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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~動乱の兆し~
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~動乱の兆し~ 一話

 爽やかな五月も終わり、鬱陶しい梅雨の到来した六月。暖かだった日差しは六月に入った途端影を潜め、今では灰色の雲が空を覆っている。


「はぁ……」


 憂鬱な溜め息をついたのは和弥。湿度と不快指数と彼の機嫌の悪さは完全に同数のようだ。三週間ほど前のごたごたのせいで、直後にあった中間考査がボロボロだったり、これについて家族(特に姉)にブツブツ言われたり、ほぼ毎日通うようになった道場でボコボコにされたり、結局バイトを辞めることになり懐具合が寂しくなってしまったり――と、つまりそういうことだ。

 少しでも鬱憤を晴らしたいところだが、愚痴のこぼし相手となる前の席の住人はまだ登校してきていない。仕方なく、教室の窓からぼうっとしていると誰かがこちらに向かってくる気配。振り返るとそこには待っていたのとは違う人物。


「はよー。……って、いきなり嫌な顔すんな。地味に落ち込む」


 ちょっと泣きそうな顔をして立っていたのは弦岡学園屈指の情報通・細井。だらしなく着ているブレザーとは違い、情報に関しては細かいところまで入手してくる彼は和弥の数少ない友人でもある。


「ま、いーや。それよりも聞いたか? 転校生だってよ」

「転校生? このクラスか?」

「いや、1-C。――呆れた顔すんなって。カワイイんだよ、その娘。一年男子は大フィーバー中だ」

「……なんでHR前なのに大フィーバー?」


 まだ教室で自己紹介すらしてないだろう。が、おそらく、細井と同じような暇人がいないとは言い切れない。もしくは情報源は細井そのものか。


「気にするな。ま、それくらいカワイイんだよ。まぁ、遠くから見ただけだから性格とかまでは分からなかったが、きっと凄い優しいに違いない!」


 すでに妄想の域まで行きかけている彼をナチュラルに無視しようとすると、ちょうどドアを開け、教室に入ってくる待ち人を発見した。


「うぃっす、リョージ。……何かあったのか?」


 やつれた顔不気味な笑みを浮かべる良治。昨日和弥をボコボコにした当人とはとても思えない。


「……俺の穏やかで平和な学園生活は終わったよ」


 すでに壊れた笑いをしながら現実逃避している。そこにようやく妄想世界から戻ってきた細井が、今日は珍しく遅く来た友人に気が付いた。


「空は相変わらずの曇り空だが俺の心は地平線まで晴れたっているよ……って、どうした。何かに取り憑かれでもしたか?」


 さすがの細井もいつもと違うことに気付いて心配する。


「ある意味そうかもな……いや、聞かれていたらコトだからな、違うと言っておく」

「?」


 思わず聞いていた二人が顔を見合わせる。どうやら事態はそれなりに深刻なようだ。


「取り憑かれてるんだったら水上みなかみ神社にでも言ってきたらどうだ? あんな山奥にあるんだから、きっと御利益もありそうだぞ」


 ちょっとおどけた調子で細井が言う。水上神社は市の端の山奥にある神社だ。入り口まで行くのにも時間がかかるが、その先にある入り口からの石段が最大のネックになっていて参拝客はまず来ない。正月にもほとんど人がいないほどに寂れている。もちろん、特別御利益があるという話も聞いたことがない。


「そこで俺に何をしろと言うんだ?」


 机に肘を突き、半眼でジロリと睨む。


「……御祓い?」

「お前の煩悩を祓ってもらえ」


 直後、チャイムが鳴り教師が入ってきた。すぐに委員長の声が響き、その場は解散になった。


「ちなみに今日から夏服だぞ? ブレザーの細井君?」

「あ」








 休憩時間ごとに細井をからかうこと三回。いつの間にか昼休みになっていた。からかわれるのがそんなに嫌なのか、細井の姿は既に教室に無い。

 昼食を一緒に食べようと思い、前の席に目をやるが良治の姿も見えない。そういえばチャイムと共にどこかに行った気がする。気付いたときにはいなかったのでそういうことだろうと、一人納得する。


 仕方なく、一人寂しく食堂へ向かうことにする。購買でパンという選択肢もあるにはあったが、時すでに遅くロクな物しか残っていないだろう。

 

