……」
そう舌打ちをしてナンは銃口を紀亜に向ける。
紀人はそれを見て見ぬふりをしている。いや、どうなるのか興味があるだけなのかもしれない。
銃口から紀亜に向かって1発、灰色の銃弾が飛び出す。その銃弾は紀亜の額のど真ん中に命中した。
「ふ〜ん……」
その行動に驚いているのか、目を開いて笑っている。
銃弾の反動で紀亜の体が後ろに倒れ込む。
普通の人、普通の銃弾なら即死だ。血がジワジワと溢れ出てもおかしくはない。だが、紀亜の額から血がジワジワと溢れ出ることはなかった。どんどんと、その傷口が閉じていく。
紀亜は死んでなどいない。殺したわけでもない。元に戻しただけだ。
「わぁーすごい銃弾だね」
「逆にこの銃弾が見えるほうがすごいと思うがー……」
通常、この銃弾を見ることはできない。いや、どんな銃弾でもそうだ。
異世界No.2地球の武器は高精度に出来ている。特に、軍事用武器なんて異世界連邦の中では最強クラスの武器だ。銃は、地球から始まって全ての異世界に広まったわけであり、どの異世界も高く評価をしている。無論、ナンの使っている銃も地球製だ。だが、今の地球に永遠に撃ち続けれる銃など存在しない。ましてや、銃から剣が出てくるなどもってもほかだ。では、なんなのか?それには、異世界No.2地球には存在しない『魔法』という力が関わってくる。純粋な武器では地球は最強クラスだ。純粋な、では。でも、そこに『魔法』という力が加わってくるとまた違う。ナンの銃には、物質生産魔法『銃再』と速度変換魔法と物質硬化魔法『強度』と物質硬化魔法『反動』がすべて埋め込まれている。
物質生産魔法『銃再』。この魔法は、銃ではなく銃弾を生産する魔法。生産、と言えば語弊があるかもしれない。生産ではなく、再生のほうが似合うかもしれない。この魔法は、1度設定した銃弾を永遠と再生しまくるものだ。つまり、作っているのではなく、再現をしているのだ。
速度変換魔法。これは、この銃で2箇所使われている。1箇所目は『銃再』に。銃弾の再生速度を上げている。その為0.00001秒とかいう異次元の速度で再生ができるのだ。2箇所目は、その銃弾を飛ばす銃口のところに。そのまま、銃弾の飛んでいくスピードを上げているわけである。
物質硬化魔法『強度』。これは銃全体にかけられたものである。『銃再』で0.00001秒の速さで銃弾を飛ばせるので、連射をすることが可能になる。だが、通常、この銃は連射用ではなく、それに合わせた強度になっている。つまり、壊れる可能性があるということ。それを防ぐために、銃の『強度』を上げているのだ。
物質硬化魔法『反動』。これはその名の通り、『反動』を抑える魔法。銃全体を硬化し、反動が薄くなるようにする。これにより、連射で手を痛めることなく、連射が可能となる。
以上の魔法が加わっているため、地球よりも遥かに強い銃が誕生するわけである。他にも、工夫をすれば更なる銃が登場してくるだろう。
この速い銃弾が見えるということは、ほとんどの銃が紀人には通用しないという事になってしまう。
「いや、見えてなんていない。五感で感じているだけだよ」
「ほうー……」
五感。つまり、聴覚、嗅覚、触覚、視覚、味覚。この銃弾を感じるのに必要な五感は、聴覚、視覚ぐらいなものだろう。
そのナンの考えは否定させる。
「嗅覚だけで、ね」
「な……!」
嗅覚だけだと!?
「俺達は『狼』だ。視覚や聴覚がなくてもその分嗅覚が補ってくれる。というか、そもそも俺らは嗅覚というものが発達してるからね……お前らザコ共とは違うんだよ」
「……だがそのザコがなんで紀亜を撃ったのかわからないだろー?」
「……いや、わかるさ。……あの銃弾は紀亜の精神を落ち着かせるものだろう?」
「……」
「図星か……別にこれは五感や知識などがなくても、誰にでもわかるだろう。こんな敵を前にして壊れた仲間を撃つ理由などない。それに、お前は紀亜を殺せないから、答えは1つ。その壊れたのを治すため……つまり、紀亜を元に戻すために撃ったというわけ。こんなの楽勝楽勝」
「……まぁ合ってるなー……だが、1つ。1つ足りないものがある」
「足りないもの?」
「そう……」
そこで紀人は気づく。自分の胸から血がジワジワと溢れ出していることに。
「お前を撃つためにー……」
「な……!?」
慌てて抑える。
紀亜を治すなんてオマケでしかない。本命は、紀人を撃つこと。だが、面と向かって撃ってもよけられるのは今までに何度も思い知らされている。だから、工夫をした。紀亜を撃つ銃弾に気を向かせ、懐から出ている銃口に気を向かせないということ。紀亜を撃つなんてフェイクでしかない。そう、フェイクだ。
「甘いなー……敵を目の前にして、他事をする……それは死を意味する、ってお前が教えてくれたんじゃないかー。なぁーお兄ちゃんよぉー?」
ちょっと嫌味っぽく言ってみる。
「っ!て、てめぇぇぇぇ!」
「ふんー」
と、ナンがしゃがんだ。
その後ろから紀亜の拳が飛んでくる。
紀亜とナンは殺った!と思った。が、その紀亜の拳は紀人に受け止められた。
そして、紀人は拳を片手で握ったまま右手で腹にアッパーを決める。
ナンの反応は速かった。紀亜の拳が受け止められるのと同時に銃から剣を出し、下半身を襲う。が、その剣を足で受け止められた。紀人の足に深く刺さる。
アッパーされた紀亜がナンの上に落ちてくる。それと同時に、紀人は自分の両手を握り、大きく下に振り下ろした。見事に2人は地面に叩きつけられる。
紀人は後ろに大きく下がった。
「あー面白かった……俺はレオンとかいう男のところに向かう……また後でな。ナン・ポレルートさんよぉ」
そう言って、紀人は上に大きくジャンプしてその場を去った。
ナンと紀亜はそれを聞いて、すぐさまレオンのところに向かわなければ、と先を急いだ。




