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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~選択すべき道~
3/44

~選択すべき道~ 三話

 「…………」


 言葉が出ない。ただ目の前で起きた光景に目を見張る。


(えっと、何がどうなったんだ……?)


 何とか落ち着こうとして頭の中を整理する。


(『狼』に襲われて、殺されるところにあの娘が――)


 そこまで考えて慌てて『狼』の方を向く。そこには身体の大部分を失った『狼』が横たわっていた。痙攣するようにわずかに動いていたが、数秒もしないうちに黒い泥に変わり、土に消えた。


「あのね、ここには近づかないでって言わなかった?」


 脇から掛けられた声にはっとして振り向く。


「あ、あぁ……悪ぃ」


 正直、悪いという感情は無かったが――いや、どの感情もか――つい反射的に謝ってしまう。呆気にとられて頭の中は空っぽだった。


「はぁ、ま、いいけど」


 やれやれと呆れたように少女はため息をつく。


「……なぁ、あんた一体何者なんだ?」


 一瞬訪れた静寂を破ったのは和弥。


「それを聞いてどうするの?」


 少女が鋭い視線と口調で問う。が、そこには和弥への苛立ちは含まれていない。


「……聞いてから決める」

「何よそれ」

「聞いてからじゃないと決められないからな」

「まったく、都合良いこと言うわね」

「おう、言い続けるぞ」

「はぁ、頑固というか馬鹿というか」

「その通り、俺は頑固だぞ」


 話しているうちにいつもの調子を取り戻した和弥はひたすら言い募る。逆に、少女は心底呆れたように額に手を当てる。和弥の偉そうな物言いに本当に頭が痛くなってきたのだろう。


「ちょっと待って。私の一存じゃ決められないから。……聞くだけ聞いてみるから」


 そう言うと少女は少し離れたところまで行き、こちらに背を向けて携帯電話を耳に当てた。


「助かる」


 今はなんの恐怖も無い。ただ、自分が何故死にそうな目にあったのか知りたかった。

 それは純粋な好奇心。

 それは一度死を覚悟したが故の探究心。

 言葉通り、一回死んだつもりになった和弥は今生きていることを実感したかった。

 だから、何かしたい。知りたいと強く願っていた。

 まるで生まれ変わったかのように。


(今なら大概のことは出来そうな気がする……)


 顔がニヤついてくる。


「……アンタ、大丈夫?」


 そこに電話を終えた少女が戻ってきた。


「すこぶる大丈夫だ。で、どうだった?」


 ずいっと問い詰めるように近づく。


「別にいいんじゃないかって。何かあったら自分で責任取るって言ってたし」


 同じだけ後ずさりながら答える。


「楽しみだ」


 怖いくらい嬉しそうにガッツポーズをする。


「楽しい話じゃないって……ま、いいわ、立ち話もなんだからうちに来て話しましょ」

「おう」


 少女の一瞬沈んだ声に驚いたが、出来る限り力強く返事をした。





「さ、入って」

「ああ、……お邪魔します」


 公園のそばからタクシーで数分。

 そう遠くない場所に少女の住むマンションはあった。

 二階にある少女の部屋は、和弥の家よりも広く、とても高校生の一人暮らしとは思えなかった。

 リビングに通され、言われるままに座布団に座る。初めて訪れる場所というのはやはり緊張してしまうもので、無意識に壁やら箪笥やら見てしまう。


「他人の部屋をじろじろ見るのってあまり良い趣味とは言えないんじゃない?」


 二人分の紅茶を運んできた少女はテーブルにカップを置きながらちょっと怒ったふうに言う。


「ああ、悪い。――ん?」


 謝り、少女のほうへ向く時、視界に写真立てが入った。


「――だから」


 箪笥の上にある写真立てを伏せながら再度注意する。


「あ、すまん」


 なんだか見覚えのある人物が写っていたような気がする。


(よく見る奴だったような)

「話、しなくていいの?」


 考え出した和弥に呆れた口調で訊く。


「いや、是非とも頼む」


 あっさりと思考を放棄して話を訊く体勢になる。


「ま、いいけど」


 一息いれて少女は話し出した。



「さっきの見てるから話は早いと思うけど、世の中の大部分が知らないことがあるの。まず、この世界には霊や魔物といったものが実在するわ。さっき見たのは魔物の一種ね。……そして私たちはそんなものたちを退治するのを仕事にしているってわけ。私の所属している組織は一応日本最大の組織で、政府や警察とかとも関係があるわ。まぁ、持ちつ持たれつの関係ってとこかしら」

