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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~選択すべき道~
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~選択すべき道~ 四話

「よし」


 靴紐を結び直し、立ち上がる。


 時刻は二時十分前、場所は指定されたマンションの玄関。

 和弥は深呼吸をすると、立て掛けてあった木刀を手に取った。そして数回振り、感覚を確かめる。



「……何とかしなきゃな」

「――そうね」



 独り言だったのだが、予想に反して答えが返ってくる。

 もちろん返した人物はまどか。彼女はゆっくりとした、しかし確かな歩調で歩み寄ってきた。


「なんだ、早いな」

「どこの業界でも五分前に着くのは常識よ。……作戦を説明するわ」


 仕事に対する姿勢からか、淡々とした口調で語る。


「私たちはこれから公園に入って『狼』を撃退。その間にあいつが本体の術士を倒す手はずになってるわ。つまるところ私たちは囮ね」


 分かった? と目で聞いてくる。


「分かったけど……結界の中入ったら逃げられちゃうんじゃないか? 向こうは一人なんだろ? 三人いるって知ったら普通逃げないか?」


 現実に起こりそうな可能性を訊ねてみる。実際、和弥だったらおそらく逃げ出すと思ったからだ。

 まどかは「そうね」と頷いて言葉を続ける。


「でも大丈夫よ。もう彼、結界内にいるから」

「は……?」


 なんで、と聞く前にまどかが口を挟む。


「つまり、相手の術士が結界を張る前から公園に待機してたってこと。これなら相手に悟られないでしょ?」


 ふふん、とまるで自分の手柄のように胸を張る。本当は発案・実行共にパートナーのもので、まどか自身はなんの手助けもしていないのだが。


「二人だけだったらたぶん逃げないだろうし、もし逃げてもあいつなら何とかするわよきっと。……後は都筑が生き残れるかどうかってことだけ」


 はっきりと口にする。それは常に死と隣り合わせに生きてきたが故。

 その雰囲気に一瞬怯みはしたが、和弥は断言した。


「生き残るさ。せっかく拾った命こんなとこで捨てたくない。……足りない実力は決意で補おう」


 和弥は、不遜に、そして豪胆に語る。

 その瞳に宿るは決意と勇気。


 まさに、威風堂々――



「……そう、じゃ行くわよ」


 平然を装ったつもりだが、焦りが滲み出てしまう。


(なんで、あんな表情カオできるのよ)


 そう。焦っていたのは和弥の言葉とその相貌。

 迷いを捨て、己が信念に殉じる決意の眼差し。

 普通の家庭に育っていた者には到底出来ないはずのもの。

 それを、たった一回死の淵を覗いたことで得たというのか――


(資質かしらね)


 何回死にかけても、何回戦闘を経験したとしても出来ない者には出来ない。


「――おい、どうした?行かないのか?」

「……え?あ、うん。行くわ」

「?」


 和弥は僅かに訝しげな表情を浮かべたが、気にせず歩いていく。


(何してるんだか)


 まどかは後を追って歩き出した。


 ――胸の内に生まれた小さな嫉妬を放り出して――







「入るわよ」

「……ああ」


 公園に足を踏み入れた瞬間、微かな違和感に襲われる。結界の中に入ったのだ。

 すでに二人の手にはそれぞれの武器が握られている。和弥は木刀、まどかはあの弓だ。

 まどかがずんずんと歩いていくのに対し、和弥は周りを見回しながら慎重に歩を進める。

 しばらく歩き、公園の中央部付近――噴水のある大きな広場――に着いたところでまどかは足を止めた。


「いるわ。――気を付けて」


 弓に矢をつがえながら注意する。


「ああ、わかってる。って、おい……!?」


 あの『狼』がいるだろう方向はわかる。わかるが――


「たぶん……二十匹くらい居るんじゃない? ちょっと多いかも」


 おそらく多くても十匹前後と踏んでいたまどかが苦い顔で言う。

 しかし和弥は化け物と外法士だけと思っていた。正直想定外にも程がある。予想の十倍なのだ。


「いい? 自分の安全が最優先。倒すことよりも守ることを考えて」


 そう言うとまどかは、



 バシュッッッ!!