 内心溜め息をつきながら教室を出ようとしたところに。


『二年B組の都筑和弥君。大至急生徒指導室まで来なさい。以上。……ぶつっ』

「…………」


 二年B組の教室に沈黙が訪れる。和弥本人も何をすればいいのか分からずに立ち尽くす。昼休みの喧騒がやけに遠く感じられた。

 呆然としているところに、トコトコと仔犬のように歩み寄ってくる委員長こと水樹真帆。


「都筑くん、何かしたんですか……?」


 上目遣いで今にも泣き出しそうな顔をして聞いてくる。が、もちろんに心当たりは無い。全くない。

 自分のせいではないのだが、酷い罪悪感が身体を包む。

 まさかこんなところで女の涙の凄さを認識することになるとは思わなかった。


「いや、俺も分からないんだけど……とりあえず行ってくる。じゃ、そーゆーことで!」


 クラスメイトの視線と真帆から逃げることを選択。というか、それしか選択肢が無い。

 背後に聞こえる真帆の声は当然無視。

 走りながら全ての責任を原因に擦り付けるべく、猛然と生徒指導室へと向かった。






 目的の部屋が見えてきたところで歩調を緩める。今までに二回ほどお世話になったことがあるが、共にくだらない事での呼び出しだ。まぁ、今回もそうだろうと気楽に扉を開けた。


「失礼しまぁ……失礼しました」


 半分ほど開けたところで閉める。

 何か見知った顔があったような気がする。が、非常に苦手な相手だったので無かったことにしてみる。というか、そうしたかった。


「……今の反応はどういう意味でしょうか、和弥」


 扉を背に、現実逃避しかけていたところに涼やかな声。

 恐る恐る振り返ると予想通り――というかさっき見た人物。


 腰まである長い黒髪、切れ長な目。そして何故かこの学園のセーラー服。胸の赤いリボンがやけに鮮やかに見える。ちなみに女子の制服のリボンは学年別になっており、今年度は黄色が三年、和弥たち二年は青。つまり目の前の女生徒は一年ということになる。それは分かる。分かるのだが――


「なんでうちの学校にいるっ!?」


 思わず、びしっと人差し指を向けて叫んでしまう。すると彼女はちょっと不機嫌そうな表情になったが、落ち着いた声で返答する。


「今月からこの学園の生徒になったからです。本当は良治さんに案内してもらおうと思ったのですが、用事があると言ってどこかに行ってしまったので」


 ふぅ、といかにもどうしようもないので呼んだんですよ、という雰囲気。


「……で、俺に何のようだ?」


 既に逃げ腰。苦手な相手とはいえ年下の女の子に何とも情けない。


「人の話を聞いていなかったのですか? この学園の案内です。さ、行きましょう」


 そう言うとさっさと歩き出していく。和弥がついて来ないとは微塵も考えていないのだろう、振り返らずにズンズン進んでいく。


「……あー、もー」


 結局放っておく勇気も無く、この我侭な転校生の後を追う。いつの間にか名前を呼び捨てにされてるなぁなんて思いながら。

 その背中に向けて走り出したとき、逃亡者の言葉を思い出した。


『……俺の穏やかで平和な学園生活は終わったよ……』

(あいつ、知ってて教えなかったな……)


 つまり、押し付けられた事になる。


 この――


 白兼綾華という名の転校生の世話を。







 HRが終わると同時にダッシュで教室を出る。本日六時間あった授業と綾華につき合わされたので疲れが臨界点を突破しかけていたが、それどころではない。下手をすれば放課後までつき合わされかねない。