「あー、つまり。アンタ達は化け物退治のグループに入ってて、仕事として化け物を退治していると。……御祓い屋みたいなもんか?」

「『退魔士たいまし』って呼ばれてるわ。それにしてもすごいわね、ちゃんと理解してるなんて。頭悪そうだからもっと時間かかると思ってたのに」


 本気で感心したように呟く。


「おい、失礼な奴だな。会ってまだ間もないというのに」

「そう思わせるようなアナタの態度が悪いんじゃない?」

「さらに失礼だな。これでも学校の成績はいいんだぞ」


 ふんぞり返って堂々とウソをつく。どうせバレることがないのなら大きく見せた方が特に違いない。


「いかにも疑わしいわね……それより話はこれで終わりよ。早く帰ったら?」


 はぁ、と大きなため息。嘘と見抜かれているようであまり意味はなかったようだ。


「酷い言い方だな。こっちにはまだ聞きたい事がある」

「……なに?」


 程よく冷めたカップを口に運びながら聞き返す。


「公園にもう化け物は出ないのか?」


 そう。

 それが和弥にとって一番大事なことだ。

 少女は今回のことについて何も話していない。

 それを聞いて少女は微かに顔をゆがめる。


「少なくとも帰り道くらいまでは気付かないと思ってたんだけど」

「確信犯か。残念だが俺の前の席の奴がそういう話し方をするんでな」


 もちろん良治のことだ。この一年で何回煙に巻かれてきただろうか。自然、そんな話し方に耐性が出来てしまっていた。


「はぁ……じゃあ、それだけ聞いたら今日はホント帰ってよ?」

「ああ」


 少女は一つ呼吸をしてから、確かな声でこう言った。


「まだ終わってないわ」

「……だろうな」


 その答えは予想通りのものだった。もう終わっているのなら一番始めに話しているだろうことだからだ。


「じゃ、帰って」


 本当に疲れているのだろう、気だるげに言う。


「おう、じゃあな……あ」


 少女が『何?』と視線で問う。


「名前、聞いてない」

「――あ」


 まったく間抜けな話だった。

 あまりの現実感の無さに、うっかり自己紹介を忘れていた。


「保坂女子二年の柚木ゆずきまどか。って表札見なかったの?」

「緊張してて見る余裕なんてなかったよ。で、俺は弦岡学園高等部二年、都筑和弥……じゃ」


 お互い遅い自己紹介を終えると和弥は立ち上がり、玄関へ向かった。


「ええ、じゃあね」


 背中越しにまどかの声を聞きながら、静かにドアを閉め、自宅への帰路に立った。



 ――ちなみに知っている場所まで出るのに二時間かかったのは余談。







「――よし」


 手に、中学のときの修学旅行で買った木刀を持って家を出る。

 時刻は夜も更けた午前二時。すでに両親も姉も夢の中。静かにドアを閉め、鍵をかける。

 昨夜、まどかの家を出たときから決めていた。


 ――『狼』を倒す――


 無理だろうが何だろうが、倒す。

 和弥の胸のうちにあるのは、何も知らない人々を殺したことへの憤り。

 そして――悔しさ。

 あの夜、『狼』と対峙したときに何も出来ず諦めてしまった、悔しさ。

 それを、自分で解決することで乗り越えたいのだ。

 マンションの玄関を抜け、決意を胸に、いざ戦場へ――



「やっぱり……良かった、一応見張っておいて」

「!? ……なんだ、柚木か。滅茶苦茶ビックリしたぞ」


 ジト目で睨んでくるまどかを前に大きく息を吐く。


「なんだ、じゃないわよ、まったく。……で、アナタは何をしようと思ってるわけ?」

「事件はまだ解決してないんだろ?だから――」

「却下」

「――って、おい、なんでだよ!?」

「アナタ一人じゃ勝ち目なんて欠片も無いからよ。食い散らかされた死体が一体増えるだけだわ」


 まどかの言う通り。それは事実だろう。和弥一人でどうこうできるモノではない。

 そんなこと、相対した瞬間から知っている――

 だが、しかし。


「勝つとか負けるとか関係ない。あんな物騒なのが近くにいる。俺の知ってる奴らが殺されるかもしれない。―――だから、やる」


 言い切る。

 それは紛れも無く本心。


 ――今、自分に出来る最大限のことを――


「……はぁ」


 呆れ半分、疲れ半分の深い深い盛大なため息。昨日から何度ため息をついただろうか、頭が痛くなってくる。


