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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~動乱の兆し~
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~動乱の兆し~ 二話

 東京からおよそ一時間をかけ、和弥と綾華にとっては初仕事となる宇都宮の地に辿り着いた。

 ここまで来るのになかなか波乱万丈で道中飽きることは全く無く、むしろ後半については到着するのが勿体無いと感じるほどで、帰りまでに忘れなかったらまず間違いなく蒸し返すだろう。話題にされるほうは堪ったものではないが。

 和弥はそんなことを思いながら、質問攻めにあって少し疲れの見える良治の背を追う。


 空は相変わらず曇天模様。おそらく山に登ることになるので、この今にも雨が降りそうな天候は歓迎できるはずもない。

 憂鬱に雲を目で追っていると、前を歩いていた良治が足を止めた。着いたのは駅前の広場。


「ここが待ち合わせ場所。駅前の広場だって言ってたから、まぁ間違いないだろう。……と、和弥。ちょっとじっとしててくれ」

「ん、何だ? それはハンカチ……いや、バンダナか」


 良治がズボンのポケットから取り出したのは、何の模様もない無地の黒いバンダナ。彼が仕事のときにいつも頭に巻いているものだ。

 それを適当に折ると、和弥の左腕に軽く巻いた。


「コレは?」


 右手で巻かれたバンダナを摘まみながら訊ねる。巻いた意味がいまいち分からない。


「目印」

「目印?」

「ああ、むこうのこっちも面識が無いんだ。知ってるのはお互いの名前だけ」


 ちょっと苦笑いする。

 どうやら初対面の相手との待ち合わせの目印のようだ。これならそうそう他の誰かとかち合うようなものではないだろう。


「ま、そんなわけでソレそのままにしといてくれ」

「――あの」


 ぽん、と和弥の肩が叩かれると同時にか細い声が掛けられた。

 そして、二人が振り向くのを待って言葉を続ける。


「柊、良治さんでしょうか?」


 ――和弥のほうに向かって。


「そうです」

「違う」

「……あの」


 まったく相反する答えを同時に発する。と、両サイドに結んだ髪を揺らしながら小柄な少女がおろおろと視線を彷徨わせる。まるで小動物のようだ。


「ああ、俺が柊良治です。ええと、鷺澤さぎさわかおるさん?」


 ちょっとした罪悪感に襲われて、素直に自己紹介する。バンダナを和弥に巻いたのは、単にそっちのほうが身体がでかく、目立つからという理由だったのだが、いつもの掛け合いの癖で反射的に答えてしまっただけだったりする。


「あ、はい。鷺澤薫です。あの、もう一人の方は柚木まどかさんじゃないんでしょうか……?」

「ああ、それは、ちょっとした手違いで全員で四人になってしまったんです。あとの二人は今、宿の手配をしているんですがすぐに戻って――」


 言いかけて、薫の背後にその二人の姿が見えた。

 良治の視線を追い、薫も振り向く。


「宿はOKだったわ。あ、鷺澤さん? 初めまして、柚木まどかです」

「私は白兼綾華です。よろしくお願いします」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 三人が挨拶を交わすと、途端に和やかな雰囲気になる。男二人は取り残された格好だが。


「なんか、なぁ」

「気にするな」


 何となく居心地が悪い。一歩引いて眺めているのに気付いたまどかが話を進めてくれた。


「じゃ、立ち話もなんだからどっか入ろうか?」

「あ、ではこちらへ」

「そうですね、行きましょうか」

「……行くか」

「了解」


 こうして五人となった一行は、さして人通りの多くない駅前を離れることにした。







「――えと、それでは本題を」


 駅前広場から少し歩いた先の喫茶店。

 店の奥の方にある大人数用のテーブルに案内され、皆に飲み物が行き渡ったのを見計らってから薫が口を開いた。

 見知らぬ人々を前にしたせいか、少しぎこちない笑みを浮かべながらも円滑に話を進めようと努める。

 そんな彼女の姿に良治は好感を持った。おそらく中学生、もしくは高校一年といったところであろう薫がたった一人で来たのには、しっかり任務を果たせるという信頼があったからであろう。

