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過去と未来を繋ぐ色(『黒の英雄』番外編)  作者: 坂野真夢
第一章 栗色の髪の乙女
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中庭での出会い・2

「な、名前は? ええと、あの、俺はデルタ。剣士をしてるんだ」

「なんであなたに教えなきゃいけないの?」

「なんででもいいだろう。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ」


 デルタの反論に女性は軽くムッとしていたが、理屈として納得したのか返事は素直だった。


「……リリア。リリア=ロシェットよ。ここで治療師をしてるの」

「リリア」


 言葉にだして名前を呼ぶと、胸の奥がざわざわした。今までにないほど動揺している自分を意識しつつ、デルタは敢えて冷静に見えるようにゆっくり言葉を出した。


「また会えないか?」

「……え?」


 目の前の彼女の瞳には、ぎこちない顔をしたデルタが映っている。


 こんな誘い文句を、デルタが女性に言うのは初めてだ。恋人がいなかった訳ではないが、いつも先に言い寄って来るのは相手の方で、それも時期が過ぎると真面目すぎてつまらないからと言われ振られてしまう。


 とはいえ、デルタは本能的に彼女を離したくなかった。目の前の彼女に軽い男だと思われたとしても、もう二度と会えるか分からないこの状況で約束もなしに別れるなどあり得ない。


「えっと、……あの」


 リリアは、突然しどろもどろになって顔を赤くした。


「君と話がしたいんだけど」


 デルタが重ねて言うと、リリアは益々困ったように周りを見回し、赤い顔のまま腕を振り払った。


「私、急いでるから。さよなら」


 そのままリリアはパタパタと走って行ってしまう。デルタは撃沈してその場に座り込んだ。どうやらアッサリ振られたらしい。


「ダメ……か。ていうか、俺、何してんだ……」


 どちらかと言えば剣一筋に生きてきたデルタにとって、今日の自分の行動は奇跡に近い。


「でも、待てよ。ロシェット。……ロシェットって、まさか」


 デルタは勢いづいて立ち上がった。タイミングがいいのか悪いのか、そこへ約束をしていた騎士団の友人、ニーロがやってくる。


「おーい。デルタ悪い、待たせたな」

「ニーロ。お前、治療師のリリアって知ってるか?」

「ああ。リリア=ロシェット? 有名だぜ。あのバジルさんの娘だろ?」

「やっぱり」


 ガルデア町に住む剣士バジル=ロシェットと言えば、剣士の中では知らない者はいない。以前西の森に住んでいたカササギという強い魔物を倒し、それ以降、どんな依頼でも失敗無くこなしている。団長直々に騎士団への入隊を申しだされたこともあったらしいが、早くに奥方を亡くしたから子供の傍にいてやりたいと、敢えてフリーの剣士として暮らしているという話だった。その子供というのが、リリアなのだろう。


「リリアってすげぇ気ぃ強いんだってよ」


 ニーロがおもむろに話しだす。城の中でも、あの剣士バジルの娘ということで、治療団に入った時からリリアは有名だったらしい。もちろん清楚なお嬢様に見えるその容貌もあって、ちょっかいを出す剣士や兵士は後を絶たなかったらしいが、リリアはその都度あの手この手でやりこめてきたらしい。


「今では、リリアに手を出そうなんてやついないぜ。顔は可愛いけどな、気は強いし、親父は怖いしで」

「ふうん」


 デルタにとっては良い情報だった。つまり、まだリリアには決まった相手はいないという訳だ。


「なんだよ。デルタ、珍しいじゃん。女の子の事を聞くなんて」

「ああ、うん。まあ」

「惚れたのかぁ?」

「ああ、うん。多分」

「え? ……マジで?」


 ニーロが驚いた表情でデルタを覗き込んだ。その視線がうざったくてそのまま肘鉄を食らわせる。


 デルタ自身、驚いているのだ。一目惚れなんて安直な惚れ方をするような性格では無いと思っていた。なのに、もう頭からリリアのことが一瞬足りとも抜けていかない。これを一目惚れと言わずしてなんという。


 ぼうっとリリアが消えた先を見つめるデルタに、ニーロがニヤニヤしながら肩を組んできた。



「じゃあ、いいこと教えてやるよ。リリアは水曜の昼から毎週往診に出るんだ」

「え?」

「お前は用事があるときか、日曜じゃないと城に入れないだろ。そこがチャンスだぜ」

「そうか」


 確かに、この城は通常は許可証がなければ入城できない。日曜の昼間だけは、聖堂と中庭の辺りが一般開放されるが、それ以外は用事がなければ入れないというシステムだ。


「恩に着る」

「マジで惚れたんだ? うわ、スッゲおもしれー」

「うるさいニーロ」


 冷やかしてくるニーロをどつきつつ、他の近況を語り合いニーロとは別れた。デルタはその後も城を去りがたく、治療師たちが集まるであろう治療室をふらりと訪れる。


 忙しそうに治療師たちが動いている中で、デルタの目は一瞬でリリアを見つける。彼女は目の前の患者に向かって、一心に呪文を唱えているところだった。


 まるで吸い込まれるようにその光景に見入りながら、その患者の席に座りたいと願っている自分に気づいた。あんな風に、彼女の前に座って彼女に見つめられたい。あの視線を独り占めしたい。普段考えたこともないような甘ったるい感情に、誰に冷やかされたわけでもないのに気恥ずかしくなる。


「……帰らなくてはな」


 初恋でも無いのに、馬鹿みたいに少女めいた考えをしている自分を振り払うように頭を振って、デルタは治療室のドアに背中を向けた。



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