「……まったく。分かったわ。でも今日は駄目」

「どうして?」


 あっさり理解したのに驚いて、意外そうに聞き返してしまう。もっと強硬に反対すると思っていたのだが。


「分かんない?何故かって足手まといだからよ。せめて攻撃を避けるくらいは出来てもらわないと」

「う……」


 自分でもそう思っているので何も言い返せない。


「ま、そんなわけだから明日の十時に丸田駅前で」


 じゃ、と軽く手を振りながら立ち去ろうとする。


「ってぇおい、丸田の駅ってウチの学校の真ん前だぞ!?そんなとこで待ち合わせって――ってまさか十時って昼間のか!?」


 混乱しているのか、目を白黒させながら思いつく限りの疑問を投げまくる。


「別にいいいでしょ?音羽ここから二駅なんだし。それに弦岡学園の裏山に用があるの。ま、詳しいことは明日。――じゃ、そゆことで」


 言うだけ言って、背を向けて歩き出したが、


「――あ」


 数歩も行かないところで振り向く。


「昼の十時だから」


 そう言うと今度こそ視界から消えた。


「――つまり、学校はサボりってことか」


 少し嬉しそうに和弥は呟いた。





 そして翌日の九時二六分。

 和弥は丸田の駅前にいた。

 いつも通りの時間に家を出て、丸田駅まで歩いてきた。いつもの時間に出たのはもちろん家族に対してのカモフラージュだ。母親はともかく、姉に知られたら後が怖い。

 そんな訳で待ち合わせには大分余裕を持って来た――いや、早く来すぎてしまった。


(まだか……)


 時間の良い潰し方も思いつかず、結局駅前のベンチに座って待っていた。う~ん、と唸りながら、早く時間にならないかと腕時計を見る。和弥は、なんだかつまらない授業を受けているようだなと思い、苦笑した。

 隣には駅で着替えた制服の入った学校のカバン。言うまでも無く教科書やノートの類は一切入っていない。ちなみに木刀は持ってきてなかった。竹刀袋などといった気の利いたものも無く、そのまま待って来るには余りに目立つ為泣く泣く諦めた。


(まだか……)


 袖をまくって腕時計を見る。

 九時三一分。

 まだ三〇分ある。小さく息を吐くと、ここ数日――ごく最近か――で聞き慣れた声が聞こえてきた。


「おはよう、早いのね」


 そこには黄色いワンピースを着たまどかの姿。実に絵になっている。


「おはよう。早く来てくれて助かった。時間通りだったら退屈で干からびるとこだった」


 両手を上げ、肩をすくめる。


「まったく。じゃ、時間ももったいないからすぐ行きましょ」

「ああ、弦岡学園うちのがっこうの裏山だったよな?」

「ええ、そうよ。ちょっと遠回りだけど学園の裏から行くから」


 そう言うと踵を返してさっさと歩き出す。


「で、何しに行くんだ?」


 具体的な話をまったく聞かせてもらってない。ある意味和弥には当然の質問。


「それはね――」


 まどかは一瞬溜めて、それはもう満面の笑みでこう言った。


「特訓よ」





「さ、着いたわよ」

「……そうか、着いたか」


 出発時、嬉しそうに『特訓』と言ったまどかの顔が浮かんできて、思わず憂鬱な声が出る。

 弦岡学園の裏山。頂上を挟んで山の向こう側に学園があるはずなのだがここからは見えない。


「さてと」


 まどかは少し視界の開けた、なだらかな草原の端に荷物を置いた。


「じゃ、頂上まで走ってきて」

「……はい?」


 まったく予想外の要求に、間抜けな顔で思わず聞き返してしまう。


「頂上まで走ってきてって言ったの。まずは体力つけなくちゃ」

「そんな時間無いんじゃないか?もしかしたらまた今夜にでも――」


 反論しようとする和弥をさえぎる。


「そう、時間が無いの。最大でも三日。それ以上は時間稼ぎできないでしょうし。被害のほうは彼――私のパートナーが何とかして食い止めると思うから大丈夫よ」

「じゃ、時間あるんじゃないか?時間稼ぎできるんなら――」

「相手もバカじゃないわ。立て続けに邪魔されれば気付くし、そうなれば別の場所に移動しちゃうでしょ?だから三日間。……それ以上はアナタに時間はかけられない」


 厳然たる事実。足手まといはいらない。そもそも、こんなふうに連れて行こうとすることすらありえない事なのだ。それを三日間もテストしてくれる。いまさらながら、感謝した。