 つまり、逃亡の為の掃除放棄。真帆には明日謝ればいい。ちなみに同じ班の良治は昼休みで早退――というか逃げたらしい。細井に聞くまで知らなかった。


「……よし」


 自己新記録で下駄箱に到着。が、そこには。


「遅いです。待ちくたびれました」

「……何で?」

「一年生は五時限目までしかありませんでしたから。……まさか逃げようだなんて思ってませんでしたよね?」


 それはもう氷の微笑としか形容できない笑みを浮かべる。猛獣も怯えて尻尾を振りつつ駈け去るくらいの威力はあるのではないか。


「何処へでもついて行きます、お嬢様……」


 もちろん抗えるわけも無く。

 和弥の脱走劇は学園を出る前に終わった。






 そして商店街やら公園やら散々案内した後、辿り着いたのは見慣れたマンションだった。白いその建物は夕陽に当てられ、幻想的なほど朱く染まっていた。


「ここが私の引越し先ですが、何か問題でも?」

「いや……ところでここを選んだのは、その、やっぱり白兼さんか?」

「はい、そうですが。どうしたんですか、そんな世界の終わりみたいな顔をして」


 和弥の態度が腑に落ちず、まじまじと見る。と、そこに――隼人がいかにもやりそうな――ある推論が浮かぶ。


「もしかして和弥の家は、ここですか?」

「もしかしなくてもそうだ。ああ、もういい。さっさと帰ろう」


 どこまで一緒か分からないままエレベーターの前まで進む。そして三階に止まっていたそれを呼び、乗る。もちろん綾華も同乗する。

 何とも言えない妙な雰囲気のまま、いつものように四階のボタンを押す。そこで何故か隣から溜め息が聞こえ、その意味を悟った和弥も続いて溜め息をついた。


 ――ああ、まったく白兼隼人という人物は面白いことが好きな、傍迷惑な人間だと――


 チン、と電子レンジに似た音をさせてエレベーターが止まり、二人が降りる。和弥たちを取り巻くのは先程の妙な雰囲気ではなく、諦めを通り越した達観。

 真っ直ぐに自宅のドアに向かい後ろに振り向いた。するとちょうど向かいにある部屋の前で、同じ動作をしてこちらを見つめる綾華。


「…………」

「…………」


 和弥は小さく振り、綾華は何とも言えない表情で軽く頭を下げると結局何も言わずにそれぞれの家に帰った。







「おいリョージ! これはどーゆーこったっ!」

「綾華さんの件は俺も今朝知ったんだ。勘弁しろ」


 とりあえず自室に着いてすぐ裏切り者である良治に文句を言うことに決定。

 そして潰れそうなほどに握り締めたケータイに向かっての第一声とその返答。

 いつもは一応挨拶はしているのだが今回はもちろん抜き。


「しかもウチの向かいに引っ越してきた。どうしてくれる?」

「いや、そんなこと言われてもな。文句は白兼様おやかたさまに言ってくれ。ああ、それと楽しい知らせが一つ。俺、明日からちょっと学校休む」

「は?」

「仕事だ。……つまり綾華さんのことは和弥一人で何とかしてくれってコトだ」


 軽い調子でそれはもう楽しそうだったりする。


「ちょっと待て。いきなりだなオイ」

「ああ、午前中にメール来て知った。んで、用意があったから早退した。……まぁ、声を掛けなかったのは後のことが予想できたからだけど」


 くっくっくっ、と笑い声。


「お前、あの後俺がどれくらい苦労したか……」


 脳内に今日の出来事が浮かんでは消えていく。ちなみに、当然のように体力・気力・財布の中身、気持ちがいいくらい空っぽになっていたりする。


「まぁとりあえず俺たちが帰るまで、二人で蜜月の日々を送ってくれ」

「蜜月どころか苦難と地獄の日々だと思うが。ところで『俺たち』ってことは他に誰か行くのか?」

「ああ。って言っても俺とまどかだけだけど」


 いつも通りだよ、付け加える。良治もまどかも初仕事で一緒になってからのこの二年、別々に仕事をしたことなど無い。二人で行動するか、もしくは支部のメンバーが手伝いに加わるくらいだった。


「そっか」


 二人とも個人としてもかなりの力量だ。さらにパートナーとしては他の追随を許さないほどだ。間違いなく東京支部最強、そして最高のタッグ。その二人に何の心配があろうか。


「まぁ、俺の居ない間に葵さんに勝てるくらいの訓練をしとけ」

「葵さんに勝つって……リョージより強くならないと無理だろ、それ」

「まぁな」


 おどけた調子で無茶なことを言ってくる。


 東京支部・支部長であり、白神会四流派の一つ、碧翼流の現継承者である南雲葵に勝てだなんて質の悪いジョークにしか聞こえない。少なくとも関東には彼女と一対一サシで勝利できる者は居ないだろう。