 決して軽んじてはいなかったが、自らの認識を変えることにする。


「はい、お願いします」


 他の三人を見渡してから代表して言う。

 良治自身、リーダーシップは皆無だと思っているが、今現在は自分がやるしかないのを自覚している。

 いずれ、このまま和弥や綾華が成長していけば自分に取って代わる。

 正直面倒くさいがそれまでは仕方ない。


「――はい、それでは説明します。事件発生場所は男体山全域。およそ三週間前から発生し、その数は十六。事件内容は……男体山に生息する野生の猿の変死。死因は身体内部からの要因による爆死。詳細は不明です。発生時刻はいずれも深夜一時から三時頃です。……えと、何かご質問は……ないようですね。ではこの書類に纏めておいてありますので、どうぞ」

「ありがとうございます。と、すみませんが木刀を一本貸してくれませんか? 一人手ぶらで来た者がいるもので」

「……う」


 思わず胸に手を置いて呻く。そんな言い方しなくても、と少し恨みがましい視線を発言者に向けるがあっさりと無視する。

 薫はそんな和弥を見て苦笑しながら快諾し、小休止のあと和弥たちは宿へ、薫は支部へと向かった。







「……ん?」


 いつもと違う布団の上で聞きなれた音で目を覚ます。ケータイの着信音だ。

 眠気まなこのまま、気だるげな動作で電話に出る。


「あ、もしもし……えと、都筑さんですか? 宇都宮支部の鷺澤薫ですけど」

「ふぇ? ……あ、そ、そうです」


 そういえば今市駅近郊にあるこの宿まで、支部にある木刀を持ってきてくれることになっていたのに思い当たり、ようやく頭が覚醒する。ちょっと横になっていたのだが、いつしか眠ってしまったらしい。


「今、さっき聞いた宿の一階にいるんですが、どうしましょうか?」

「あ、じゃあすぐ下りるからちょっと待ってて」


 言いながら急いで寝癖を直しながらダッシュで階段を下りる。泊まっているのは三階なので階段の方が早い。

 日々の鍛錬の成果か、ほとんど息を切らせずに一階のロビーに到着する。ロビーと言ってもこの宿自体簡素な素泊まり専門の宿泊施設なので、テーブルも二つしかなく、椅子も六脚しかない。

 そしてそのうちの一つに少女が座っていた。傍らには細長い袋。中身は木刀だ。


「ごめん、わざわざ持ってきてもらって」

「いえ、気にしないで下さい。お役に立てて嬉しいです」


 ツインテールを揺らしながら、笑う。

 もう緊張は解けているようだ。

 和弥は置かれてある自販機でコーラを二つ買ってからテーブルに着いた。


「あ、すいません。……そういえば柊さんと柚木さんは?」

「ああ、俺以外はみんな外に出てる。俺は留守番みたいなもん」


 電話があるまで寝ていたのは秘密だ。他の三人――特に綾華――に知れたら何を言われるか。


「そうですか。お話できたらなって思ったんですけどね」


 はは、と苦笑いを浮かべる。


「……あの二人、そんなに凄いのか?」


 東京支部しか知らないので、二人がどのくらいの位置にいるかが分からない。いかんせん、知っている人が少ないので仕方ないのだが。

 和弥の知るのは東京支部の面々のみ。支部長の葵が相当の腕を持っていて、その下に師範の名塚、師範代の竹村・九嶋がいて、そして良治とまどか、練習生の浅川正吾が所属している。そこに和弥と綾華が入って計九人。序列的には良治とまどかは下の方だが、実力的には葵に次ぐと目されているようだった。


「凄いですよ、本当に。……昨年の夏に敵対組織の幹部を退けてます。この件がきっかけで、白神会で知らない者はいないと言われるほど有名になったんです」

「へぇ……」


 熱っぽく語る彼女に圧されながら感嘆の声を上げる。確かに葵の次に強いと言われるのならそれくらい出来ても納得できる。


「それ以後柊さんは《黒衣の騎士》、柚木さんは《蒼雷の射手》と呼ばれるようになったんです。尊敬しちゃいますよね……ってすいません! 勝手に盛り上がっちゃって……!」