「そっか、……ちょっと甘えてたかもな」


 大きく、身体全体を使って深呼吸する。


「よし、じゃ行ってくる!」


 和弥は力一杯、その一歩を踏み出した。






「大丈夫?」

「……なんとか」


 力なく返事をする。

 和弥が頂上を目指し、走り出してからおよそ三時間弱。

 迷いながらも何とか戻ってきたが、到着と同時に大の字に寝転んだ。息が切れ、身体が酸素を欲しがっている。こんなに疲れるまで運動したのはいつ以来だろう。


「一息ついた? じゃ、こっち来て」


 返事も待たず森のほうへと歩いていく。こっちの状況などお構いなしだ。


「まったく」


 半ば自棄ヤケになりながら、悲鳴を上げる身体を黙らせて後を追う。

 数分歩いたところでまどかの足が止まりバッグの中から、白く丸い石を取り出した。ちょうどビー玉くらいの大きさ。そして、それを祈るように両手で包み込むと目を閉じ、詠唱となえた。


転魔石てんませき・解放」


 次の瞬間、まどかの手には彼女の背ほどもある弓が握られていた。

 弓と同時に現れたのだろう、腰には矢筒もあり、二十本余りの矢が入っている。


「い、今のは?」


 光も音も無く現れた弓矢に驚きながらも疑問を口にする。もちろん考えてなど無い、反射的なものだが。


「今、この弓矢を呼んだの。この白い石が鍵。……私の部屋に小さな結界が張ってあって、そこに保管してるの。その結界はこの石――転魔石っていうんだけど、それ専用の結界でほぼタイムラグ無しで呼び出せるようになってるの。って解った?」

「……つまり、その石で結界の中にある武器とかを呼び出せるってことか?」


 頭の中で整理しながら言葉にする。


「……物分りが早いのは助かるんだけど、なんか気に入らないのよね。ちなみに慣れれば声を出さなくても意思だけで呼べるようになるわ」


 困惑した顔で言うまどか。


「……物凄く理不尽なこと言うな、お前。理解してるんだからいいだろ」


 不機嫌に顔を顰める。バカだバカだとはごく一部に言われてはいるが、やはり言われれば腹は立つ。


「ま、それもそうね。で、これを出した理由なんだけど、聞いたことない? 裏山に幽霊が出るって話」

「いや、多分ないはずだ」


 思い当たることもなく否定する。あまり人付き合いのない和弥は噂話などにはかなり疎い。そこそこ話題性のある話なら細井が勝手に持ってくるのだが、幽霊が出るなんて話は聞いたことがなかった。


「そう? でも居るの。ここ一か月前くらい目撃されてるわ。依頼が来たのはほんの数日前だけど。さて、行く前に」


 まどかは目を閉じ、精神を集中させる。

 和弥は何かがまどかに集まっていくような感覚を捕えていた。

 その直後。


「!?」


 周囲一帯に違和感。周りの景色は一切変わっていないのに、確かに何かが変わったことを感じていた。風のざわめきがよく聞こえるような、ちょっとした変化。


「わかる? これが結界。私たちの居た世界から紙一枚隔てた異世界。この中での事象は外には漏れ難い。音や衝撃はまず聞こえないけど、例えば木を折ったり建物を壊したりすると、外見上はほとんど変わらないけど内部構造に影響が出て脆くなる傾向にあるわ」

「なるほど……」


 影響云々は実際体験してないので理解できないが、周囲の雰囲気はこの前感じたものと似ている。


「一昨日張った結界と同じものよ。制約は違うけど。私が今作ったのは、単に出入りが出来ないだけだけ。あの夜のものは入るのは自由だったけど出ることは出来なかったでしょ。そんなふうに結界には色々制約を付けられるの。勿論術者の力量次第だけど。難しいものほど維持するのが難しかったり規模が小さくなる傾向にあるわね。……さ、説明も用意も出来たし行くわよ」