 戦いの狼煙を上げた。







「くっ!」


 動き回りながら木刀を振るう。

 たった二日間の特訓の成果かはわからないが、何とか『狼』たちの攻撃を避けることは出来ている。

 囲まれないように、囲まれないようにと移動しながら、近づいてくる『狼』に一撃を加える。

 それをひたすらに繰り返す。生き残るという一点に集中しているせいか、恐怖は微塵も感じていない。


「はぁ……はぁ……」


 さすがに疲れが見え始めた頃、視界の端にまどかが映った。


(凄ぇ……)


 まどかは、流れるような動きをしながら確実に一体一体消滅させている。


「――!?」


 腕に走った鈍い衝撃にはっとする。木刀をがっちりと噛み付いている『狼』。


「な……まず――!?」


 力一杯振り解こうとするが一向に離れる様子がない。そしてさらに状況は悪化していく。『狼』は他にもいるのだ。


「ぐっ!?」


 力を弱めることでわざとバランスを崩し、右から飛び掛ってきた『狼』を避ける。

 動きを止めてしまった和弥は格好の的になっている。


(木刀捨てて逃げるか……!?)


 そんな考えがよぎった瞬間、今度は木刀に噛み付いている『狼』和弥に向かってくる。当然のように和弥はバランスを崩す。

 それを狙っていたのか脇に構えていた別の『狼』が赤い大きな口を開け、飛び掛る。


「――――!?」


 られる。と認識したと同時に思考が吹っ飛んだ。


「ふ――ざけんなぁっっ!!」

「きゃんっ!?」


 予想よりかわいい声を上げる『狼』ごと木刀を振るう。力任せに振り回され軽快に飛んでいく『狼』。


「次はどいつだぁっっ!!」


 ギロリと『狼』たちを見渡すと手当たりしだいに襲い掛かる。

 本能で危険を察知したのか逃げ惑う『狼』たち。先程までとはまったく立場が変わっている。


「……なにあれ」


 『狼』たちを追い掛け回す和弥を見て、まどかは呆れ半分驚き半分のため息をついた。非常識にもほどがある。

 和弥は腕に『力』の大部分を割いている。つまり、『力』をコントロールしているのだ。個人差はあるものの、平均一ヶ月から三ヶ月かかる。それを――


「……化け物か、天才ね」


 呟いたときにはすでに、まどかと和弥しか存在してなかった。





「これで全部か……?」


 息を切らせながらも辺りを注意しながら訊く。


「『狼』はあれで全部みたいね。お疲れ様――って言いたいけど来るわよ!」

「ふぇ?」


 まどかは振り返って戦闘態勢に入る。気持ち、緊張しているように見える。


「お、おい、どういうことだ?」


 事態が飲み込めず戸惑いの声を上げる。


「術士がこっちに来るわ」


 意識的に短く告げる。


「な……!?」


 息つく暇もないとはこういうことか。

 数秒もしないうちに、まどかの言ったとおり一つの人影が林から現れた。

 その、小柄で貧相な顔の男は後ろを向きながらこっちに向かって走ってくる。


「な……!?」


 術士の男はさっきの和弥とまったく同じ言葉を発する。


「全滅だと!? バカなっ! あの数の魔獣をたった二人でだと――!?」



 滑稽なほど大げさに驚くいかにも小物な相手を見て、和弥はこちらの優位を確信する。まどかも同様のようだ。


「まさか――」


 落ち着きなく動いていた目がまどかを見て止まる。驚きの表情に恐怖の色が滲んでいく。


「《蒼雷そうらい射手しゃしゅ》か!? そうなると、私を追ってたのはあの《黒衣の騎士》――」

「――正解」



 ごん。



 答えは男の背後から鈍い音と一緒に聞こえてきた。

 男が崩れ落ちる。

 その後ろには、黒いシャツに鉢巻状に締めたバンダナ。刃を反した日本刀を持った見知った一人の少年。

 そして、彼は――


「よう、奇遇だな、こんなとこで」


 その場に合っているのかどうかわからない挨拶をした。






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