 打って変わって顔を真っ赤にしながら勢いよく頭を下げる。なんだか微笑ましく思えてしまうのは彼女の人徳だろう。


「えと、これが頼まれていた物です! それじゃ!」


 和弥が声を挟む間もなく、そのままの勢いで出て行ってしまう。もしかしたら和弥より足は速いかもしれない。

 そして残ったのは木刀と手付かずのコーラが一本。


「なんだかなぁ」


 ま、いいかと自分のコーラを一気に飲み干す。

 今回は二人のことを聞けただけで十分だろう。良治もまどかも自慢話をするタイプではないから言わなかっただけであろうし、訊けば面倒くさがりながらも話してくれるだろう。


「さて、戻ってくるまでもう一眠りするか」


 あっさりと留守番任務を放棄。

 木刀と残ったコーラを持ち、軽い足取りでエレベーターに乗った。








 そろそろ陽の落ちようとする男体山の山頂付近。青々とした葉が風に揺れている。


「――奇遇ですね」

「そうですね」


 お互いここにいるのは予想の範疇。交わされる言葉もどこか空々しい。


「それで、綾華さんは下見ですか?」

「はい。ですがそれともう一つ。……良治さんとお話をしたいと思いまして」

「話、ですか」


 心当たりなら正直いくらでもある。しかし、この場合はたぶんこの仕事に関してだろうと予測する。


「ええ、良治さんなら知っているかと。わざわざ東京支部の貴方たちが宇都宮まで来た理由を」

「……」


 視線が絡み合う。


「宇都宮支部にもそれなりの手錬はいます。仕事が忙しいと聞いていますが、どれも取るに足らないものばかりでしょう。ここまで大きくなってしまった事件を無視してまでするものではありません。……良治さんは何か知っているんじゃないですか」

「……」


 地平線に落ちかけた夕陽に目を細めながら黙考する。

 彼の持っている情報カードは少ない。それをいつ切るか。


「俺はたいして知ってません。が、予想はついてます」

「それは……」

「陰神との戦いのためでしょう。先日、和弥が巻き込まれた事件の犯人も末端の構成員でした。そして今回もそうです。それが分かったのが二日前で、それまでは宇都宮支部の管轄でした。……東京支部に割り振ったのは白兼隼人おやかた様です」

「兄が……!」


 彼女の身体に驚愕が走る。その一方で、やはり、と思う自分がいるのを否定できなかった。

 そんな綾華を無表情に見ながら、さらに話を続ける。


「俺は陰神に因縁があります。お互いに利害が一致しているということでしょう。俺は陰神にいるある魔族に、お館さまは陰神の盟主に。つまり――」

「……復讐、ですね」

「はい」


 それは遠い記憶。今から十年前の話。

 白兼隼人の父で、白神会前当主、そして目の前にいる彼女の父でもあるその人は。


 陰神を統べる羅堂らどう道元どうげんによって殺されているのだ――








 時刻は午前一時。

 湿った、絡み付く様な風の中。

 そんな暗闇の中を常人を越えるスピードで駆け抜けていく四つの影。


「――この辺か」


 呟き、先頭を疾っていた良治が足を止める。

 男体山南部にある華厳の滝。

 日中は観光客で賑わう声に包まれるこの場所も、無明の闇に覆い隠され、滝の音が不気味に響いている。


「和弥。お前はここから北東部へ。地図と方位磁石とケータイは持ったな? ……よし、もう一度確認する。再集合時刻は三時。何かあったら即連絡。ワンギリが緊急事態、その他はメールだ」

「ん、分かった」


 いつもと同じ仕事着――あの夜見た黒いシャツとバンダナ――に身を包んだ良治に、右手に木刀を握り締めながら頷く。正直少し心細いが、彼等と歩むことを選んだのだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかない。


「くれぐれも見逃さないようお願いしますよ?」

「ま、頑張りなさいよ」

「……ああ、できるだけのことはする」


 綾華とまどかの励ましにひらひらと手を振り答える。


「和弥から近い順に綾華さん、まどか、俺だ。何かあったらまず綾華さんに連絡しろ。……じゃ、行って来い」

「OK。――行ってくる」


 走り出す。後ろは振り向かなかった。

 背に三人の視線を感じたのだ。絶対に振り向くわけにはいかなかった。


 これが、精一杯の強がり――








「……行ったな。さ、俺たちも行こう」


 二人が頷いたのを確認して、今度は三人で駆け出す。


「あの、良治さん」

「ん?」


 いくらも行かないうちに先頭を行く良治の横に移動してきた綾華が声を掛ける。


「……この配置に意味があるんですか?」

「ああ、ありますよ。鷺澤さんに貰った書類に死体の発見場所と日にちがありましたのでそれを参考にしています。例外もありますが、基本的にはさっき和弥が向かった場所のほうから北西方面に移動してます」