「了解」


 そして二十mも離れていない、特に樹木の密生している場所に。


「見えてる?」

「あのハゲた親父か?」


 木と木の間にはっきりと白い影が見えた。

 くたびれたスーツを着た淀んだ表情の中年男性の姿が。


「そう、あれよ。半年くらい前に自殺してる。天界にも行けず彷徨ってるみたいね。……だから自殺者っていうのは嫌いなのよ」


 苛ついた声で言う。


「自殺者が嫌いって、なんでまた」


 当然の疑問を口にする。不機嫌になるくらいなのだから何らかの理由があるのだろう。


「自殺した霊はその場所に留まることが多いの。で、そのうち地縛霊になって、自我が消えると悪霊になるのよ。地縛霊が悪霊になりやすいのは、ずっとその場を離れられないから時間の感覚が希薄になるからだと言われてるわ。そうなると自我が消えるのが早くなって、結果悪霊になりやすく――」

「なぁ柚木」

「なに? もう話は終わるから――!?」


 邪魔しないでと続くはずの言葉を飲み込み、瞬時に後ろに下がる。和弥もほぼ同じタイミングで距離を取った。

 今までまどかの居た場所のすぐ側には、あの頭の寂しくなった霊が恨めし気に立っていたのだ。


「話に夢中で気付かなかったなんて、あいつが居たらこっぴどく怒られそう」


 苦笑しながら流麗な動作で矢をつがえる。今まで何万回と繰り返してきたそれには何の無駄もない。


「……!」


 既にまどかよりも更に後方に下がっていた彼は彼女を凝視した。

 確かに見える。まどかの周りに揺らめく『力』が。

 それらは全身から腕、そして弓矢へと流れて行き。


「――っ!」


 矢はまるで予定調和のように霊を貫き、霧散させた。呆気ないほど簡単に。


「まぁこんなものね」


 う~んと大きく伸びをする。いくら相手が弱かったからと言っても真剣勝負。今までにも油断から命を落とした退魔士は数知れない。更にまどかの場合、彼女のパートナーが仕事に関しては一切手を抜かないのでその影響もあった。


「これで、終わったのか?」

「うん。おしまいよ」

「そっか……ところで、さっき柚木の身体からこう、なんていうかオーラみたいのが見えたんだがあれはなんだ?」


 とりあえず解らなかった部分を聞いてみる。そのままにしておくと聞き忘れそうなので覚えてるうちにそうした。


「へぇ、見えてたんだ。あれは、人によって呼び方は違うけど、『オーラ』『力』『魔力』『霊力』『生命エネルギー』なんて呼ばれるものよ。私たちの組織は『力』とか『魔力』とか呼ぶ人が多いわね。まず退魔士になるのは『力』の制御から始まるって言われるくらい基本的なことよ」


 ちょっと感心しながら解説をする。

 誰かに説明をするなんてことはまず有り得ないことなのだが、淀みなく教えられたのは今までの訓練と理解力の賜物だ。


(素質は良いみたい。目の付け所も)


 そんなことを思っていると、少し考えたような仕草で和弥が話かけてきた。


「ってことは、俺もそれが出来るようにならないといけないってことだろ? どうすればいいんだ」

「無理よ」

「即答かよ! でもなんでだ?」


 不満そうな顔で聞く。それは当然だろう。これが出来なければある意味戦えないと言われているのだ。不満なのは当たり前だった。


「普通何か月もかかるものなのよ。やるだけ無駄。だからあなたには徹底的に身体能力と勝負度胸を身に付けてほしいの。それが出来れば連れて行くくらいは出来るかも」


 元々最大で三日間しかないのだ。ということは三日間で出来る範囲で身に付くことをしなければ意味はない。素人が『力』の出し方・制御を実戦レベルまで持っていくにはどんな天才でも三日間では無理なのだ。


「解った? なら次行くわよ」



 結局まどかの特訓は、陽が完全に落ちるまで続いた――







「もしもし――」


 和弥とまどかが特訓している頃、とある建物の廊下で一人の少年が電話をしていた。


「……すいません、自然公園の仕事中一般人が一人巻き込まれました。現在監視下に――いえ、こっちに興味を持ったって方です。高校二年、男。名前は――そうです。なんで知ってたんですか?」


