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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~選択すべき道~
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~選択すべき道~ 二話

 私立・弦岡つるおか学園。小学校から大学院まであるマンモス学園である。神奈川県のほぼ中央部に位置し、それなりに広い敷地を持っている。歴史は浅いが、返ってそれが自由な校風を生み出している。校則はなく、『モラル』と『一般常識』ということになっている。


 生徒にとってすごしやすい学校。

 弦岡学園はつまり、そういう学校だった。




 帰りのHRが委員長の礼で終わった直後。和弥は机に突っ伏した。


「だりぃ……」


 精も根も尽き果てたうめき声を上げる。

 世間に出てほとんど役に立たないと思われる授業の数々を恨めしく思う。


「帰んないのか?」


 頭上から良治の声がする。


「……帰る……」


 のそのそと鞄を取り、立ち上がる。


「……ね、二人とも掃除当番なの覚えてる?」


 背中からかけられた声に振り向くと、委員長こと水樹みずき真帆まほがホウキを持って立っていた。


「あ、そうか……休み明けで忘れてた」

「ああ……」

「もう、二人とも忘れないでよ。私も当番なんだからぁ」


 ズレた眼鏡を直しつつ、疲れたように言う。


「じゃ、さっさとやってさっさと帰るか、和弥?」

「……悪い、今日はホントにだりぃから帰るわ」

「ちょっ、えっ、待ってって!」


 真帆の声を無視して和弥は教室を後にした。


「大丈夫かなぁ……」

「………………」


 心配する真帆とは対照的に、良治は無表情だった。





 だるい。本当に、だるい。


 京都から帰ってきてからずっとこの調子だった。

 身体が熱い。奥から何かが生まれるような気すらする。

 四肢も各部分が自己主張するかのように、思い通りに動いてくれない。


「なんだってんだ、こりゃ……」


 学校の最寄の丸田駅から二つほど行ったところで電車を降り、駅を出る。

 そしていつもの場所に置いてある自転車を探す。

 しかし、ない。

 周りを見ると、自転車の不法駐輪撤去のチラシが貼ってあった。


「……おい」


 誰にともなくこぼす。

 どうも厄日らしい。

 家まで自転車で十分弱。徒歩だと二十分ほどだろうか。


「はぁ……」


 和弥の足取りはさらに重くなった。





「ったく……」


 コンビニを出て和弥は一人ごちた。

 夕食を終えゆっくりとしていたところ、姉に買い物を頼まれた。いや、押し付けられたと言ったほうが正しいか。


「何が『急にアイスが食べたくなった♪』だ!」


 近所の大きな公園の脇を通り、自宅のマンションへと歩く。

 この市の自然公園は非常に広く、奥には小さいながらも林もありこの季節は新緑にあふれている。が、夜になるとまったく印象が変わる。日中は陽の光に輝く緑葉も闇に呑まれ、葉のざわめきに吸い込まれるような気にすらなる。


 和弥はふと公園に目を向けた。

 いつもと同じはずの公園。しかし、ナニカが違う。


「早く持って帰らないと姉貴に殴られる」


 わざと声に出し、強引に意識を外した。

 なんとなく。夜の闇が怖くなった。

 その時。


 闇夜に『ナニカ』を見た。

 反射的に眼で追ってしまう。

 それはすぐ見つかった。


 否。


 和弥は『見られていた』のだ。


 紅い、眼。

 漆黒の闇に爛々と狂おしく輝く一対の紅き凶眼。

 『見られている』と認識した瞬間、和弥は動けなくなってしまった。


 目をそらさないとと思うほどに惹きつけられてしまう――



 ……………………………………………………………………。


 どのくらいの時が経っただろうか。

 和弥の目を惹きつけてやまなかった紅い眼は、いつしか公園の闇に紛れて消えていた。


「はぁ、はぁ……」


 呼吸すらも忘れるほどの、恐怖。

 意識して呼吸し、和弥は額の厭な汗を拭った。




 ――――アイスは溶けてしまっていた。





 翌朝。

 和弥はサイレンの音で目を覚ました。

 いつものようにカーテンを開ける。


「う…………」


 朝日に目が眩む。が、すぐに目が慣れ、窓を開けて外を見渡す。

 マンションの四階。あまり高すぎず、地面もよく見える。

 当然、自然公園も。



「え――――?」


 見慣れた公園の入り口にはパトカーと人だかりができていた。

 和弥は気になり、寝巻き代わりのジャージのまま公園に向かう。

 途中昨日のことが頭をよぎったが、好奇心を抑えきれずに公園へと走った。




 息を切らせ到着した和弥は、とりあえず周りの話し声に耳を澄ませた。

 ――――その話を総合すると。


『昨日の夜、中年のサラリーマンが犬か何かの動物に襲われ、死亡した』


 といいう結論に辿り着いた。

『犬か何かの動物』

 その言葉が昨夜のことを連想させる。


(はは、まさかな…)


 笑い飛ばそうとしたが引きつった笑いにしかならない。

 信じたくはないが、和弥は確信していた。

 サラリーマンを殺したのは『アレ』だ。

 いくら否定しても心の芯にある確信を動かせない。

 冷たい汗が背を伝い、ジャージに吸われる。


「すぅ、はぁ……」


 なんとか平静を保とうと、目を閉じ深呼吸をする。数回繰り返し、静かに目を開ける。

 いつのまにか周りの野次馬もまばらになっていた。

 落ち着きを取り戻し、そろそろ帰ろうと家路に向かう。

 振り向いたその先で、視線が、ぶつかった。

 そこには厳しい表情をした一人の少女。

 どこかで見た制服を着たポニーテールの少女は、和弥から視線を外さずこちらに向かって歩いてくる。

 動けない。

 昨日のとは理由は違う。あえて言うなら昨夜は『恐怖』、今は『動揺』だろうか。

 少女はゆっくりとした歩調で向かってきて――通り過ぎた。

 和弥に一言残して。


「どういう意味だ……」


 その言葉は。


『ここには近づかないほうがいいわ』


 誰もいない公園の入り口で、一人立ち尽くす。


「ここになにがあるのか、知ってるのか……?」






 昨日よりもさらに重い足取りで学校に着いた。教室に着くまでいろいろな考えが頭をよぎったが、まったくといっていいほどまとまらなかった。

 昨夜の紅い眼の『ナニカ』。

 今朝の公園の死体。

 そして警告を発した少女。



「――あ」


 少女の姿を思い出すと、ずっとひっかっていたものがとれた。


(そうだ。あの制服は隣駅の保坂女子の制服だ)


