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夜天に星は煌めいて  作者: 榎元亮哉
~選択すべき道~
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~選択すべき道~ 一話

 季節は夏と言うにはまだ早い五月の一週。

 世間一般に‘G・W’と言われる休みの真っ最中である。

 柔らかい日差しの中。京都を旅する、まだ顔に幼さの残る青年が一人歩いていた。

 賑わう観光地から離れた閑散とした路地。

 その青年――都筑つづき和弥かずや――は静かな場所をゆったりと歩くのが好きだった。

 風が運ぶ新緑の匂い。木々のざわめき。

 気持ちのいい空気に浸っていると右に抜けられる道が見えた。そっちは道幅が少し狭くなっていた。


(さて、どっちにするか)


 左側にまるでお屋敷のようにひたすらに続く白い壁にも少し飽きてきていたが、方向を変えることなくまた歩き出した。

 しかし、ほんの数分で先程の選択を後悔することになった。


「……俺、勘鈍ったかな」


 無駄に青い空を見上げ、考え込む。


「おい」

「ん?」


 思考を中断させたのは、考え込む原因になった不良達の低い声だった。

 一瞬反応が遅れ、肩がぶつかってしまう。


「わ、わりぃ」


 すぐに謝ったものの、不良達はそのまま引き下がるわけも無く、当たり前のように和


弥にインネンをつけてくる。


「おうおう、ニィチャンよぉ!」

「わりぃですんだらケーサツいらんわぁ!」


 和弥は休日にもかかわらず学ランを着ていて顔に傷のある、いかにも『不良』な奴らに絡まれ思わず笑い出しそうになるのを必死に堪えていた。


(なんてレトロな……今時こんな奴ら何処にも居ないぞ。もう絶滅したかと思ってたのに。それに休日に制服って補習かコイツラ?)


 馬鹿にしているのが顔に出てしまい、不良達の機嫌がさらに悪くなっていく。


「なにニヤついてんだよっ!」


 口髭を生やした一人がいきなり殴りかかってくる。

 あわてて避け、あたりを見回す。が、すでに囲まれていた。


(おいおい、マジか?)


 口に出そうになった言葉を飲み込む。気持ちを切り替え、拳を握る。


「まぁ、やるだけやってみるか」


 反射神経には自信がある。

 逃げるだけなら五人くらいどうにかなるだろう。


「ふっ!」


 まず、先程殴りかかってきた口髭の腹に一発お見舞いする。

 すると、他の四人の目の色が変わった。


「このヤロウッ!」

「おおっと」



 がむしゃらに突っ込んできたモヒカン頭を右に避け、すれ違い様背中に蹴りを入れる。


「ぐひゃっ!?」


 さらに、拳を振り上げてこっちに向かってきたリーゼントに足を掛ける。


(ひらけた!)


 突破口を見つけ、走り出したその時。


「なめるなっ!」

「なっ!?」


 横からナイフを持った不良、最初に殴った口髭が突進してきた。


(まずいっ!)


 和弥が反射的に身を固くした瞬間。


「ぐっ!」


 口髭の、ナイフを持った手にうなりを上げた何かが当たった。


「なんだ……?」


 地面を見回すと、ナイフと――空き缶が転がっていた。


(誰が……?)