 告げようとした名前を先に出され、驚いて聞き返す。相手は自分の組織のトップだというのに。


「……ああ、なるほど。京都で――解りました、そうします。それでは失礼します」


 携帯電話を切り、夕焼けに染まる窓から空を見上げた。


「巻き込まれるべくして巻き込まれたってことか。出来ればこっち側には来てほしくなかったが……」


 呟くと少年は自分の教室へ歩いて行った。とても寂しそうに。







「決行は明日深夜二時。そんなわけだから明日の特訓は中止。ゆっくり身体を休めて。今日もここまでにしましょ」


 まどかは今まで使っていたケータイをしまいながらそう言う。その表情には緊張感が見られた。


「今のメールか?」


 一休みしていた和弥が立ち上がりながら訊ねる。まだ時間があると思っていたが、予想よりも早い決行日時に少したじろいだ。


「ええ。パートナーから。私たちが特訓している間に色々と調べていたみたい。多分敵対組織の仕業だろうって。ちなみにその組織の名前は『陰神かげがみ』。外法士げほうしの集団でゲリラ的な活動を多くしているの。あ、外法士っていうのは自分勝手に力を行使する退魔士のことね」


 最近説明しかしていないなぁと思いながらも解説をする。勉強を教えているわけではないので、その時その時に必要な知識を必要な量だけになってしまっているのがむず痒い。本来ならちゃんと順序立てて知識を与えていきたいところだが、今はそんな状況ではない。

 そこでまどかはふと思った。もし彼がこの一件を終えた時どうしたいのか、そしてどうなるのか。


「つまり、自然公園のヤツもその陰神っていう組織に入ってるってことか」


 まどかの思考を止めたのは、頭の中の整理を終えた和弥の言葉だった。

 考えていたことを表情には出さないよう、すぐに返答する。


「ええそうよ。ちなみに今回の件の参加メンバーは私たちと私のパートナーの三人だから」


 指を三本立てて言う。しかしそこに不安はなく、堂々と指を立てていた。


「他の人はいないのか?」


 逆に不安なのは和弥だ。あんな化け物相手に、しかも外法士が絡んでいるということはまどかと同じ力を持った人間が一人はいるということ。最低でも三対二で、自身はド素人。足手纏いになりたいとは思っていないが現実は厳しい。


「みんな忙しいから仕方ないのよ。普通は二人一組になって一つの仕事を担当するの。


東京支部は支部長入れても十人もいないし」

「そっか……。ところで柚木のパートナーってどんな人なんだ? 一応聞いておこうと思うんだけど。話には出てきたことはあるけど、詳しく聞いたことなかったろ」


 度々彼女の話に登場し、存在は把握していたが具体的な人物像は聞いたことはない。ただ話の端々から絶対的な信頼が滲み出ているのは理解していた。


「そうねぇ。黙ってろ、って言われてるから少しだけ。普段はどっちかって言うと静かで大人しいほうかな。仕事の時は冷静で状況判断も確かで凄く頼りになるの。ちょっと消極的なとこもあるけど、それは危険を冒さないことの裏返しかしら……って疲れた顔してどうしたの?」


 和弥を見ながらきょとんとした表情。頭の上に『?』が浮かんでいるようだ。


「いやなんでもない」


 黙っていろという指示のせいだろうが、具体的なことは聞けないのは仕方ない。だが性格的なことで特に不満はないように受け取れた。というかまどかのパートナーへの感情は『信頼』というよりも『恋愛』のほうが強いのかもしれないと感じた。冷静に話しているように見えてその実、表情は微笑を浮かべていたのだ。

 和弥は気付かれなようにそっと息を吐いた。


「じゃ先に戻るわ。直接会って打ち合わせしたいし。それじゃ明日の深夜二時に都筑のマンションの下で!」


 それだけ言うとトレードマークのポニーテールを靡かせながら山を駆け下りて行った。実に楽しそうに。


「なんだかなぁ」


 恋する女子は凄いなぁ、などと思いながら和弥も帰るために足を踏み出した。

 木々の間からは夕陽が覗き、カラスの声が遠くから響いてくる。

 その声がなんだか無力な自分を慰めているように聞こえ、少し落ち込む。だがこれからのことを思い出すと自然に顔が引き締まる。全ては明日。和弥は拳を握り、静かに決


意をして山を下りる。


「俺は、負けねぇ」





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