 いつも駅や道端で見慣れているはずなのに、少女の印象が強すぎて思い至らなかった。

 早く来たせいだろうか、教室にはまだまばらにしか生徒がいない。

 自分の席に中身の入ってない鞄を置き、座る。


(そんなことにも気付かなかったのか)


 苦笑する。自分で思っている以上に混乱しているようだ。


「よっ、おはよう。……どうした?」

「ああ、オハヨ。何のことだ?」


 いつのまにか俯いていた顔を上げると、良治が席に着いたところだった。


「いや、昨日よりもさらに暗い気がしてな。またなにかあったのか?」


 心配そうに尋ねる。


「たいしたこっちゃないが、朝から近所で死体が見つかったなんて聞いたら気分はどん底だ」

「ああ、あの公園のか。ま、確かにそうだな」


 納得、といった表情で言う。


「情報が早いな」

「ああ、朝遅かったから」

「そっか。……え?」


 時計を見るとすでにHR直前だった。

 いつの間に。

 驚いているとちょうどチャイムが鳴り、話は打ち切られた。





 夜も更け、人通りも極端に少なくなった時間。


「はぁ……」


 週三回の労働を終えた和弥はため息をついた。

 自宅最寄り駅――音羽駅という――前の喫茶店でのバイト後、徒歩で家に向かっていた。当然自転車がないためだ。

 先ほどのため息はバイトが特別きつかった訳でもなく、歩いて帰るのが億劫なわけでもない。いや、それも理由の一つか。つまり―――。


『ついてない』京都から帰ってきてから不幸が列をなして襲ってくる。まるで疫病神にでも憑かれたように。

 考えてみれば昨日も同じようなことを考えていたような気がする。体調の悪さも手伝い、悪い方へと考えが向かっていく。


(疫病神、か)


 京都で会った男を思い出す。


(あいつに会ってからだよな)


 本当に疫病神でないかと疑ってしまう。会ったときに助けられたのもすでに記憶の彼方だ。

 商店街を抜ける。あと数分も歩けばあの自然公園だ。

 今度は今朝会った少女を思い浮かべる。


『ここには近づかないほうがいい』


 その言葉は何を意味しているのだろうか。

 気が付くと、いつの間にか公園の入り口まで来ていた。


「……………」


 思わず立ち止まり、公園の中を見る。

 人はいない。

 ちかちかと点滅する灯りだけが揺れ、木々も遊具も時が止まっているかのようだ。

 好奇心が公園へ入れと言う。

 恐怖心が公園へ入るなと言う。


 そして――――


 和弥は公園へ一歩踏み出した。

 思う。

 自分も今朝のサラリーマンのようになるのではないかと。

 考える。

 殺したのはあの紅い眼をした『アレ』ではないかと。


「――――――!」


 突然。

 違和感が身体中に走った。その瞬間、和弥は入り口へと振り返って走り――出せなかった。

 いる。

 見えないが、感じる。今入ってきた脇の茂み。

 そこに凶悪でおぞましいナニカがいる。

 そして――音も立てず、姿を現した。

 予想通り、赤眼のケモノ。


(闇色の狼)


 和弥の頭にとっさに出たのはそんな言葉だった。

『狼』がひたり、と一歩前に出た。

 そこでやっと我に返り、入ってきた方とは違う向かいの出口へ走る。

 やや遠いが仕方ない。追いかけてくればなんなく追いつかれるだろうが、逃げなければならない。

 和弥はそう判断し、振り返りもせず懸命に走る。


(ちくしょう、イヤな予感だけ当たるなよなっ!)


 出口まであと数m。


(よし!)


 和弥は公園を走り抜けた。――はずだった。


「なっ……!?」


 驚愕のあまり足が止まる。和弥は始めに入った入り口に戻っていた。

 訳が分からない。


 ――確かに、向かいの出口から外へと出たはずなのに――


 そして。

 そこには『狼』がこちらを向いて待っていた。

 笑っているように見える。


(あのサラリーマンも同じようなことしたのかなぁ……)


 どうやら最後まで予想通りになりそうだ。

 『狼』がゆっくりと踏みしめるように歩いてくる。

 それは捕食者の目ではない。まるでネズミをいたぶるネコのような、サディスティックな目だった。


「まったく、こんな訳が分からんうちに死ぬことになるとは思わなかったな……」


 それは、諦めの言葉。

 その雰囲気が伝わったのか、『狼』の口元がつり上がり、飛び掛るため足に力を入れ


る。

 和弥は静かに目を閉じた。

 逃げられない。ならせめて。

 最後まで声を上げない。それが―――

 最後の意地だと心に決めて。

 歯を食いしばり、その時を待つ。

 軽い、地面を蹴る音が聞こえた。


 ――が、その刹那。



 バシュッッッ!!



 何か破裂音のような音とケモノの悲鳴が聞こえ、和弥はおそるおそる目蓋を開けた。

 そこには―――


 弓に矢をつがえた、あの少女が立っていた。


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