第1話 罪を数えて
――――――ジャラ。
そんな鉄の音と頬にジンジンとする痛みで少女は目が覚める。目を開ければ鎖に繋がれ傷だらけの自分の腕と足が目に入る。塞がった傷の上にまた新しい傷が出来き、それが膿んで黄身がかった汁と共に血が流れている。霞む視界でしぶしぶ顔を上げればそこには『かつて』母と呼んだ人物が憎悪に満ちた瞳で鎖に繋がれた『かつて』娘と呼ばれていた自分を見つめている。女は何も言わずに椅子に繋がれた少女の胸ぐらをつかみあげ…殴る殴る。何度も何度も。手加減なく振り下ろされる拳。かすむ視界のなかで奥歯が2本イッたか…と少女はどこか客観的に考えている。
『許さない!許さない!』
「二重の否定は肯定と取られますよ
母さん。」
女が浴びせた罵声に殴られ顔が大きく歪んだ少女が不気味ににたりっと笑う。女は胸ぐらを掴んだまま固まる。あの時のお母さんの顔は一生忘れられないだろう。恐怖に支配された顔。ああ。無理に強がるからよ。だから、私に弱い部分を突かれて力でねじ伏せようとするんでしょう?馬鹿なんだから。切れた下唇から赤い血が顎を伝い服に落ち染みを作る。
『に…と…』
『二度と私を母なんて呼ばないで!!!』
癇癪を起こした女は乱暴に少女の椅子を蹴り飛ばし。冷たい床に力なく座り込んで『あの人が悪いのよ…あの人が悪いのよ』と ブツブツ繰り返し何かを言っている。少女が繋がれた場所は屋敷の地下奥深く。隠し部屋の更に奥、コンクリート製の床と壁に鉄格子が囲うように付けられている。食事も睡眠も入浴も生きることさえままならないこの世界で少女は『7年』も生きている。4歳までは優しかった母が毎日、殴り。なんで自分がこんな目に合うのか分からずに痛みにひたすら悲鳴をあげたが、今はもうそれすらもやらない。意味もないし、興味もない。母と呼んだ女も自分を隔離してからというもの徐々に衰弱していき今やその面影はない、自分とお揃いと喜んだブロンドの髪はぐちゃぐちゃに乱れ枝毛があると見なくてもわかるし入浴もせず不衛生さが臭いとして発せられている。骨が浮くほどに細くなった腕と足。何人もの男を惑わせた美しい顔も今見れば惑わされた男達も悲鳴をあげて逃げ出すだろう。
「殺したければ殺せばいいのに…」
思うままに口にした。その言葉を聞いた女は目を見開いて鎖に繋がれた少女を見上げる。その瞳にはやっと生気が灯る。厳禁な女、だから捨てられるのよ。折られた歯が口の中に違和感を与えるので勢いよく吐き捨てる、血と唾液にまみれた白い健康的な歯はカツンっと小さな音をたて転がる。
「貴女なら出来るでしょ?
私、知ってるわ『魔女』なんでしょう?
そこにある『杖』で私を殺したら…?」
少女がクイッと顎で指す方向には埃まみれの不衛生な床に転がった木の棒。否、それは魔女や魔法使いに特有の魔法の呪文に対してより効力を持たせるための小道具。何年も使われていない杖はもうすぐのその生涯を終えるだろう。つまりは鎖に繋がれた少女の命を奪う為の道具にしか成り得ないという哀れな代物。みすぼらしい女は杖を床から拾い上げ握りしめる。目の前には憎悪に顔を歪ませた母親、爪が白くなるほど握り込まれた杖。それを見て少女はゆっくりと目を閉じる。久々にお母さんの顔をちゃんと見た気がしたな、そう考えながら。額に先の尖った硬い何かが当たる 『杖』だトクントクンっと鳴る心臓の脈動さえ聞こえるほどの静寂。さあ、早く『Avada Kedavra』と唱えて緑の閃光放たれて私の命を奪って。少女に勝算はあった。けれどそれは誤算だった。どれほど憎んでも、どれほど虐えても『母は母』であり『子は子』なのだと気付くには遅すぎた。彼女は命懸けの賭けに敗北したのだ。
『・・・・Obliviate.』
別サイトで投稿していたものを、加筆して再投稿した物語になります。話の展開はまだまだなのですが、楽しんで頂ける作品に仕上がるように頑張りたいと思います。