「でも努力次第だと俺は思うけどな。俺等とそんな変わらないし」


 そう、これほどまでに言われる実力を持ちながら、彼女はまだ成人すらしていない齢十九。この若さ故に人気も嫉妬もあるのだが。


「ま、気が向いたら特訓を頼んでみるよ」

「ああ、お前にはそれくらいがちょうどいい。じゃ、悪いが用意があるからそろそろ切るぞ」

「ん、悪かった。じゃ」

「おう」


 ケータイを机の上に置いて仰向けにベッドにダイブ。今日一日の不幸を全部忘れ、いつしか深い眠りに落ちた。






 その翌日。朝食を食べ終え、そろそろ学校に行こうかとのろのろ準備をしていた和弥に、まったく予想外の訪問客。

 それは誰かというと。


「おはようございます和弥。日光に行きます。十分で用意してください」

「はい?」


 寝癖の付いた髪にだらしなく開いた口。それはもうこの上なく間抜けに見えただろう。


「早くしてください。良治さんたちと同行することにしました。……もう一回言います。早く、用意をしてください」

「――解った。ちょっと待ってくれ」


 いきなりのことで驚いたが、この話に乗らない手は無い。やっぱり一緒に行きたい。今まで一回も仕事に付いて行ったことがないのだからそれも仕方ないだろう。

 取るものも取らず、兎に角急いで支度をする。


「よし、行くぞ」


 二分で用意を完了させ、綾華と一緒に駆け出す。

 姉が寝ていて良かった。もし起きていたらどうなっていたか分からない。

 和弥は苦笑いしながら駅へと向かった。


 ――家に木刀を置いてきたのに気付いたのは駅の改札を過ぎてからだった。








「――なるほど。それで二人が今この場にいると」


 東京から宇都宮へと向かう列車内。ボックス席で向かい合わせに座る四人。和弥の隣が綾華、良治の隣がまどかだ。

 良治は和弥と綾華の話を聞き終えると苦々しい口調でこう言った。


 結局厚木駅では合流できなかったが、何とか東京駅で列車待ちをしていた二人に追いつくことができた。ちなみに合流できたのは本当にギリギリで、説明は今乗っている列車内になってしまった。が、それは和弥たちには幸運な結果となっている。まさかこれから引き返せとは言われまい。あと三十分もすれば着いてしまうのだから。


「ええ。そういうことで同行させていただきます。申し訳ありませんが帰るつもりなどさらさらありませんから」

「一応聞いてみるんですが、葵さんの許可は貰いました……?」

「もちろん、貰ってません」

「ですよね……」


 諦め混じりに笑う。聞くまでも無く予想していた答えが、予想よりもはっきりと返ってくる。

 行動力はある方だと思っていたがこんなところで発揮されるとは、正直考えていなかった。


「和弥。帰ったら葵さんの特訓は覚悟しておけよ」

「……OK」


 自分から付いてきたからといっても、後々のことを考えると泣けてくる。あの人のしごきは性格とは裏腹に激しいものなのだ。


「それで今回の仕事内容は?」


 そんな和弥の心情などまったくお構い無しで話を進める。……付いてきたのをちょっぴり後悔してきた。


「まどか、書類。……サンキュ。場所は栃木県日光市男体山周辺。内容は、一昨日発見された猿の変死体の原因調査及び解決。これ以外の詳細は宇都宮支部の人に聞く予定」


 言い終えて、はい、と綾華に今読み上げた書類を手渡す。


「猿、ですか」


 半ば困惑気味に書類に目を落とす。それはそうだろう、こんな可笑しな内容とは思ってもいなかったのだから。もちろん和弥も同様で、自分の初仕事が『猿の調査』なんて情けないモノになろうとは考えてもいなかった。できれば悪霊退治のようなカッコイイ仕事の方が良かったと思うのは当然のことだろう。


「まぁ、そういうことです。で、和弥。俺には何も持っていないように見えるんだが」


 言外に木刀はどうした、と聞いてくる。


「……見たとおりだ」


 言い訳のしようも無く、開き直って両手を上げる。手ぶらである。


「やっぱりな」


 やれやれ、と苦笑する。彼も理解しておきながら質問したのだが。


「それじゃどうするかな。まどかは弓と短刀、俺が刀と小太刀が二振り。……綾華さんは?」

「すいません、短刀しか持っていません。後は護符くらいしか」


 用意が足らずすいません、と付け加える。実は綾華にとってもこれが初仕事だった。京都の道場で訓練することはあっても、実戦に出たことは無かった。何度か隼人に直訴したことはあったが、まだ早いと退けられ続けてきた。