 その考えにたどり着き、はっとする。

 缶が飛んできたであろう方向を見る。


「刃物を出さなきゃ見過ごすつもりだったんだけどねぇ」


 和弥の見つめる先には、微笑を浮かべた着物姿の若い男が立っていた。


「最近運動不足なんだ。少し付き合ってもらえるかな?」

「な、なにをっ!? ジョートーだっ! まとめてやっちまうぞっ!」


 明らかに怯えながらも何とか声を張り上げ、着物の男に向かって行く。


「がっ!?」


 呆けて見ていた和弥は、顔に走った痛みで我に返った。


「ヨソミしてんじゃねぇっ!」

「ってぇなっ!」


 怒りに任せて拳を振り下ろす直前、突然不良が膝をついて倒れた。


「……は?」


 その後ろに立っていたのは着物の男。

 さっきまで男の居た場所を見ると、一人残らず地面に倒れ伏していた。


「あんた、一体……?」

「顔、腫れているね。ちょっと来て」


 断ること許さない瞳と雰囲気。


「あ、ああ」


 和弥は首を縦に振るしかなかった。







「なっ……ここがあんたの家なのか……!?」

「ん? ああそうだよ?」


 和弥たちは三分もしないうちに男の家に着いた。

 それだけでは別段驚くべきことではない。が。


「俺がずっと歩いてた白い壁があんたの家だったなんて…」


 そう。和弥が歩いていた道の、白い壁の中は男の家だった。

 玄関を上がり、入ってすぐの広い和室に通される。


「そんなに驚くようなことじゃないよ。無駄に広いだけなんだし」


 こともなげに言う。


「いや、無駄に広いだけで十分すごいと思うぞ」

「ま、いいじゃないか、そんなことは。……さて、湿布は何処にしまったかな?」


 適当な返事をしてごそごそと棚の中の湿布を探す。


「お、あったあった。湿布くらい一人で貼れるだろう?お茶でも淹れるからちょっと待ってて」


 そう言って男は和弥に湿布を渡すと、パタパタと足音をたてながらふすまの奥に消えていった。


「…なんなんだ、あいつは…?」


 思わず呟く。分かったことといえば、この桁違いに広い家に住んでいること。

 そして非常にマイペース。いや、率直に言えば変人だということくらいか。

 そんなことを考えていると、思ったよりも早くお盆にお茶を載せた男が戻ってきた。


「はい。じゃ、こっちに来て」


 アバウトに頬の痛みが走る場所に湿布を貼り、男の待つ縁側に座る。

 そしてお茶を一すすり。


「ふぅ…あ、そういえば」

「ん?」


 男が声を出す。


「自己紹介がまだだったね。……はい、名刺」


 懐から一枚の名刺を出す。


白兼しろがね隼人はやとっていうのかあんた。ところで一つ気になる点があるんだが」

「なんだい?」

「この、『謎の秘密結社総帥☆』ってのはなんだ…?」

「はっはっは。書いてある通りだよ。実は僕、謎の秘密結社の総帥なんだ♪」

「……………………」

「ああ!? いきなり破ろうとしない! ちょっとしたお茶目じゃないか」

「あんた、人の反応見て楽しんでるだろ?」

「あ、ばれてる?」

「…………」


 今度は本気で名刺を破る。


「ああっ!本当に破るなんて酷いなぁ!はぁ、まったく、もう破らないでほしいな?」


 再び懐から名刺を取り出す隼人。


「名刺、何枚持ってるんだ?」

「何枚でも♪」

「……そうですか」


 いっそ無くなるまで破り散らかそうかと思ったが、無駄な気がして諦めた。


「そういや礼もまだ言ってなかったな。助かった」

「はは、気にしないでいいよ。たまたま通りかかっただけだしね」


 言ってお茶をすする。


「さて、んじゃそろそろ行くよ。お茶ゴチソウさま。……ああ、そうだ」

「?」

「俺は都筑和弥。じゃ、またいつか」


 和弥が隼人に向かって手を差し出す。


「うん。またいつか」


 その手を握り返す。


「これからいろいろと面倒なことがあると思うけど、頑張ってね」


 微笑みながらも真剣な口調で言う。


「ん?ああ、頑張るさ」


 人生の先輩としての言葉だと判断してそう答えた。


「じゃ、いつか」


 そう言って和弥は隼人の家を出た。


「面白い素材だな」


 彼の言葉の真意を知ることなく。







「はぁ……」

「どうしたんだ?いつも能天気なお前がため息だなんて。今日は雪でも降るのか?」


 G・Wが明けた翌日。教室の窓から外を眺めながら、重いため息をついていた和弥に声を掛けたのは、前の席に座ったひいらぎ良治よしはるだった。


「っさい、リョージ。雪が降るってのはどーゆー意味だ?」

「言葉通りだ。まぁ、あえて言うなららしくないってところか。それに今まで何十回言ったか分からんがリョージじゃなくてヨシハル」


 柊良治。通称リョージ。漢字を読み替えただけである。

 高校に入ってすぐ知り合った和弥が『ヨシハルは呼びにくい』などと言ったのが始まりで、今ではクラスのほとんどの生徒が『ヨシハル』ではなく『リョージ』と呼ぶ。良治はことあるごとに言い直すが、それはすでに挨拶のようなものになっていた。


