事件は現場で起きてるのに
その日、私は体調が悪かった。
朝から微熱があったのだが、職場で一人有給取る人間がいることが分かっていたため、少々無理をして仕事に出てきたのだ。
なんとか終業時間まで耐え切って、フラフラしながら職場を出て、車に乗り込む。
もう早く帰って、すぐに寝たい。
そんな思いだけで、私はアクセルを踏んだ。
国道に入ってから、大きく右折する交差点があった。
交差点には、横断歩道があったのだが、歩行者がいないのを確認して、私は車を進めた。
その途端に、右折した先の左車線から、制服を着たオッサン達がワラワラ出て来て、私の車を取り囲んだのだ。
その中から、固太りで眼鏡を掛けた、老けてるけど実は若そうなオッサンが運転席の窓から言った。
「ここ、横断歩道でしょ? 一旦停止しなきゃダメだよ。歩行者いたらどーすんの?」
「え!?だって、誰も歩いてませんでしたよ?」
「誰もいなくたって、徐行するのが常識でしょ?そもそもスピード違反だよ、あんた」
「なんでこれがスピード違反なんですか!?スピード違反なら、今だってみんなガンガン走ってるじゃないですか!あれ、捕まえて下さいよ」
「人の事はいーの!あんた、ベルトもしてないじゃん。これも違反だよ。ホラ、免許証出して」
・・・また捕まった。
こんなに車が走ってるのに、どうして私ばっかり捕まってしまうのか?
国家権力には逆らえない小市民の私は、しぶしぶ免許証を渡した。
警官がバインダーに挟んだ書類に何か書き付けていると、突然、彼の腰に引っ掛けてあったトランシーバーから着信音が鳴り響いた。
警官は無造作にトランシーバーを掴んで耳に当てると、私がいるのも憚らず大声で会話を始めた。
「こちら只今検問中・・・は?今? な、何いぃぃ!?事件だと!?」
ただ事ではない雰囲気に、思わず私もギョっとして警官を見上げた。
警官は神妙か顔つきになって、私に免許証を突っ返すと緊迫した声でこう言った。
「事件が起きた。これからただちに直行せねばならん。あんた、それまでここで待ってろ」
「はあ!? なんで待ってなくちゃなんないんですか!?」
「まだ調査が終わっとらんからだ。事件が片付いたら続行する。それまで逃げるなよ」
「嫌ですよ!私、体調悪いんですから!もう帰りますよ!」
「うるさーい!事件は会議室で起こってるんじゃない、現場で起きてるんだ!!!」
「言うと思ったよ、それ!!てか、ンな事、こっちに関係ないじゃん!」
キーキー喚いている私をその場に放置して、警官はさっさとパトカーに乗り込んだ。
さっきまで人の車を取り囲んでいた警察官の群れは蜘蛛の子を散らすように撤収し、サイレンを響かせたパトカーが一斉に国道に飛び出し、浜松方面に消えてゆく。
ポツンと残された私がふと免許証の裏面を見てみると、マジックペンで「-5」と書かれているではないか。
うわあ、あと一点で免停じゃん!?
しかも、罰金7500円コースだよ・・・。
こんな事なら、仕事休めば良かった!!!!
と、いう夢を見た。
前振りが長くなりましたが、私はよく警察に捕まる。
夢にまで見るとは、もはやトラウマになっているのかもしれない。
最近じゃ、パトカーを見るだけでイラっとしてしまう。
でも、私は安全運転ドライバーである(当社比)
明らかに私が悪い交通違反なら反省もするが、所謂、「ネズミ取り」に引っ掛かってしまうことが多いのだ。
何年か前の出来事だ。
私が運転する車が、細い農道から左折して車道に出た事があった。
場所は思いっ切り田舎。
しかも、通ったのは初めてだったので、半分迷っていた私は何とか知ってる道に出ようと農道から左折したのだった。
車道に出て車を走らせていると、後方からサイレンの音が聞こえてくるのに気がついた。
バックミラーを見ると、何とパトカーが後ろからついて来ているではないか。
まだ小さかった子供は、本物のパトカーを間近に見られて大喜びだ。
しかも、パトカーはサイレンを鳴らしながら、どんどん接近してくる。
「あれはパトカーって言って、おまわりさんの車なんだよ」などと、まさか自分が追っかけられてるとは夢にも思ってない私は、呑気に子供達とお喋りを続けていた。
そのうちに「前の車、止まりなさい」とアナウンスが聞こえてきて、私はギョっとして周りを見回した。
車道を走っているのは、私とパトカーだけである。
ま、まさか、追っかけられてんのって、私ですか!?
ようやく己の状況に気がついた私は、青くなって車を寄せて止めた。
その後ろに、待ってましたとばかりに先ほどのパトカーが停車し、二人の警官がやってきた。
恐る恐る窓を開けて「私、なんかしました?」と聞いてみると、二人は和やかに答えた。
「あそこねー、左折禁止なんですよ。知りませんでした?」
「ええ!?知りませんよ。だって、標識なかったですよ?」
「いや、あるんですよ。「⇨」の標識があったんですけど、気が付きませんでした?あれ、左折はダメって意味なんです」
「知りませんよ、そんなん!てか、標識なんてありました?」
「まー、分かりにくかったと思いますけどー。とにかく、これ違反なんで、マイナス1点で罰金7500円ね。点数はこれから一年違反がなければ消えますからー。はい、免許証出して」
国家権力に逆らえない小市民の私は、泣く泣く免許証を出した。
子供達も後部席で「ママ、逮捕されちゃうの?」と泣きそうである。
親の威厳もガタ堕ちだよ!
件の標識は、どこにあったのか未だに分からない。
後日、その場所は地元じゃ有名な「ネズミ取り」ポイントだと知った。
子供達を前にして、国家権力に楯突く度胸もなかったので、その場では大人しくしていたのだが、考えるほどにどうにも納得がいかないのである。
まず、標識が分かりにくいものである事と、見難い場所に設置されているのを警官は認識していた。
それが証拠に「分かりにくかったと思いますけど」と自分達でも言っているのだ。
だったら、何故、分かりやすい標識を見やすい場所に設置しておかないのだ?
これでは、同じ過ちを繰り返す人が後を絶たない。
これが国家権力の狙いだろうと私が思っちゃっても、しょうがないではないか?
しかも、パトカーは明らかに隠れて待っていた。
私が左折した時には影も見えなかったのに、車道に出た途端、突然、出現したのだ。
左折する手前にパトカーが止まっていれば、どんな車も注意するだろうに、彼らは左折する車からは見えないところに隠れていた。
どうせ待ってるなら、皆が事前に違反を防げるように、左折する手前で待ってればいいでしょーが!
そもそも、こんな田舎の誰もいない農道で、罪のないオバサンが乗った軽自動車を二人掛かりで取り締まってるより、もっと追っかけるところは他にあるだろうと思うのである。
毎日のようにネットニュースに載っているDV事件、ストーカー事件、幼児虐待事件、校内暴力etc... 声を上げられない弱者を狙った事件は解決される事なく続いている。
警官が二人して人気のない農道で張り込みをする時間があるなら、国民としてもっと解決して欲しい問題はいっぱいあるのだ。
事件は会議室で起きてるんじゃないんだからね!