 しかし、彼女は知っていた。自分よりも年若い彩菜ですら黒影流の一員として扱われ、戦場に仕事をこなしにいっている事を。各地の道場・支部でも、才能ある人物は早々に一人前とされ、次々に戦場に送り出されることを。目の前にいる二人はその筆頭だろう。悔しいが実戦経験では到底敵うまい。


「いや、急いで来たんですから仕方ないでしょう。じゃあ、宇都宮支部で木刀を借りれたらそれで。もし駄目だったら刀を貸す。……もちろん『破損したら一生奴隷になります』という誓約書を書かせた上でだけどな」

「じゃあ俺は素手でやろう」


 そんなもの書かされるくらいだったら、素手のほうがまだいくらかマシかもしれない。


「もちろん冗談だ」


 ははは、と笑う声が空々しい。どうもかなり本気の発言だったようだ。


「まぁ、誓約書はともかく、そういうことで。後、質問は?」


 向かいに座る二人を交互に見る。と、綾華がはい、と挙手した。


「到着して、宇都宮支部の人に会ってからの予定はどうなっているんですか?」


 とりあえず解決するまでの流れを聞いておきたい。やはり心構えは必要だろう。

 当然、聞くだけで意見はしない。自分たちは勝手に付いてきただけなのだから、言える立場に無いのは自覚している。……良治はそんなことに頓着しないだろうが。


「今市駅前に宿を取ってあるから、いったんそこに荷物を置いて休憩。事件コトが起きているのが深夜だからそれに合わせて宿を抜けるつもりです。一応予定は一時です」

「分かりました。支部の人に会った後の休憩時間ですが、それは自由時間ということですか?」


 宇都宮に到着するのが九時半頃。その後支部の人間に会って打ち合わせをしても昼過ぎだろう。予定時間までおよそ十二時間もある。個人的にはもっと有効に使いたい。


「それはもちろん。俺もそのつもりで言いましたから」


 その言葉を聞いて、自分の不明を恥じる。当然良治は分かっていると思って言っていたのだから。

 少し居心地が悪くなって話題を変える。


「あ、あと宿はどうしましょうか、やはり私がまどかの部屋、和弥が良治さんの部屋に……どうしたんですか、顔を見合わせて」


 良治とまどかが視線を絡ませたまま苦笑いしている。まるで無理難題を押し付けられたかのような感じだ。


「……何か、まずいのか?」


 苦笑いを続けて、一向に説明をしない二人に疑問を持つ。こんな意味ありげに沈黙をされては、和弥でなくても聞きたくなるというものだ。


「あー……と。手短に言うと、現時点では無理だな」


 観念したのか、目を逸らしながら言う。


「何でだ?」

「それは……部屋を、一つしか取ってないからだ」

「…………」

「…………」


 完全に、沈黙。いや、むしろ時が止まったと言うべきか。


 そして、動きだす。


「へぇ……」

「そうだったんですか……」


 世界の全てを知ったかのように納得する二人。


「ちょっとマテ。物凄い誤解をしているようだから言っておくが、経費削減の一環だ。別に他意はない。ないったらない」

「そうよ、本当に違うんだから。いつも一部屋しか取ってないし――」

「いつもか……」

「いつもですか……」


 墓穴。まどかの隣で良治が頭を抱える。

 本当に経費削減以外の理由ではないのだが、傍から見ればそういう関係に見られても仕方ない。それを理解していたが故に彼は誰にも知られたくなかったのだが、もう手遅れ。


「あ……ごめん、良治……」

「……気にするな。も、いいさ。ああ、明日は晴れるかな……?」


 窓から流れる景色を眺める。空は暗く、今にも雨が降り出しそうだ。


 そして、駅に着くまで雨のような質問が彼と彼女に降ったのは当然の事象だった。


(ああ、細井がいなくて本当によかった……)


 良治は脱力しながらそう思った。






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