 ちょうど言い終わったところで綾華と別れる地点に着く。


「ではここで。綾華さんは山頂の方の見回りをお願いします」

「ええ、分かりました」


 返答とともに黒髪をなびかせ山中に入っていく。そして、十分に離れたのを見計らってまどかが口を開く。


「……良治、綾華さんのこと信用してないでしょ」

「……まぁな」

「お館様のこと信用してないのは知ってるけど、綾華とは何の関係も無いじゃない?」


 少し睨むように視線を強める。

 その通りだとは思っていたのでその視線から目を逸らした。


「分かってるけどな……彼女頭の回転速いだろ? それでなんか構えちゃうんだよ。言葉や行動の裏を読みたくなる。で、お互い探り合いを……って感じだ。まぁ、そのうち慣れるだろうから今は勘弁してくれ。さ、行くぞ」

「……うん」


 まだ納得しかねるが、不承不承首を縦に振る。

 そして二人で走り出す。これまで以上のスピードで。






 良治たち三人と別れてからおよそ一時間。


(何もないなぁ……)


 利き手である右手に木刀を持ち、音を立てないように静かに歩く。しかし、何の匂いも人の気配も、結界の違和感もない。


(……ふぅ)


 探索という行動がこれほどまで疲れるものだとは知らなかった。

 全感覚を総動員して周囲を注意しながら移動する。

 想像以上の体力と気力を使うことになるとは。軽く言った良治には簡単なことなんだろうが、正直かなり辛い。


「!」


 一瞬気を抜いたところに突然の振動。声を出さなかった自分に賞賛を浴びせつつ、振動の元を手に取る。ケータイの液晶画面にはメール受信の文字。早速メールを読む。


(今すぐ華厳の滝に集合、か……何かあったのか?)


 気になったが、すぐに走り出す。

 向かうのは華厳の滝。――と思われる方向へ。







「はぁ……はぁ……はぁ……すまん、遅くなった」

「遅いですよ」


 一番近い場所にいたのに、結局着いたのは四番目。つまり最後。

 方位磁石も地図も全く役に立たなかった。よく考えれば分かるはずなのだが。……ちなみに良治は役に立たないのを知ってて渡していたのた。事実、彼以外には何も渡していなかったりする。


「ってか、何を目印にしたんだ、おまえら……」


 滝の音も微妙に反響して非常に場所が把握しにくい。近づくほどに惑わされてしまう。


「気配だ」

「気配よ」

「気配です」

「俺に分かるかっ! って何の気配だよ」

「ああ、滝っていうのは『力』の流れが特徴的だからな。まぁ、どちらかというと術士の領分だからできなくてもしょうがない」


 走力に差があるのは知っていたが、まさかそんなことまでできるとは。が、そういう理由なら綾華に出来て自分に出来ないのも納得できる。


「で、何があったんだ?」


 自分の遅刻をうやむやにするためには、さっさと本題に入るに限る。


「……」


 綾華はあからさまに不満そうな視線を送っていたが、本題に入るのが先決と思ったのか、何も言わずに良治の顔を見る。


「あー、それについては明日話せるようなら出発前に話す。出発予定時刻は午後十一時。くれぐれも遅れないように」


 そう言って締めくくるとさくさくと歩いて行ってしまう。宿の方向だ。

 学校では、わざと情報を少なく言ったりしてミスリードを誘ったりするが、仕事に関してはそれは一切無い。話せることは全て話してくれるが、そうでない場合は絶対に話さない。

 今までの仕事についても、何も話してくれないのだ。追って聞いても無駄だろう。

 それが分かっているのだろう、綾華もまどかも良治を追おうとはしなかった。


「……まどかはなにか知っていますか?」

「ごめん、私も聞かされてないの。とりあえず明日まで待ってみよ?」

「……そうですね、そうしましょう」


 一応訊いてはみたが期待はしていなかったのだろう。その答えに落胆の色は見えない。

 後は良治次第。


「とりあえず、戻って休みましょ。全ては明日。……さ、行こ」


 まどかに続いて綾華も歩き出したので、仕方なく和弥も歩き出す。


 ――良治が話をしてくれるのを祈りながら。





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