思いがけない約束
――――叶わないなら恋なんてしたくなかったのに。
土と草の匂いが混ざり合うここは、城の薬草室だ。
毎週金曜日の午後、サラはまだ実験段階である薬草に対しての治癒魔法の効果を実証する研究の手伝いをしている。
あまたある薬草の中から、弱っているものを選び出し、その薬草にあった治療法を思い浮かべながら呪文を唱える。友人でもあり、かつては同じ治療団に所属していたディアナがやっていた仕事だ。
治療師としては天性の才能に恵まれたディアナは、直感的にその方法を会得しそれなりの成果を上げたものだが、秀才肌であるサラはじっくり取り組まないと出来ない。
それでサラはまず、その薬草について念入りに調べることにした。
その日も、薬草図鑑を手にしおれた薬草について調べていると、入口の方から聞き慣れた優しい声がした。
「こんにちは。サニード道具店です。いつもの薬草を持ってきました。……て、あれ。サラ」
「ロック君」
薬草の入った木箱を抱えているのは、かつての同級生ロック=サニードだ。
「今日は治療の日だっけ」
ロックの実家である道具屋は、城への薬草配達も請け負っている。そのため、ロックは定期的に城を訪れるのだ。
「そう。薬草室長なら、もうじき来ると思うけど。受取証明がいるのよね?」
「うん。じゃあ、少し待たせてもらおうかな」
ロックは床に木箱を下ろし、辺りの薬草を見回し始めた。
柔らかそうな茶色い髪、人目を引く訳ではないが穏やかな優しそうな顔。サラはこの目立たない男に、何年も片想いすることになるとは思っていなかった。
「ねぇ、ロック君。この薬草の事知ってる? 今調べてるんだけど」
「どれ? うーん。これは僕も知らないなぁ」
「そうかぁ」
薬草はマカラ草という名前だ。睡眠不足のときに処方する薬草で、眠りを深くする効果がある。図鑑を見てれば基本的なことは分かるが、知りたいのはこの薬草を育てるにあたってのポイントみたいなものだ。
「こういうのって、クレオ王子殿下が詳しいんじゃなかったっけ」
ロックが、さも名案を思い付いたように指を鳴らす。
「そうだけど。ロック君、いくらなんでも私、そんなこと殿下に聞きにいけないよ」
「そう? ディアナならしそうだけどな」
「……ディアナと一緒にしないで」
ディアナなら。
ロックからこの言葉が出るたびに、サラの胸は苦しくなる。ロックがずっと思い続けているのは、他ならぬ彼女だからだ。
サラは恨めしく思いながらロックを見た。
ディアナはもう結婚してブレイドの妻になった。それはロック自身も祝福しているのだが、会話の端々に何かとディアナが出てくるところを見ると、結局ロックの頭の中からディアナは消えていないということなんだろう。
胸の奥がジリジリする。サラは容姿端麗で会話力もある。今まで、好意を寄せた人間は必ずサラの事を好きになった。そうでなかった初めての人物が、この目の前にいる男である。
「案外、サラは弱気なんだね」
邪気もなくほほ笑む彼に、内心の嵐は隠して笑い返す。
――――弱気にもなるでしょう。
どうしたらロックの中からディアナを消せるのか分からない。あがいてもあがいても何も変わらなかった。
だったら自分が彼を諦めればいいと思うのだが、それも出来ないのだから質が悪い。
どうしてこんなに大きな存在になってしまったのか。サラは自分でも不思議だった。特に容姿が際立っているわけでも、強引さがあるわけでもないロックに、どうしてこんなに惹かれてしまうのか。
サラが黙り込んだのを見て、ロックは落ち込んだと誤解したのか、ウンウン唸りながら違う意見を出してきた。
「じゃあさ、ブレイドのお母さんに聞いてみれば?」
「え?」
「あの人、薬草に詳しいし。ほら、このサザリとかも育ててるしさ」
「ああ、そうね」
ロックが城に運んでくる薬草は、主に隣村のハーブ園を営む、セリカ=ウェルドックからのものだ。セリカは、今ではディアナの夫となったブレイドの育ての母親である。
「なんなら聞いてみてあげようか? また来週行くから。それじゃあ遅いかな」
「そうね……」
そんなにのんびりしていては先に枯れてしまう。このしおれ具合から行っても、早めに対処しなければ。
「ロック君、今日用事ある?」
「いや? 後は店に戻るだけだけど」
「じゃあ、帰りに乗せてくれない? ちょっと遠回りになるかも知れないけど」
「構わないよ。でもサラは大丈夫なの?」
「うん。薬草について調べたいって言えば、許可は下りると思う。そうね……、15時ごろに中庭でどう? もし行けなくなったとしても言いに行くから。約束ね」
「分かった」
タイミング良く、そこまで話したところで薬草室長ベルベッドが入ってきた。
「あ。サニード道具店です。いつもお世話になってます」
ロックはすぐに営業用の口調になり、ベルベッドに納品書を見せる。それを横目で見ながら、サラは思いがけず手に入れる事となった彼との時間に胸を弾ませていた。
彼が自分の方を向かないことは分かっている。でも、少しは望みを持ったって罰は当たらないだろう。
サラは、穏やかそうに話すロックの横顔を眺めながら思った。
―――この人に、恋をするなんて思わなかった。ううん。そもそも、自分が片想いを選ぶとは思わなかった。本当はいつだって、一人になるのは怖かったのに。