「で、どうしたんだ?」

「いや、ちょっとな」


 良治は少し考え込むようなしぐさをすると、


「たしか、京都に行ってきたんだよな?向こうでなんかあったとか? その顔の湿布もそれ関係なんじゃないか?」

「リョージ、お前時々すごいな」

「時々は余計だ。ま、俺にはそれくらいしか心当たりがなしな。お前が喧嘩して負けたって可能性もあったんだが、それにしてはキズが浅い」


 さらりと言う。


「それはともかく、何があったにせよ早くいつもの調子に戻れよ? 一応うちのクラスのムードメーカーなんだから」

「ああ、サンキュ」


 ひらひらと手を振りながら応える。


「よぉっ!久しぶりだなお二人さん!」


 やかましい声を上げながら近づいてきたのは、クラスメイトの細井だった。


「う~ん、どうした? バカズヤがおかしいぞ。今日は台風でも来るのか?」


 わざとらしく外を見ながらおどけた調子で言う。


「というか、その湿布どうしたんだ?喧嘩か?」

「ま、そんなとこだ」


 どうでもいいという感じで返事をする。


「いや、俺としてはどうでもいいんだが、女子の皆さんは興味がありますようで」


 教室を見回すと、いかにも興味津々といった視線が和弥に向けられていた。細井の言ったようにそのほとんどが女子。


「なんでだ……?」

「いーかげんに自覚持てって。顔も運動神経もいい。性格は単純だが優しいところもある! これで人気が出ないはずないだろう!」


 ぐぐっとコブシを握り熱弁する細井。


「よっ! 人気者!」


 良治もそれに参加する。


「とゆーか、おまえもだし。それは」

「は?」


 いきなり話の矛先を向けられて間抜けな声を出す良治。


「まず、顔そこそこ! 運動神経中の上! みんなの相談に乗ってくれる思いやりのある性格! そして決め手はバカズヤとは決定的に違う、学年五位に入るその頭脳! どうだこのヤロー! 羨ましくなんかないぞっ! コンチキショー!」


 言い終わると共に涙を流しながら教室から走り去る。


「まぁ、いつものことか」

「そうだな」


 気だるそうに言う和弥に頷く良治。


「ちょっと待て! そのリアクションはなんだっ! それでも芸人かっ!」


 教室を出たところで待機していたらしい細井がこっちに走りながら声を張り上げる。


「「それはお前だっ!」」


 思わずハモる二人。


「ナイスツッコミ!」


 キラッと見事なまでに歯を輝かせ、親指を立てる細井。


「「…………」」


 二人は同時に窓から空を眺めた。


「空はなんでこんなにも青いのだろう」

「明日は晴れるかなぁ」

「おーい、無視ですかぁ? それはちょっと酷いかなぁとか思ったりするんですけどぉ」


 情けない声で抗議の声を上げる。

 それでも二人は空を眺め続ける。


「黙ってようかと思ったんだけどなぁ、リョージ? 一昨日の昼、駅前を女の子と一緒に歩いてたよな?しかも腕なんか組んだりして。もしかして……彼女?」


 『彼女』のところを教室中に聞こえるくらいの声に強調する。


「!」


 物凄い勢いで、良治が細井の方に顔を向ける。


「その反応だと見間違えじゃないみたいだな。で、ホントに彼女?」


 ずいっ、と身を乗り出す細井に良治は努めて冷静に答えた。


「違うって。駅前で会ったから、ちょっと買い物に付き合っただけだって」

「へぇ、その割にはえらく仲良かったように見えましたけど?腕も組んでたし」


 さらに追求する。

 すでに教室中の注目を集めている良治は、その視線を意識しながら説明を続ける。


「まぁ、知り合って二年も経つからな。遠慮が無くなってるんだよ、きっと。とにかくあいつは彼女ではない。以上」


 言い終わると同時にHR開始のチャイムが鳴り、皆ばらばらと自分の席に戻っていく。


「じゃ」

「おう」


「元気出たみたいだな」


 和弥は一瞬考えて気付いた。

 良治はいつもなら、こんな皆に説明するようなパフォーマンスはしない。

 ならなぜ。

 自分が笑っていたことに気付いて、


「……サンキュ」


 静かに礼を言った。

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